2008年10月アーカイブ

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― in the year 1969

「アダマは、1960年代の終わりに充ちていたある何かを信じていて、その何かに忠実だったのである。その何かを説明するのは難しい。その何かは僕達を自由にする。単一の価値観に縛られることから僕達を自由にするのだ。」

これがその時代に流れていた空気感。

■ 69 sixty nine            村上龍   集英社文庫    20030607 第29刷

村上龍で「69」だからアッチのことじゃないかと思ってしまうが、そうではなく、1969年の地方都市(佐世保)を舞台に、著者の分身である受験をひかえた高校3年生が巻き起こす「闘争と祭り」を綴ったグラフィティ、自らが「こんなに楽しい小説を書くことはこの先もうないだろうと思いながら書いた」と述べているようなポップ感にあふれた作品で、2004年には宮藤官九郎の脚本で映画にもなっている。

1969年は、20世紀の折れ目だ。

その時にいくつだったかで、その後の way of life が天と地ほど違うだろう。

その年、
人類がはじめて月の海に足跡を残した、
安田講堂が落城し、東大には入学生が一人もいなかった、
ニューヨーク州ウッドストック、Max Yasgur さんの農場で40万人のLove & peace、
コカインで大金をせしめ、マルディ・グラ目指したイージー・ライダーは、南部の百姓に撃たれた、
ブッチとサンダンスのストップモーション、
すぎかきすらのはっぱふみふみ、
街の灯りがとてもキレイねヨコハマ、時には母のない子のようにだまって海をみつめていたい。
ビートルズ最後のコンサートは、アップルの屋上だった、
John & Yoko はジブラルタルで結婚式を挙げ、アムステルダムで Bed-In 、
ストーンズでもっとも HIPだったブライアンの溺死、
オルタモントのフリーコンサートでは、Hells Angelsに黒人の若者が撲殺された、
ロングアイランドのケミカル・バンクに人類史上初めてのATMが設置された、
ジャック・ケルアックは飲んだくれて肝硬変で死んだ、享年47、
ニクソンと佐藤栄作が沖縄非核返還に同意、72年には沖縄が日本になった、
HIV エイズウイルス(  imported from Haiti )がアメリカで初めて報告された、
武豊誕生、「武邦彦の息子ではなく、父のことを『武豊の父』と言わせてみせます」、
森高千里も同い年、
バウハウスの創立者グロピウスが亡命先のアメリカで亡くなった、
新宿西口広場でフォークゲリラたちが「友よ、夜明け前の」と唄った、
バイク事故での休養の後ナッシュビルでカントリーアルバムを録音したボブ・ディラン、
ナナハン・パルコ・ヤングOh!!Oh!!、
広域重要指定108号事件の犯人永山則夫が逮捕され「無知の涙」を流す
コンピュータ・ネットワークの最初の通信がUCLAとスタンフォード研究所の間で交換された、
インターネットの初めてのメッセージは「log win」、
Led Zeppelin 登場、
3月30日、パリの朝、フランシーヌ・ルコントは自らの身体に火を放った、
全裸ミュージカル 「Hair」 on Broadway 、

まるでジェットコースターのような1年、何かが終わり、何かが始まった。

どんな感じなんだろう、これだけのことが同時に起こった年に17才でいるのは。

そのとき高校生だった彼はフェスティバルに熱狂し、その余韻はおそらく30年後の今も身体の奥底に残っているだろう。
そのときその熱狂をうらやましく見ていた中学生は、そのうらやましさをずっと引きずっている。

アダマが信じていた「何か」とは、ひとことでいえば「ROCK」だ。
1969年、ROCK は、単に音楽のジャンルではなく、atttude (個人が世界に立ち向かうときの姿勢)そのものだった。

そのことを、Janis Joplin  はこう歌ったんだ。

freedom is just another word for nothing left to lose.

 

造反有理


*


建築の本によく巡りあって住宅三昧。

探しているときはなかなか見つからないけれど、ぶらぶら歩いていると集まってくる。

そんなもんだ。


■ 住吉の長屋/安藤忠雄   千葉学  東京書籍   20080908 第1刷

「サヴォア邸」「イームズ自邸」に続くヘヴンリーハウスシリーズ第3弾、あらためて原点の「住吉の長屋」。

著者である千葉学さんが、安藤さんといっしょにはじめてこの「住吉の長屋」を訪れて、「空間が想像していたよりも遥かに小さくて、実に心地いいスケールだった」と感じ、その理由を2階のブリッジの手すりが、1100mmではなく700mmだったことで写真を読み間違えていたからじゃないかと推測しているのは、いかにも建築家らしい観察。

プロの人たちにとっては、実施図面(青焼き)が掲載されていることがひとつの価値でしょう。

あえて古典ともいえる住宅を訪ねるこのシリーズは、人選や構成も的確で、確かな編集力を感じます。


■ 建築と植物   五十嵐太郎編  INAX出版  20081010 初版第1刷

鈴木一誌のブックデザインがなかなか。

単純に庭の本かと思っていたら、けっこう奥が深い。
確かに植物を広義に解釈すれば、素材であり、デザインであり、構造であり、すべてが建築と密接につながっている。

他者としての植物
建築の外部としての庭園
温室という建築的な装置
自然現象としての建築
アルゴリズムの可能性
博覧会の起源と始まりの建築
曖昧な空間のランドスケープ

技巧派(簡単なことをより難しく)の論客、五十嵐太郎さんの面目躍如の一冊。


■ 住宅の手触り   松井晴子  扶桑社  20071120 初版第1刷

「建築家が建てた幸福な家」の編集者松井さんの最新作。

中村好文さんの言葉「住まいへの愛着は手触りから生まれる」に触発された「手触り」というキーワードは、松井さんの住宅というものへの視点を見事に表していて、建築家と住宅と住み手の幸福な関係をうまく伝えてくれています。

批評というより取材。
こういう編集者がいなければ、建築家と建築家に家を建ててもらいたいという人が、つながれません。


■ 住宅という場所で    ギャラリー間編  TOTO出版  20021210 初版第1刷

2000年に催された宮脇檀の展覧会に併せて行われたシンポジウムと「空間術講座09」という連続講演会をもとに、上記松井さんのご主人である植田実さんが中心となって編まれた一冊。

植田さんと原広司、隈研吾、青木淳各氏との対談、中村好文さんの「住宅巡礼」講演、妹島和代さんへのインタビューなどが掲載されています。

帯にある「住宅は建築の主戦場か」というコピーは、なかなか複雑なものを示唆しているんじゃないかという気がします。


*

最近追加した アート と デザイン のブックリスト


 

 

 

 

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 Mac Book に向かっているときは、 iTune で音楽を聴くことが多い。

新しくはじまった「genius」というリコメンド・サービスも面白いけれど、以前からあった「party shuffle 」という機能を、最近とても気に入っている。

音源をライブラリに入れたのは自分自身なのに、ぜんぜん覚えのない曲が流れてくることがあって、これなんだったかなあとリストを見直すこともしばしば。もともと自分のセレクションだから、その中からピックアップされた音が心地よいのはあたりまえなんだけれど、予想外のオーダーで流されると、すごく新鮮に感じてしまうのだ。

ひとことで言ってしまうと「セレクションの重層」、本棚(ライブラリ)からさらに別の視点でセレクションを重ねる「・・・が選ぶコトバノイエの 30冊」と同じようなコンセプトなんだけれど、それを「shuffle」と名づけて、ネットワーク上で軽々とやってしまうプログラムは、やっぱりちょっとしたもんだと思う。

もちろん気に入った曲ばかり集めた  favorite tunes や様々なテーマを設定したプレイリストはいくつももっている。
自分が聴く音楽の選曲を他の誰かに任せることなんてありえないし、その曲順だって自分が決めたものがいちばんだと盲目的に信じてきた。 (そのこと自体がちょっと out of date でもあるけど)

でも飽きるんだ、必ず。
いくら自分の大好きな音楽だって、何度も聴きつづけると飽きる。

考えてみれば、カスタマイズというのは、ある意味とてもナルシスティックな行為で、その濃度の高い自己完結は、やがて袋小路に入りこみ、とにきは破壊というところまでいきつく爆弾でもある。

shuffle の心地良さの理由は、軽い自己放棄ということだろう。

作らないこと。

田中小実昌じゃないけれど、「作ること」はやがて疲れる。
すでに最初の大筋(セレクション)は自分で決めているんだから、そこから先はもう少しゆるくいきたい。

自分が確かと思えるなにかに身を任すことで、おもわぬ快感がおとずれる。
この自立したオートマティズムこそが、究極のクリエイティブかもしれないと思ったりする。

意図したわけじゃないのに、そのときの風景や心象にフィットする曲がかかるのが、単なる偶然や deja-vu とは思えないのだ。

もうひとつ、shuffle で大きく変化したことがある。

それは「アルバム」という概念を吹っ飛ばしてしまったことだ。
iTune という新しいメデイアと shuffle という機能(コンセプトといってもいいかもしれない)は、音楽の単位を「一曲」にしてしまった。

少し前、ポップ・ミュージックにも「アルバム」の時代というのがあった。

もっとも象徴的なのが、コンセプト・アルバムとかトータル・アルバムとか呼ばれていた一連の作品。 

まずひとつの統一されたコンセプトが設定される。
それはたとえば「Tommy」という三重苦の少年の物語であったり、「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」という架空のバンドのコンサートであったり、「Ziggy Stardust」という火星からやってきたスーパースターのストーリーだったり、あるいは人間の「狂気」というものにまつわる断片だったり。

そのアルバムに収められるのは単なるよせ集めではなく、そのコンセプトに適った曲だけ。慎重に曲の順番が決められ、アートワークやプロモーションのツールもそのコンセプトに沿ってデザインされる。時にはそれぞれの曲が切れ目なく繋がっていて、それがまたコンセプト・アルバムであることを強調する。

だから、聴くものはまずアーティストが発信するアルバムのコンセプトを理解しなければならない、もちろん曲の順番を変えることや自分の好きな曲だけを勝手に取り出すことなんて許されないし、できればジャケットや歌詞カードも見ながら聴くべきだ、なにしろアーティストがそういう風に造りあげた「作品」なんだから。

POPがただ消費されるだけのごみ屑じゃなく、美を含んだものと認知されていたころの話。

まあこれは極端な例だけれど、ジャケットのデザインも含めた「アルバム」という概念そのものが、多かれ少なかれそういう作品としての側面を持っていて、それが聴く側に一定の制約を与えていたのは疑いようのないことだ。そして、結果的にそうした制作サイドの思い入れを、ウザイとさえ感じてしまようになったのは、明らかにiTune - iPod のひとつの効能だろう。

インターネットでの音楽配信(ほとんどが曲単位のものだ)は、確実に「アルバム」という形式を破壊し、iTune - iPodは、音楽へのアティチュードを聴き手中心のものへと導いた。

制作者の意図とはなれたところでこのように音楽が消費されることが、良いことなのか悪いことなのかは正直よくわからないけれど、このJods の一撃によって、リスナーがより手軽に、そして快適に自分が聴く音楽をコントロールできるようになったことは間違いない。

そして制作者もまた、リスナーのそういったアティチュードの変化を意識せざるを得ないわけで。
近年になってコンピレーションやベスト盤が増加しているのは、おそらくそういったことなんじゃないかと思う。

iTune - iPod って、ひょっとしたら Steve Jobs の最大のビジネスモデルかもしれないと思えてきた。

ちなみに、今かかっている party shuffle のプレイリスト はこんな感じ。

The Circle Game  Joni Mitchell
Cantaloop  US3
Love Rescue Me  U2
Life  Des'ree
Just Like Tom Thumb's Blues  Neil Young
It Ain't No Fun To Me  Al Green

たいへんけっこうなお手前でございます。

*

天神さんの古本市に行った。

少し前に四天王寺に行ったときの印象もそれほど良いものではなかったし、古書狂いというわけでもないので、露天の古本市には、さほどそそられる感じはないんですが、やはり本のたくさん集まっているところというのは魅力的なわけで、自分自身に「仕入れのついで」などという言い訳をしながら、光に吸い寄せられる虫のように、やっぱりそこへ行ってしまう奴を、とてもいとおしく思います。

収穫は、ほとんどナシ。

これもまた、ひとつのもの狂い哉。


■ 微光のなかの宇宙 ― 私の美術観   司馬遼太郎   中央公論社  19880610 再版

なんかいいタイトルだな。

「美」というものの不思議さや儚さをうまく掴んでいる気がします。

一連の歴史小説や評論で「国民的作家」といわれる司馬さんですが、美術記者だった時代を振り返った文章も珍しいし、本格的な美術論というのは、あまり見たことがありません。 
同じタイトルで480部・43000円の限定本(中央公論社刊)を出版しているのも、華美を好まない司馬さんとすれば例のないことで、この本にたいする思い入れの深さが表れているような気もします。

個人的には以前いちど買い逃して悔しい思いをしたことがある本なので、やっとめぐり合えていい気分。

「物が沈黙のなかで創られる以上、創られてからも、ひたすら見すえられることに堪え、平然と無視される勇気を本来内蔵しているべきものなのである。(裸眼で)」


■ 旅。建築の歩き方   槻橋修編    彰国社     20061230 第一版

原広司、山本理顕、石山修武、妹島和世、西沢立衛といった人たちへの旅にまつわるインタビュー。

いわゆる建築のグランド・ツアーの話なんですが、この本だけじゃなく、他の本やネットで建築家の建築巡礼の話を見聞きするたびに、建築家って真面目な人種だなあって思います。

対象が動かせるものじゃないから、行かなきゃ見れないというのはわかるし、見なきゃわかんないというのもよくわかりますが、だからといって、八十八ヶ所を巡るお遍路のようにサヴォア邸に行かなくてもいいんじゃないかと思ってしまうわけです、宗教じゃないんだから。

著者は「原スクール」の人のようで、巻頭の原広司さんへのインタビューがいちばん印象的。
ディスクリート、コラージュ、アンリアル、原広司っていう人は言葉を見つけるのがうまい人だなあと思います。


■ 一戔五厘の旗    花森安治    暮しの手帖社   19711225 第4刷

伝説の人。

「暮しの手帖」の初代編集長(現在はCOW BOOKSの松浦さん)、オカッパ・スカートの奇人が遺した唯一の著作集。

偏屈こだわりの人らしい造りの本で、あとがきによれば、本体は、写真はグラビア文字は活版、つまり2度刷りという手間のかかった印刷、函もグラビアの4色刷を校正機で一枚ずつ手刷りするという凝りようで、大判のソフトカバーに函をつけるという体裁もあまり見たことがありません。

花森さんは、徹底して「庶民」を意識した人で、庶民の安らかな暮しをかき乱すよこしまなものを許さないということの象徴が、ぼろ布をつぎはぎした「一戔五厘の旗」だそうで、戦争中の有名な「欲しがりません勝つまでは」という愛国キャンペーンをディレクションしたことへの悔恨がこの「庶民」思想の原型になっているんじゃないかと思います。

「暮しの手帖」はシビアな商品テストで有名な雑誌ですが、この本の中で花森さんはこんなふうに言っています。

「商品テストは消費者のためにあるのではない、店に並んでいるものがちゃんとしたものばかりなら、かしこい消費者でなくてもじぶんのふところや趣味と相談して、どれを買うかを決めればよいのである。そんなふうに世の中がなるために、作る人や売る人がそんなふうに考え、努力してくれるようになるために、商品テストはあるのである。」

広告をとらないこと、そしてそのことによって商品テストへのフリーハンドを得るというプロジェクト・デザインが、この花森さんと「暮らしの手帖」という雑誌の先駆的なところで、最盛期には90万部を売り切ったということですから、この本を懐かしく思うお母さんたちがたくさんいるはずです。

日本でコンシューマー(消費者)という概念が定着したのは(したのか?)、この雑誌の功績が大きいんじゃないでしょうか。


■ あの猿を見よ ー 江戸佯狂伝     草森紳一   新人物往来社    19841105 第1刷

「佯狂」とは狂気を装うことだそうです、つまり「アホの坂田」。

中国では佯狂で世を逃れることが隠棲の方法としてポジティブに認知されていたそうですが、江戸の管理社会では、体制の安定を保つためにすべてを乱心として処分したんだそうです。その佯狂の実相やそのことによる悲喜劇が、この本では語られています。

「太平もまたかたちをかえた乱世であることを、人は見逃しやすい。乱世にあって太平を願うのは、人情だが、いざ太平がやってきた時、やはり人の生理は、いらいらとなまぬるく疼き痛むのである。」

20年以上も前の著作で、しかも江戸のこととして語られたことですが、管理社会のなかでがんじがらめにされたあげく、佯狂か狂気か定かでないものに落ち込んでゆく侍たちの姿が、昨今のいろいろな事件の犯人たちとオーバーラップします。

でもたぶん、もうすこし深い。


■ ぜんぶ余録   山田風太郎   角川春樹事務所   20010608  第1刷

1996年に始まった風太郎さん最晩年のロングインタビューの完結編(1998.10~2001.1)。

第1巻は1996.4~1996.12の 「コレデオシマイ」、第2巻は1997.1~1998.4の 「いまわの際に言うべき一大事はなし」。
「コレデオシマイ」 は勝海舟の、「いまわの際に言うべき一大事はなし」 は近松門左衛門の最後の言葉。
「人間臨終図巻」の著者である風太郎さんが気に入っていた臨終の言葉らしい。

「ぜんぶ余禄」は自身の言葉、彼は昭和20年8月15日から先の自分の人生はすべて余禄だといっていた。

2001年7月にパーキンソン症候群で亡くなる直前までのインタビューは、記録としても貴重なもので、編者の努力には最大級の敬意が払われるべきでしょう。

それにしても、「次にまた日本は、原爆を落とされるよ。」とは何たる予言、ひたすらスゴイ。


読む音楽のブックリスト


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田中小実昌の映画エッセイを読んでいたら、どうしようもなく映画を見たくなった。


■ コミマサ・シネノート    田中小実昌    晶文社     19781110 第2刷


「木曜日、いなり寿司(五コ六十三円)を買って蒲田駅西口のパレス座に行く。どんな計算で
六十三円になり、いったい、一コいくらなのか、だいぶ考えたがわからない。キップ売り場には、
大人割り引き百五十円と書いてあった。『いま割り引き時間?』と、テケツの女のコにきいたら
『いいえ』という返事。とにかく百円玉を二つ出すと十円玉が五つかえってきた。こいつも、よく
わからない。」

まあこんな風にはじまるコミマサ・ワールドなんだけれど、「テケツ」っていうのがなんとも。

1970年代の本だから、「カッコーの巣の上で」とか「愛の嵐」といった洋画から、大映や東宝の
プログラムピクチャーや日活ロマンポルノ、そしてそのころとしては前衛だったATG系の作品
まで、そうとうな数の劇場映画が、ノンジャンルで紹介されている。

引用した文章からもわかるように、それは映画批評というより、映画にまつわるたわいのない
日常や、映画へのアティチュードを、飄々と描いていくなかで、ひとりごとのようにその映画の
ことを語るという、いかにも「コミさん」らしいスタイルの映画日記で、たとえば三本立てとロード
ショーのどっちが得かとか、弁当をたべてから見るか見てから食べるかとか、暖房完備なのに
なぜ風邪をひくんだとか、例によってほとんどがとぼけた話ばかりなんだけれど、ときおり見せ
るシャープな批評眼とそのとぼけた暮らしぶりとのギャップに引き込まれて、ついつい読まされ
てしまうのだ。

続けて読んだ「ぼくのシネマ・グラフィティ( 新潮社 1983)」ではこんな風にいっている。

「世の中とおんなじで、映画でも、おもおもしさとか、感動の深さとかなんてことがいい作品の
尺度みたいにされている。しかしおもおもしさなんてバカでもできることなのよ。
また、バカはしつこいから、しつこくおもくする。それをまた、世間ではほめてくれる。
おもおもしくするのは、外部から重しをつければいい。ストーリイをおもくしたり、あれこれ、重し
をつける方法はいくらでもある。 だけど、かるさは、外部からではなく内部から、かるくならな
くちゃいけない。これは、なかなかできない。ただ、知的であることによって、精神的な自由を
得、かるくなることもある。バカには見えかったものが、スカッと知的だと、すんなり見えてきて、
どうってことはなくなるのだ。」

これもまた、いかにも田中小実昌的な(シャープなほうの)語り口。

これは「全員集合シリーズ」の渡辺祐介監督を評した文章だけれど、そのままこの人の、創作
のスタイルを表わしているように思える。

あるいはまた、同じ本の中で、ウディ・アレンの「インテリア」を、「味なんてものもないみたいな
自制心の強い映画だ」と激賞し、こんなこともいっている。

「類型は甘い。 類型は、物語でこってり毛穴をふさぎ、みずみずしい息づかいがない。」

この「類型」っていうのは、つきつめてみれば「らしさ」っていうことじゃないかと思う。
そしてこの人の中にはいつも、いかにも「らしい」ことへの照れやためらいがあり、その小説
からは、小説がいかにも小説らしくなってしまうことへの「含羞」のようなものを感じる。

ニットキャップとサンダルというとぼけた風貌で新宿ゴールデン街をさまよい、小説らしくない
小説ばかりを残し、一貫して「作らない」ということに徹したこの人ほど、「類型」から縁遠く、
そして自制心の強かった作家はいないかもしれない。

静かに見えるけれど、じつは深いところで逞しく流れていたんだろうな。


近くのシネコンで、「テケツ」を買って見たのは、絵に描いたようなB級 hollywood movie 。
それでもスクリーンいっぱいに投影されるL.A.の茫漠とした遠景や、南カリフォルニアの
あっけらかんとした日常のディテールを眺めていると、心がすこし痺れる。

trip ― 集中してスクリーンを見ているのに、脳の別のところで別のシーンを見ている感じ。

絵画や音楽や本も、それぞれに独特のバイブレーションで、さまざまな感情をもたらして
くれるものだけれど、こんなふうな感じで心を揺さぶられるのは映画館の中だけなんだ。

シネコンじゃいなり寿司は食べられないし、名画座で三本立てを見る体力もないけれど、
あの暗がりの中で独りすごす2時間は、他のなにものにも代えがたい。

映画館に行こう!

*

新しいものではありませんが、写真集がいくつか集まってきました。

ただ眺めるだけの本ですが、こういった小品があるのとないのとでは、本棚の暖かさが
違ってくるんじゃないかと思っています。

一点でもいい写真があれば、買いですね。


■ opentop STYLE    GRAHAN ROBSON      CHARTWELL BOOKS 1988

an A-Z of Convertible Automobiles

同じ本を、英国の E-bay で見つけたら、こんなキャプションでした。

A Fabulous book all about the timeless classic covertable.
Hardback book with dust cover in good condition.

コンヴァーチブル、オープン、カブリオレ、ドロップヘッド、いろいろな言いかたがありますが、
屋根のないクルマは、自動車の「華」だと思います。

幌やトップを開けることによって、空が近くなり、風がちぎれ、景色が流れ去る。
自動車で、こんな風に一瞬にして非日常をつくれるのは、この車種だけでしょう。

この本には1966アルファロメオ・ジュリア/1961シトロエンDS/1969フェラーリ・デイトナ
といった名車といわれる53台のオープントップ・モデルの解説(英文)、スペック、そして多数
のカラー図版が載せられています。

どの車も工業製品としての美しさに溢れていて、自動車というものが、マーケティングよりも
機能美をより強く意識してデザインされたのは、この時代(1988年発行)あたりまでだったの
かもしれないと思います。


■ 不測の事態 water fruit     篠山紀信+樋口可南子    朝日出版社 19910315

「いつの時代も最良の時間と場所でカメラを構えている」篠山紀信、面目躍如の一撃。

写真そのものはどうってことないですが、日本で陰毛を解禁させるきっかけとなった本で、
「ヘアヌード」という言葉も、たしかこの写真集と「Santa Fe」からじゃなかったかな。

日本大学芸術学部在学中に、超高級大型カメラの Linhof スーパーテヒニカを引っさげて、
ライトパブリシテイの面接に行き、名だたるアートディレクターたちの度肝を抜いて、見事
合格したという逸話は、この人のその先の姿を暗示している気がします。

じっくり腰をすえたいい仕事もいっぱいあるけれど、企画イッパツという仕事も同じくらい多い
ので、名声のわりに評価が定まらない写真家だと思いますが、いずれにしても「時代」という
ものに対する敏感なアンテナを持った人であることは間違いありません。

33才の樋口可南子は、はっとするほどの美形。
いわゆるヘアヌード写真集をだした人で、きちんと女優の仕事をしているのは、宮沢りえと、
この人くらいじゃないでしょうか。

最近はソフトバンクのおかあさんのイメージが強いですが、うまく時を重ねた人で(糸井さん
との結婚が大きかったのかな)、ひょっとしたらこのときより今のほうが魅力的かも。


■ PUPPIES   WILLIAM WEGMAN    HYPERION  1977

動物の赤ちゃんは、だれが撮っても不可避的に可愛いので、映像業界では反則アイテム。
でも、このワイマラナーという犬に関しては、この人の独壇場といってもいいかもしれません。

ワイマラナーは、とにかくその表情が哲学的、そして全体のフォルムもフォトジェニックです。

売れない現代美術の画家だった彼にとって、奥さんからおねだりされた子犬がエンジェル
だったようで、その子犬「マン・レイ」はヴィレッジ・ヴォイスを飾るほどの人気者(犬)になり、
さらに2代目の「フェイ・レイ」をモデルに、20 X 24インチの大型ポラロイド・カメラで撮った、
ウェグマンの作品は、美術館だけでなく、ポスターやカードとなって人気を博しています。

そしてそのフェイ・レイの子供や孫たちがこの写真集の主人公。
写真がうまいことももちろんあるんですが、とにかく可愛らしいとしかいいようがありません。

この犬を飼っている人なら、必携です。


■ 生きのびるためのデザイン    ヴィクター・パパネック    晶文社    19740815 初版

Design for the Real World : Human Ecology and Social Change

34年前の本ですが、この本で著者が語っている社会性を持ったデザインや、生態学的
デザインの概念は、今でもというか、今でこそ必要とされるものかもしれません。

インダストリアル・デザインと商業主義(お金儲け)の問題は、現代デザインにとっての大きな
テーマのひとつですが、ビジネスとの関係をどのようにプログラムしていくか、つまりどのように
デザインをデザインしていくかということが、決め手じゃないでしょうか。

1971年という時期の話なので、デザインを商品を売る手段としてではなく、巨大な「少数者」
たち ― 第三世界の人びと、病人、老人、身体障害者を救う倫理的な行為として考えようと
いうメッセージには、いかにも Whole Earth Catalog 的な理想主義のニュアンスを感じます。

「Human Ecology and Social Change」という方向性はもちろん有効だと思いますが、状況が
複雑に入り組んだ時代ですから、そういったことを実現するためには、より高度なアプローチ
が必要だし、なによりも、そういうビジネス・モデルをデザインできるプロデューサーの存在が
必要不可欠になるでしょう。


最近追加した 詩や小説やエッセイのブックリスト