○月○日
何日か前から読んでいたミステリーを起き抜けに読み終えたあと、遅い朝食を済ませ外出。
まず郵便局で注文いただいた本を何冊か発送して、プールへ。
普通のA5サイズの本がゆうメール(冊子小包)で290円、運送業だから占有スペースと重さが基本になるのはわからなくはないが、新旧洋邦にかかわらずインターネットでの流通がこれだけあたりまえのものになってるんだから、1冊の送料と封書が同じくらいじゃないと、本の「文化」は育たないんじゃないかと思ったりする。
amazon にせよ、ヤフオクにせよ、常にこの送料のことが、喉に引っかかった小骨のように気になってしまうのだ。ヤマトのメール便は、集荷に来てくれて、しかもトレースのシステムが整っていて160円だから、よくがんばっているなあと思うけれど、2cmの厚さ制限は、いかにもキツイ。ていねいに梱包すると、200ページくらいの本でも、2cmをこえてしまうのだ。
そして市民プール。
学校の夏休みがはじまらないこの時期の平日の外プールは、最高に気持ちイイ。ほとんど泳ぐ人のいない50mのプールにじゃぼんと飛び込んで、無音の水中から揺れる水面のむこうにきらきら光る太陽を眺めるあのシュールな感じはちょっと捨てがたい。映画「卒業」のファーストシーンを思い出す。
泳ぐとも浮かぶともつかないじゃぼんと、居眠りとも甲羅干しともつかないごろりんを何度か繰り返してプー ルをでれば、なんとなく涼やかな気分になる。
エコだ温暖化だCO2だと、それでひともうけを目論む商売人や新しい利権を手にしようとする輩のさえずりが喧しいけれど、大きな視点で考えると、そもそも地球という星そのものが温暖化と氷河期を繰り返してきたわけで、人間の小賢しい知恵でこの天体の成り行きを動かせると考えるのは、ちょっとした思い上がりじゃないのかと思う。
自分自身がこのサークルの一員だという自覚をもって、きちんとした暮らしをするというミクロと、この大きな宇宙の流れというマクロとが、どのように関連するのかはまったくわからないけれど、無理なことをすれば、その無理がどこかで歪みを生んでしまうわけだから、それこそ「植物が陽の当たる方へ伸びるように (quoted from dezanani.net) 」できるだけ気持ちいいことだけをやっていければいいな、なんて。
ところでこの市民プール、駐車場はタダ入場料200円、おそらくもっともコスト・パフォーマンスの高いリラクゼーションじゃないだろうか。
遅めの昼食は蕎麦。蕎麦はいい。うどんより遥かにいい。
そのあと久しぶりに BOOK OFF に立ち寄って文庫本(もちろん105円均一)と雑誌を何冊か。1冊だけ買った300円均一の単行本は、帰ってチェックしたら、すでに持っている本だった。
どうしてこう同じ本を何度も買ってしまうんだろう。持ってないことを確信してレジに行っているのに、その本が本棚にちょこんと収まっているのを見ると、ただただ呆然。 そういう本に限って、なかなか売れそうもないような本なのだ。
文庫本は BOOK OFF の品揃えが圧倒的だ。最近の文庫本はけっこうな値段なので、定価の半額はちょっと高いなあと思うけれど、とにかく物量が豊富、そして105円の均一棚も、そこそこ揃っている。
BOOK OFF の功罪は、古本にまつわる絶版や初版や希少性といった「目利き」性を排除して、ごくシンプルに表示価格の半額で、誰かが一度読んだ本を売るというわかりやすさだが、巧みだなあと思うのは、それなりの物量のある105円の均一棚を設けて(店舗によって200円均一の文庫本や300円均一の単行本を並べているところもある)、マーケティングの幅を拡げることを忘れていないところだ。
すべて半額は、100円ショップと同じで、とてもわかりやすいシステムだけれど、ものを買う人間の心ってもう少し複雑で、やっぱり価格の濃淡とか、ひょっとしたらいいものがあるかもしれない均一棚なんていうワクワク感をもたせるものがないと、このインターネットの時代に、わざわざ店まで出かける値打ちはないと思うし、出かけてさえ行けば、ちょっと高いと思っている半額の本を買ってしまったりすることだってあるんだから。
ただひょっとしたら、この先買い取る本と売れる本の量のバランスが合わなくなってくる(極端に買い取りが増える)ような気配だから、その辺のリスクマネー ジメントをどうやっていくんだろうということに、興味がつのる。
そして締めは、いつものT書店。
この古書店のスゴいところは、毎週行っても必ずなにか新しい本が入っているということだ。ショップだから商品の入れ換わりがあるのはあたりまえかもしれないけれど、こんなペースで、棚がどんどん変わる本屋ってそんなにないんじゃないだろうか。
もちろん戦略的に棚の見せかたを動かしているということはあるかもしれないけれど、この早い新陳代謝の最大の要因はなんといっても本が売れていること、売れている理由は価格と品揃え、かんたんにいえば、面白い本があってしかもそれが他の店と比べて圧倒的に安いことだろう。なぜそうなのかということになると、やっぱりそれは売れているから、なんて堂々巡りになってしまいそうだけれど、商売がうまくいくということは、こういう良い循環でものごとが回っていくということなんだろう。
それにしてもこれを100年続けているというのは、ホントにすごいね。
帰ってから、今日買った雑誌を流し読みし、風呂で文庫本を読み、寝床で新しい本を読み始める。寝る前に読むのはたいていの場合小説で、今朝読みおえたのもミステリーだったけれど、こんどはノンフィクション、この前手に入れた米原万里の「打ちのめされるようなすごい本」だ。寝られなくなってしまうのはちょっと困るけれど、評判の高い本なので楽しみだ。
次の日、梅雨明けの○月○日
いつもより少し早く起きて外出、忙しくなりそうな気配。
まず梅田の百貨店で買いもの。お世話になっている人たちへの季節の贈りものを選ばなければならない。わざわざ出向かなくても、電話やインターネットや FAX で済ませることも可能だし、選ぶアイテムだって別にそこでしか買えないものというわけじゃないけれど、足を運んで、その人たちの顔を思い描きながら、ああでもないこうでもないと選ぶことが、ひとつの気持ちじゃないかなんて思いつつ、もう何年も同じことを繰り返している。虚礼は始末が悪いけれど、年に2回こんな風に贈りものに思いを巡らせるのも悪くない。
梅田での駐車場は LOFT 。2000円買えば2時間無料というのもリーズナブルだし、1日1500円というのも、ロケーションを考えると、割安感がある。で、今日は2000円2時間コース、8Fの無印良品で、夏物を少し。
周辺のあちこちで開催されているバーゲンを横目に見ながら、阪神高速に乗る。
兵庫県立美術館で開催されている横尾忠則「冒険王」展。
予想以上に大がかりな展覧会で、60年代のグラフィックデザインから、最新の油絵まで相当な数の作品が展示されている(図録を確かめたら500点ほどあった)。
デザイナー時代の指定原稿が数多く展示されていて、その細やかな仕事ぶりもそうとう感心させられたけれど、80年代の「画家宣言(つまり受注で描かないということだ)」以降の作品のその大きさと迫力にただただ圧倒される。
横尾さんのアーティストとしての魂がキャンバスに炸裂してる。
70を越えて、この大きなキャンバスに立ち向えるのは、制作のことだけを考える生活をずっと続けてきたからだと思う。 天才の凄さは、ひとつのことをバカみたいにずっと考えられることなのだ。
Y字路のシリーズは、茫洋としたイメージとただならぬ不穏な気配を、見たものに同時に感じさせる傑作ばかりだけれど、個人的には、横尾さんが最近嵌っているという「銭湯」と「温泉」のシリーズのこれまでにない柔らかな色彩にとても魅かれる。
「乙女湯」なんていう FUNKY でメランコリックな新作もあるのです。
兵庫県立美術館は安藤建築、コンクリートの箱をガラスのカーテンウォールで覆った入れ子構造の建物を並列させたシンプルな構成で、大きくて薄い庇を持ったそのプロポーションは、同時期に設計されたというフォートワース現代美術館と兄弟といってもいいくらいよく似ている(まあ生みの親が同じなんだから同じ遺伝子があってもぜんぜん不思議ではないのですが)。世の中のほかの芸術でもよくあるように、署名がなければ、それはそれほどのものとは思えない。横尾さんより年下なんだから、巨匠の名に甘んじず、もっとチャレンジャブルであることを願います。このままだと丹下健三だよ。
そのあとポートアイランドへ足をのばす。4月にオープンした IKEA(アメリア風に発音するとアイキア、日本や欧州ではイケアだ)へ。
デカイ、ヤスイ、イッパイアル。
最初はその安さや目新しいそのスタイルにちょっとハイな気分になってしまったけれど、じっくりと眺めていくうちに、だんだんそれほどでもないように思えてきた。
デザインのクオリティもそれほど悪くはないし、値段もリーズナブルだから新しい生活をはじめようとする若い人たちにとっては魅力的なありかただと思うけれど、ホントにいいものはここにはない。
こういうもの、あるいはこういうスタイルが今の消費のメインストリームであることはよくわかるが、これを買ってもまたすぐに買い換えなければならないんじゃないかというものばかりで、衝動買い以上のところへ行きようがない。まあ家具というよりは、しっかりしたインテリア雑貨というセグメントなんだろうけれど、買い換えられること(=使い捨てられること)を前提とした道具は、やはりゴミというしかない。
できれば一生もの(手を入れながら長く使い続けられるもの)、でなければできるだけモノを持たないという、ミニマルなところを志向する人たちにとっては、それほど魅力ある場所ではない。もちろんそんなやっかいな人種はターゲットじゃないんだろうけどね。ただ買いもののシステムはとてもうまくできているし、膨大なアイテムすべてがオリジナル(OEMもかなり多いんだけれど)というのも、インターナショナルなメガ企業の底力を感じる。なんといってもほとんどの家具がノックダウンでフラットパック、車に乗ってやってきて、買ったものをそのまま持って帰る(セルフ・ピックアップ)というスタイルが、大きなアドバンテージじゃないかと思う。ヨドバシもそうだけれど、豊富な品揃えがあって、それを常時在庫しているというのは、消費者心理からすると安心感も満足度も高い。とにかく買ったものはすぐ使いたいんだから。
70年代から何回か日本上陸を計って失敗してきたイケアだけれど、今回の郊外型大規模店作戦はこの小売店本来のカタチだから、ひょっとしたら成功するのかもしれない。あるいは日本のインテリア・マーケットがやっとそれだけ成熟したということか。ただやはり何かブレイクするアイテムがないと、多店舗展開以外の拡大継続性に疑問符はつく。
それにしても、帰りにちょっとひやかしに行った神戸空港の近くには「無印良品」の大倉庫、帰り道の43号線沿いには「ACTUS(昔最初のイケアがあったところにある)」と「ニトリ」、街から普通の家具屋さんが消えるのも無理がないよね。
なにかモノの流通自体が、大きなY字路に立たされているような気配をじわっと感じる。
ひまなのに忙しかった2日間の雑感でした。
*
で、この2日間の本買記
ことさら際立った本はないけれど、山崎正和の「藝術・変身・遊戯」のオリジナル初版はGOOD。ピエブックスの「日本の伝統色」もなかなかいい本だと思います。
横尾さんの図録はもちろん会場で買った新本、このヴォリュームと内容からすると、この2500円はバーゲンプライスといってもいいんじゃないかな。
ダブったのは橋本治、「芯の芯までまっとうなこの本を読むと、考えがとまらなくなるはずだ。少なくとも、私はそうだ。他人に披露して面白がってくれるかどうかはわからないが、私自身は自分の思考が暴走するのが楽しくてしかたない。」という大岡玲さんの帯文に、一瞬にしてシビれてしまったわけです。
■ さらに、ああでもなくこうでもなく 橋本治 マドラ出版 20010210 第1刷
■ 寺暮らし 森まゆみ みすず書房 19970710 初版
■ 藝術・変身・遊戯 山崎正和 中央公論社 19751020 初版
■ 日本の伝統色 濱田信義編 ピエ・ブックス 20070605 初版第2刷
■ 生活が好きになった 友部正人 晶文社 19881215 第3刷
■ 冒険王・横尾忠則展覧会 図録 国書刊行会 2008
■ 無印良品の理由 2008初夏 vol.01 無印良品 2008
■ じろじろ日記 赤瀬川原平 ちくま文庫 19960822 第1刷
■ 魂のゆくえ ピーター・バラカン 新潮文庫 19890725 初版
■ 躯(からだ) 乃南アサ 文春文庫 20021110 第1刷
■ ヒート・アイランド 垣根涼介 文春文庫 20050530 第4刷
■ CASA BRUTUS NOVEMBER 2003 建築・デザイン好きのための現代アート入門
■ CASA BRUTUS FEBRUARY 2008 最強・最新住宅案内2008
■ CASA BRUTUS OCTOBER 2003 建築・ファッションの大予言100
最近追加した音楽のブックリスト
このページは、コトバノイエが2008年7月18日 00:52に書いたブログ記事です。
ひとつ前のブログ記事は「there's no one like him」です。
次のブログ記事は「it will take for a while」です。
最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。