2009年6月アーカイブ

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― この辺りのものでござる ―

これは狂言の名乗り、つまり舞台に出たときの第一声なんだそうだ。

声に出して言ってみると、なんかちょっといい感じ。

中国であろうがタンザニアであろうが、狂言師たちはともかくこの台詞からパフォーマンスを始める。
今からここで演じるのは、600年前の日本の話ではなく、時代や場所や文化を超えた、どこにでもいる
太郎冠者が演じる道化や滑稽の物語なんだよっていうことを、「この辺り」という言葉で表現しているわけだ。

それを第一声で、しかも一言で、鮮やかに。

特定の人名を言うわけでも、どこか決まった土地を表すわけでもない。だけどとても普遍的で
「現在を生きる」同時代性をも感じさせる。狂言の精神が凝縮されたせりふかも( by 野村萬斎)

 
「この辺り」は、宇宙だ。

「この辺りのものでござる」と発するだけで、時間と空間がひとつになる。


「この辺り」だけじゃなく、狂言の名乗りには他のパターンもあって、たとえば「心の直ぐない者でござる」
というのは、オレは心がひねくれてる、つまり悪いやつだぞと、悪人があらかじめ自己紹介する台詞で、
悪人が悪人だといって登場すること自体が、もうすでにいかにも狂言だ。

狂言のことは、ほとんどなにも知らないけれど(本棚を探したが、狂言の本は一冊もなかった)、伝承される
伝統や型の凄さは工芸の世界で見せつけられている。
狂言も室町時代から連綿と続いている芸能なんだから、きっと懐の深いものが隠されているに違いない。

なにしろ 狂+言 なんだから。


ぜひライブで舞台が観たい、大阪城の薪能でも行ってみようかな。


*


全然関係ないけど、「名乗り」でなんとなく浮かんできたのが The Rolling Stones のある曲ことだ。

「悪魔を憐れむ歌(Sympathy for the Devil)」
1968年のゴダールの映画(One Plus One )でその制作風景が克明に描かれている。

その歌はこう始まる。

" Please allow me to introduce myself "

突然の名乗り。
でも彼は自分を、「I'm a man of wealth and taste(金持ちで趣味が良い)」と言うだけで、名前はいわない。
太郎冠者と同じように。

Please allow me to introduce myself
I'm a man of wealth and taste
I've been around for a long long year stolen many man's soul and faith
I was around when Jesus Christ had His moment of doubt and pain
Made damn sure that Pilate washed his hands and sealed His fate
Pleased to meet you hope you guess my name
But what's puzzling you is the nature of my game

まあ最後には Lucifer(魔王)と呼んでくれと、その名を告白し悪魔らしい傲慢な警告で終わるんだけれど、
まるで一幕の劇を観ているような歌で、ストーンズのステージのクライマックスで必ず演奏される曲として、
公式に発売されたライブアルバムには必ず収録されている。

そういえばミックのステージ・アクション( now and then)は、能とか歌舞伎とかの日本の古典芸能の型を
思わせることがあるんだよなあ。

ややこしや、ややこしや。

*

iPhone を使いだしてから、ほかの携帯電話がまったく気にならなくなった。
デザインっていうのはそういうことなんだなと、あらためて思う。

ハードウェアだけじゃなく、インターフェイスやシステム、そしてプロモーションまでも包含したグランド・デザイン。

良くデザインされたものには邪心を感じない。

色褪せないもの、quintessence って、きっとそういうものなんだろうな。

 

■ 鳥のように獣のように    中上健次    北洋社   19760620 初版

1992年46歳で夭折した中上健次のはじめてのエッセイ集。
アーティストはデビュー作に向かって歩むというけれど、この散文集は、その後の彼を予言しているようだ。
それが物語(fiction)ではないだけに、この人の「素」を、よりあからさま感じてしまうのだ。

ボブ・ディランの「血の轍(blood on tracks)」というアルバムがあるけれど、中上健次ほど「血」というものに
がっぷり取り組んだ作家はいないんじゃないだろうか。

誰しも出自というものがあるわけだから、「血」は避けられない必然だけれど、物語の根にそれを置くことは、
ひとつの確信だ。中上健次に根強い読者がいるのは、その確信の力強さに惹かれるからじゃないかと思う。
熱心な読者じゃないものからすれば、それが少し暑苦しくもある。

転がりつづける血の轍。

鳥のように自由に獣のようにしたたかに在りながら。

「さて、紀州というその風土に生れた小説家としてのぼくは、敬語、丁寧語のない言葉を血肉に受け、
人がいるのではなく、在る、在ってしまう世界を書こうとしているのだ、と言えば、自己解説しすぎるだろうか」

真摯に文学に立ち向かった小説家のリアルがそこに在る。

「どうかどさりといかにも一番速い便で貨物が届いたと、この本を受け取ってほしい。」


■ 映画的建築/建築的映画    五十嵐太郎    春秋社   20090430 初版 第1刷

どういうわけかこの人は人気がある。
この前の「建築と植物」もあっという間に売れてしまったし、この本も一度即売してこれが2冊目。

Wiki してみたら、2008年も3冊、今年もこの本で3冊目の上梓という勢い、本のタイトルが、「建築と植物」
「建築と音楽」「建築学生のハローワーク」「ヤンキー文化論序説」、そしてこの「映画的建築/建築的映画」と
いかにもインテリ・キャッチーなものばかりで、しかもパリ生まれで東大大学院というエリートだそうだから、
やはり注目のスターとして認知すべきなんだろう。

映画と建築というのは魅力的なテーマだ。
ハリウッドのオープンセットは建築そのものだし、黒澤明や小津安二郎の映像空間は、建築的解釈に溢れている。
そして建築というプロジェクトの制作プロセスは、映画のそれと酷似している。
どちらも、「空間と時間において展開する視覚的な表現」だからだ。
(映画監督と建築家の差異は、イメージの中にフレームがあるかないかということに尽きる)

また、実際の建築が、ランドマークあるいはイメージを形成するシンボルとして映画に登場することも多い。
「ワールド・イズ・ノット・イナフ」のビルバオ・グッゲンハイム、「ブラック・レイン」のキリンプラザ大阪、
「シャイニング」のオーバールック・ホテル、古くは「キングコング」のエンパイア・ステート・ビルディングなどが、
その典型だ。

この人の文章はちょっと軽い、というか奥行きがない。
初出誌の性質はもちろんあるだろうから、この本だけで判断するのは酷かもしれないけれど、彼がもっている
シャープな視線や評論家としてクレバーなところが、文体で表現されていないように思えてしかたがない。 
雑誌に書きすぎなのかなとも思うけど、やっぱり批評のコアは文体だから、それが弱いとなんか読み返す気が
あまりしないのだ。
ひょっとしたらホントに視えていないのかとも思ったり。

なんていうことをウダウダ書いている間に、また売れちゃった。
やっぱり人気あるね。


■ 室町小説集    花田清輝    講談社   19731108 第1刷

小説集と銘うってはいるが、評論なのかエッセイなのか小説なのかよくわからない。
そのないまぜな感じが、「ランティエ(高等遊民)ではないが『魅力のある悪家老』( by 川本三郎)」と評された
この人の味わいか。

たぶん、谷崎潤一郎は、偉大な小説家なのであろう。わたしもまた、かれの才能をみとめないわけではない。

冒頭の「『吉野葛』注」の書き初しからしてこんな風なのだ。

そして物語は、その谷崎潤一郎の吉野譚から連作のような流れで、南北朝の話、失われた三種の神器のひとつ
"玉"を巡る、吉野川源流の山奥での武家、公家、入道、神官入り乱れての争奪の顛末が、虚々実々に描かれる。

「吉野葛」注 / 画人伝 / 開かずの箱 / 力婦伝 / 伊勢氏家訓

通底するのは、室町期の「日本のルネッサンス人」の姿だ。

この人のレトリックを駆使した変幻自在なその筆致は、読むものを揺さぶり、転がし、泡立たせる。

まるでグレイトフル・デッドのサイケデリックなROCKを聞いているみたいだ。


■ 装幀時代     臼田捷治    晶文社   19991005 初版

労作。

本のデザインとそのデザイナーを丹念に描いたその仕事ぶりに敬意を表したい。

紙と活字(タイポグラフィ)と印刷技術。
素材から考えると、装幀は職人的要素の強いデザイン・ワークだなと思う。

でも本好きにとって本の佇まいは、ひょっとしたら内容以上に重要な要素で、その中に書かれていることが
いくら面白くても、全体の気配がそのときの気分にフィットしないと、その本は本棚には並ばない。

函・ジャケット・帯・表紙・見返し・扉・目次・本文・奥付、それらのデザイン・トーン・レイアウト・テクスチュア、
あるいは活字・行間、そして余白。
本の物体としての存在感は、こういったものがプロの手で絶妙に組み合わされたときにだけ際立つのだ。

この本は、日本を代表的する装幀家11人(原弘、吉岡実・栃折久美子、粟津潔、杉浦康平、和田誠、
平野甲賀、田村義也、司修、菊池信義、戸田ツトム)を作家論としてを紹介しながら、「装幀」からの視線で、
出版文化全体を見通している。

自著の装幀もした詩人として萩原朔太郎、室生犀星、北原白秋、北園克衛、瀧口修造も論じられている。
なかでもVOUの詩人、北園克衛のデザイン・センスには圧倒される。

美しい本は、珠玉である。

そしてその珠玉は、卓越したデザイナーの手からしか生まれてこないのだ。

 

■ 私の食物誌     吉田健一    中央公論社   19781020 11版

吉田健一は、吉田茂の長男、現職総理大臣のお母さんのお兄さん、つまり叔父さんにあたる。

文筆家としては、ヨーロッパの文学が主戦場の人だけれど、エッセイでは食べ物の話も何冊か書いていて、
この本は読巧者の丸谷才一さんが「戦後の日本で食べもののことを書いた本を三冊選ぶとすれば」の一冊に
あげられている(あとの2冊は、邱永漢「食は広州に在り」と檀一雄「檀流クッキング」-さもありなん)。

こういう本職から離れた趣味的な本というのは、リラックスして書けるせいか、その人の素の姿や、
もともとの文体が表れることがよくあるけれど、この本はそういったものの典型だろう。

食べ歩きのエッセイは、芸のない人が書くと蘊蓄やトリビアにいってしまうものだけれど、この本には、
そんなものは気持ちがいいくらい存在せず、「うまいものを呑み食いする」ということの本質的な意味を
探しながら散歩する(いささか哲学的な)吉田健一の姿が、ただあるだけだ。

冒頭の「長浜の鴨」の一節を引用する、少し長くなる(短い引用を許さない文体なんだ)。

「これは琵琶湖にいる鴨のことなのだから長浜でなくてもよさそうなものであるが、どういう訳か長浜の辺で
取れる琵琶湖の鴨は旨い。又長浜の鴨と特に呼ばれてその季節には神戸のホテルの食堂などにも出る。
広島の牡蠣とか明石の鯛とかいうのと同じことなのかも知れない。勿論冬食べるので、それがどうも厳密に
二月一杯のことのようで前に一度それほどとも思わずに三月一日に食べにいったら何か味が違っていた。
長浜に行くとその鴨を食べさせる店が幾らもある。ただ何か出しを入れた鍋で煮て食べるだけのことであるが、
それが鴨の味がする。これは妙な言い方で他にもっと旨い説明ができる筈であってもその味以上のものは
ないと食べながら思うのが結局は鴨の味ということに落ち着く。」

饒舌体とでもいえそうな独特の文体と比喩は、決して読みやすいとはいえないけれど、その味わいは渋く、甘い。

洒脱な造本と滋味深い文章、余裕がなければ本はこういう仕上がりにはならない。


and so on,

■ 変幻する神々 アジアの仮面    杉浦康平編・構成  日本放送出版協会  19810610 初版

■ 屋根裏のミニ書斎     芦原義信    丸善株式会社   19840630 初版

■ 笑う月     安部公房    新潮社   19751125 初版

■ 夢について     吉本ばなな    幻冬舎    19940909 第1刷

■ モダン・ジャズのたのしみ     植草甚一    晶文社   19901220 21刷

■ 私の岩波書店     山本夏彦    19940621 第2刷

■ 良心的 夏彦の写真コラム     山本夏彦    新潮社   19910320 初版

■ 利休にたずねよ     山本兼一    PHP研究所   20090204 第1版第3刷

 

*


最近追加した「読む音楽も面白い」のブックリスト。

SPOT LIGHT 特集企画第4弾、「 ミーツ・リージョナル編集室の半井裕子さんが選んだコトバノイエの30冊」公開中。
気鋭の女性エディターのセレクションをお愉しみください。

 

http://kotobanoie.com

 

 

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運命のひとひねり。

居酒屋兆治のように無骨で侠気あふれるジョッキーだった柴田政人は、悲願だったダービーをウイニングチケットで制した後のインタビューで、「世界のホースマンに第60回の日本のダービーを勝った柴田ですと伝えたい。」という名言を残した。

日本ダービー、正式名は「東京優駿」。

競馬の世界は、5月の最終日曜日、東京競馬場に10万人以上の観客を集めて開催されるこのレースを中心に動いている。

このレースが終わると、新馬戦がはじまり、また来年のダービーに向けての新しい一年がスタートするのだ。

一生に一度の、最高峰の栄誉をかけて疾駆する18頭の若駒。
チャンピオン・ディスタンスと呼ばれる12ハロン(2400m)の馬齢定量戦、本賞金1億5千万円。

寺山修司がいっていたように、「競馬が人生の比喩なのではなく、人生が競馬の比喩なのだ」としたら、この2分30秒足らずのレースには、名誉や欲望や美や憧憬や絶望や希望、そして友情や愛といった、人生のさまざまが凝縮されているようにさえ思える。

それにしても。

タービーの日は、雨なんか降らないはずだった。

どんなに低気圧がとぐろ巻いていても、5月最後の日曜日の東京競馬場には、陽光に映える鮮やかなターフがあるものだと信じて疑わなかった。初めて観たのダービー(第52回 シリウスシンボリ-スダホーク)から、これまでの25年ずっとそうだったんだから。

でも降っている、それもそうとう激しい雨だ。
モニターの画面を通して見える豪雨に煙る東京競馬場には、得体の知れない不穏な気配が漂っていた。

不良馬場。

それはドラマティックを遥かに越え、まるで神の手で紡がれたような結末だった。

東京10R  第76回 東京優駿 2400m芝・外  

1着 ロジユニヴァース     2:33.7
2着 リーチザクラウン
3着 アントニオバローズ

払戻金

単勝 1         770円   2番人気
複勝 1         390円  4番人気
       12        430円   5番人気 
       10        620円   8番人気

枠連 1-6    1,020円   4番人気
馬連 1-12  3,760円  10番人気
馬単 1-12  7,870円  22番人気

3連複 1-10-12   40,320円  111番人気
3連単 1-12-10  201,960円  556番人気

語るべきことは、多くない。
去年のダービーより7秒も遅い時計(1秒で6馬身/15m差といわれている)がすべてを物語っている。

そしてそれでも、「ダービー馬はダービー馬から」 「ダービーは最も運の通よい馬が勝つ」 「1コーナーを曲がるときに10番手以内にいなければならないというダービーポジション」、こんな格言(セオリー)が、厳粛に守り続けられたところが、ダービーの凄さなんだ。

「昨日の大敗が今日の勝利につながり、今日の栄光が明日の敗北を予感させる。世の中の大勢はあっさりと覆され、
信じ続けたものだけが救われる。しかし、信じ続けられる者は少ない。」

皐月賞を1番人気で14着に惨敗した馬が先頭でゴールを駆け抜け、皐月賞を勝った1番人気の馬が14着に敗れ去る。
これが競馬なのである。

横山典弘が、16回目の挑戦でダービージョッキーの称号を得た。
ウイニングランから戻ってきてゴーグルを外したときの彼の少し蒼ざめたような笑顔を見て、泣きそうになった。

もし神様がいるんなら、今年もダービーを観ることができてありがとうと言っておきたい。


*


某日、その日買った「リテレール」のバックナンバーを読んでいたら、「最も想い出深い自作」という特集で、
小林信彦さんが、東京三部作の第一弾「ドリーム・ハウス」を挙げていた。
ちょうどその日均一台からその「ドリーム・ハウス」を買っていたもんだから、こんなこともあるんだとすこし驚いた。
こういうのは、 coincidence じゃなく synchronicity っていうんだろうな。

関係ないけど、その「リテレール」のどこかに、根拠のない自身こそが創作の源泉だと書いてあった。
まったくの同感である。


■ paper pools     David Hockney     Thames Hudson 1980

片岡さんの「紙のプールで泳ぐ」の主人公、まえからずっと欲しいと思ってた。

ホックニーのプールは紙でできている。
紙といってもふだん使っている製造されたきれいな紙ではなく、紙パルプというドロドロのものだ。

そのどろどろを着色し、枠に流し、平たくおさえて乾かす。

その独特のテクスチュアは、プールの不思議さを絵画的にとらえるという意図にぴったりと合っていて、
水という自然と、地面を掘ってコンクリートで固めたプールという人工物のシュールな交わりを見事に表現している。

油絵やリトグラフやポラロイド・カメラといった様々な手法で、南カリフォルニアのプールをモチーフにしてきたホックニーだけれど、この paper pool は、かれが行きついた究極のプール表現じゃないかと思う。

なによりも、プールの芸術性を発見したことが、このアーティストの才能だ。


■ 在りし日の歌(復刻創元社版)   中原中也   日本近代文学館  19731101 第4刷

復刻であっても、中也自身が生前に編んだ2つの詩集のうちのひとつが本棚にあるのは、とてもうれしい。

創元社版だから、青山二郎の装丁。
山口湯田温泉の中原中也記念館にあった、わかりにくい字で書かれた原稿を思い出す。

見返しに記された「亡き児文也の霊に捧ぐ 」という献辞が痛々しい。

原稿の清書完了は死の1カ月前、小林秀雄の手元に残されたその原稿が本になったのは、彼が没してから一年後だった。

北の海

海にゐるのは、
あれは人魚ではないのです。
海にゐるのは、
あれは、浪ばかり。

曇つた北海の空の下、
浪はところどころ歯をむいて、
空を呪つてゐるのです。
いつはてるとも知れない呪。

海にゐるのは、
あれは人魚ではないのです。
海にゐるのは、
あれは、浪ばかり。

あんまり使いたくない言葉ですが、これはもう青春としかいいようがありません。


■ 美の呪力    岡本太郎    新潮社   19770115 4刷

1970年(万博の年だ)の芸術新潮連載「わが世界美術史」が初出。

じつは一冊同じものをもっているんですが、絶版の良書というのは欲しいときになかなかないものですから、
でたとこ勝負というのが古本の鉄則でありまして。

文章を書き、自分の考え、問題を追いつめる。当然、思索自体がアクションであり、アクションはまた同時に、
人間的にいって激しい思索であるに違いないのだ。

写真もうまいけど、とにかく文章がうまい。
シンプルで飾りのない文体だけれど、それだけにストレートに気持ちが伝わってくる。
本質が視えていなければこういう風には書けないものだ。

「忘れられた日本 - 沖縄文化論」とならぶ太郎さんの名著じゃないでしょうか。


■ 宮脇檀の住宅設計テキスト  宮脇檀建築研究所  丸善株式会社 19940805第4刷

テキストという題名のごとく、住宅作りの教科書のような一冊。
住宅設計にまつわる宮脇檀的チップスが、豊富な写真や図面とともに数多く掲載されている。

だからといって、このとおりに造ればいい家ができるわけじゃないのが面白いところ。
もの造りの不思議さは、矛盾に満ちている。

「書ける」建築家、宮脇さんの面目躍如。

建築を学ぶ人ににとっては必携の書でしょう。
ちょっと高いですが、できればこのダイジェスト版よりも底本の「宮脇檀の住宅設計ノウハウ(1987)」を。

一般の人が鵜呑みにすれば、嫌な施主になってしまうかもしれませんので要注意。


■ うずまき猫のみつけかた    村上春樹    新潮社   19960815 5刷

いま話題沸騰の村上春樹氏47才の時のエッセイ集。

あまりいいファンではないし、思わせぶりなタイトルや、あからさまなハングリー・マーケティングが気に入らないので(今さらそんなことしなくてもいいじゃない)「1Q84」という「総合小説」は、今はなんとなくあまり読む気がしませんが、このエッセイを書いてたときは、60才で発表する作品がこんな風に騒ぎになるなんて想像もしてなかったんじゃないんでしょうか。

まあ売れることは悪いことじゃないんですが。

たぶん「ねじまき鳥クロニクル」の執筆中の頃のエッセイだと思いますが、軽く書いたものでも妙に真面目なのは、やはり人柄でしょう。
文体でそれをことさら軽く中和しようとしているのがこの人のスマートなところ。

書いてあることはそれほど大したことじゃありません。


■ コルシア書店の仲間たち    須賀敦子    文藝春秋    19930701  第4刷

いろんなところで評判はよくきいていたのに、なぜか縁がなかった須賀敦子さんの本にやっと巡りあいました。

もちろん買おうとおもえばいつでも買えたわけなんですが、ホントにいい本なら自然に本棚にすべりこんでくるんじゃないかと思っていたので、こんな風に出会えて、ちょっといい気分です。

なんといっても本のたたずまいが素晴らしい。
船越桂の「言葉が降りてくる」をあしらったジャケットもいいし、抑えのきいたブックデザイン全体が、この本の柔らかな空気感を表しているようです。

本が、古書店の本棚から呼びかけたように感じました。

「須賀敦子が62歳のときに懐かしくもゆかしいミラノの日々を回想して綴った珠玉の一作である。( by Seigow M.)」

本の内容に関してはコチラを。

and so on,

■ 日本語のデザイン    永原康史    美術出版社   20020405 初版

■ 空間のフォークロア    海野弘    駸々堂   19840330 第2刷

■ 森の形 森の仕事    稲本正    世界文化社   19940115 第1刷

■ 現代語訳 風姿花伝    世阿弥    PHP研究所   20050204 第1版第1刷

■ NATIVE AMERICANS    E.S.Curtis    TASCHEN   20010315  

■ シュルレアリスムの彼方へ    飯島耕一    イザラ書房   19761020 新版第1刷

■ ドリーム・ファクトリー アレッシイ1921からの歩み    光琳社出版   19990325 初版  

■ モダン・ジャズの発展    植草甚一    スイング・ジャーナル社   19690215 第3刷

■ 読書の魅惑 リテレール別冊    安原顯    メタローグ   19930401

■ 雲を眺める旅    野田知佑    本の雑誌社   19960910 初版第1刷

■ プードル・スプリングス物語    R.チャンドラー&R.B.パーカー    早川書房   19900515

■ 千利休    その生涯と茶の湯の意味    村井康彦    日本放送出版協会   19720510 第3刷


*

 

番外「競馬場で逢おう」のブックリスト。
 

SPOT LIGHT 特集企画第4弾、「 ミーツ・リージョナル編集室の半井裕子さんが選んだコトバノイエの30冊」完成間近。

彼女のセレクションはスゴイぞ。

 

http://kotobanoie.com