2009年10月アーカイブ
音楽にちょっと凝っている。
凝っているといっても、ただCDを聴いてるだけなんだけれど、「音聴き」も興が乗ると冒険心が
おきてくる。 音楽は本よりもはるかに直截的なものだから、一瞬で感じとれるところがいい。
同じCDを、あまりピンとこない曲もスキップしないで何度も繰り返して聴いていると、たとえば
その歌い手が緊張した面持ちでスタジオでマイクの前に立つ姿や、スタジオミュージシャンが、
あまり面白くなさそうにプレイしている気配や、プロデューサーが造ろうとしている音楽の輪郭
(スネアの音に時代やコンセプトが現れているように感じている)までがくっきりと見えてくる。
それは好きな曲を聴いているだけではわからなかった感覚で、こういう風にアンテナの感度が
あがってくると、どんどん未知の世界への興味が深まってきて、新しいものを手に入れるだけ
じゃなく、いままで買ったままであまり聴けていなかったCDにまで手が伸びる。
もちろん失敗はいっぱいあるけれど、とにかく一枚のアルバムで、これはという曲がひとつでも
あれば、それで文句はない。
これまでの経験や直感や、amazonやyoutubeにあるさまざまな情報を、自分なりにプログラム
して、知らないアルバムを探す愉しみは、本買いに勝るとも劣らないものだ。
もう何年も前に、レコードをそういう感じで買い漁っていたことを身体が思い出しはじめている。
音楽は目に見えないものけれど、「Kindle」が本の代わりにならないように、CDやレコードという、
ひとつひとつ丁寧にデザインされたオブジェ(器)がなければ、けっして記憶には残らない。
iTune store からのダウンロードでは、その音をイメージとして描くことができないのだ。
考えてみれば本もそうなんだけれど、そこに記録されていることはなにも変わらないのに、
月日のうつろいや、その時々の自分の心のありかたで、その印象が違って映るのが面白い。
変わる自分と変わらないもの。
変わらないものは変わりゆくものを映す鏡のようなものだから、
この石が、日々移ろう草や木や花を、そして変わっていく自分を見守ってくれるかもしれない。
こんな風に庭の石について書いたことを覚えているが、音楽も同じだ。
ここ2週間くらいで買ったアルバムはこんな感じ
□ GET LIFTED John Legend 2004
□ PAINT THE SKY Enya 1997
□ PARIS Malcom Mclaren 1994
□ CLOSING TIME Tom Waits 1973
□ I CARE BECAUSE YOU DO Aphex Twin 1995 ( inspired by Mr.piropiro )
□ 76 : 14 global communication 1994
□ TUTU Miles Davis 1986
□ PEARL Janis Joplin 1971
ストックから聴き直したのは、こんなCDたち。
□ PEACE BEYOND PASSION Me'Shell Ndegeocello 1996
□ TALES Marcus Miller 1995
□ A LUAKA BOP Compilation by David Byrne 1991
□ TALKING TIMBUKTU Ali Farka Toure with Ry Cooder 1994
そして、いちばん気持ち良くて、なんども聴きかえしたのはこれ、
□ CARTOLA Cartola 1975/1976 Sim || O Mundo e um Moinho
サンバの原形 -- ブラジル的悦楽に浸る。
*
あとこれは音楽といえるかどうか微妙なとこだけど、音ということで最近もっとも刺激的だった
のが、Brian Eno が iPhone のためにプロデュースした「Bloom 」というアプリ。
iPhone のスクリーンをタッチすると、ディレイのかかった単音とともに、水滴のようなパステルの
水玉が現れては消えていく。音はやがてループして音楽になる。
Ambient.
楽器のようでもあり、音楽のようでもあり、アートでもある、アーティスティックなオルゴールと
いえるかもしれない。
Eno のつくる計算された繊細な音色は、同じようにコンピュータで生成された Aphex Twin の
ようなひとりよがりなものではなく、Ambient の本質をよくわかっているアーティストでなければ
造れない、心地良さや美しさをもっっている。 そして、それが IPhone というメディアにプログラム
されることによって、ただ作品として聴くだけではなく、ユーザーがポジティブに参加できる楽器
へと深化していることが、なにより素晴らしい。
時代の先鋭であり続けてきた Brian Eno らしい音楽のカタチ。
そして、同時にそれは、いかにもアップルらしい表現形態でもある。
*
熊本から、お客様にお越しいただいた。
コトバノイエのためだけのご来阪だという予約の電話を受けたときは、一瞬絶句して
しまったが、そういうこともあるんだと思い直した。
それが2年の月日ということか。
ご来訪多謝。
□ 日本のやきもの 第1-10巻+別巻 淡交社
淡交社からでているこの叢書の2冊がすでに本棚にあって、いつか揃ったらいいなあと
思っていたら、均一棚で第2巻を除くすべての巻が出ているのを見つけ、まとめ買い。
あと「キキ目」の第2巻さえ入手できれば揃いだと、勇んで amazon で第2巻を買ったら、
届いた本がキレイすぎて本棚で目をむいてしまった。なんかちょっと不本意な気分だ。
ともあれ、「日本の伝統」「日本の工芸」と合わせて、淡交社の函入りの「日本」が揃った。
その美しい色の背表紙を、さっそく本棚にならべて悦に入っている。
□ 奇想の系譜 辻惟雄 美術出版社 19700301 初版
□ 日本美術の歴史 辻惟雄 東京大学出版会 20070831 第6刷
この前のエントリーで書いた「若冲ワンダーランド展」の余韻が尾を引いて、若冲ブレイク
の端緒といわれている「奇想の系譜」を、ピンポイントで入手。
岩佐又兵衛/狩野山雪/伊藤若冲/曾我蕭白/長沢芦雪/歌川国芳という江戸期の
6人の画家たちが紹介されていて、彼らの作品の「エグさ」は、たしかに「奇想」と呼ぶに
ふさわしい。
こういう江戸時代の「表現主義的傾向」の絵画を、主流の中の前衛(アバンギャルド)と
とらえ、彼らの絵画を「異端」ではなく、「奇想」という言葉で表現したのは、理解が深い。
いい批評というものが、小林秀雄のいうように、その作品への尊敬の念から生まれる
としたら、この本は、まさにそのアーティストたちへの深い愛にあふれた名著だろう。
そんなことを思いながら、本屋をぶらついていたら辻惟雄さんの近作「日本美術の歴史」
にめぐりあった。いつもの coincidence ― 必然の偶然 というやつである。
あの丸谷才一さんが「記念碑的とも形容すべき大著」と新聞書評で絶賛している本だから、
中身が濃いに決まっている。
通史のキーワードは、「かざり」 「あそび」 「アニミズム」
もちろんその江戸期のところには「奇想」の画家たちが「前衛」として紹介されている。
□ ヨーロッパ半島 H.M.エンツェンスベルガー 晶文社 19891220 2刷
エンツェンスベルガー、こうやってタイピングしているだけで、なんとなく哲学的な気配だ。
原題は「 ACH EUROPA ! (おお、ヨーロッパ)」
ヨーロッパを半島ととらえられる感性のスケールがまず凄い。
EC統合(ユーロ)へと動き始めた80年代後半のヨーロッパの7つの国 ― スウェーデン、
ポルトガル、イタリア、ハンガリー、ポーランド、スペイン ― を歩き、人々の声を拾い集めた
ロード・ムーヴィーのようなルポルタージュ。
600ページにわたる大著だが、エピローグとして書き下ろされた「海のほとりのボヘミア」
と題された、2006年のニュー・ニューヨーカーという架空の雑誌に寄稿したという設定の、
近未来(今となっては過去なんだけれど)ルポールタジュが秀逸。
海になんか面していないボヘミアを、「海のほとり」としたそのこころは?
□ CAPE LIGHT Joel Mayerowitz Bulfinch Press 1991 5th printing
「ニューカラー」と呼ばれる、大判カメラ( 8 x 10 )で絞り込んだフラットな表情のカラー・
フォトグラフのムーヴメントの代表作。
リッチなニューヨーカーの避暑地、ケープコッドで撮影された風景の様々。
作品の質はさすがに高いけれど、懐かしさと孤独感の入り交じった独特の色彩感覚と
その構図は、なによりも「アメリカ」そのものを感じさせる。
アメリカに美があるとしたら、こういう視線でしか捉えられないんだろうな、と思う。
ホンマタカシによれば、写真は決定的瞬間派とニューカラー派のどちらかなのだそうだ。
決定的瞬間派の代表は、もちろんその言葉を造ったブレッソン。
絞りを開き、素早いシャッタースピードで、つまりスピード感があってピント(被写界深度)
の浅い画像で、動きを撮ろうとするタイプで、機材はたとえばライカのレンジファインダー。
ニューカラー派の代表のひとりがこのメイヤロヴィッツで、たとえばディアドルフの 8 x 10
のような大型カメラの絞りをできるだけ閉じ( f 値を大きくする)、ゆっくりとしたシャッター
スピードで、隅々までピントのあった静かな画像を目指すタイプ。
たしかにそういわれると、極論すればそのふたつのタイプしかないのかなとも思う。
□ 国のない男 カート・ヴォネガット NHK出版 20080120 5刷
□ 靖国 坪内祐三 新潮社 19990130 初版
□ ザ・ポップ宣言(仮題) 岩谷宏 ロッキング・オン 19811012 2刷
□ 「ん」まであるく 谷川俊太郎 草思社 19870310 第6刷
□ パナマの仕立て屋 ジョン・ル・カレ 集英社 19991031 第1刷
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最近(でもないか)追加した「小説・詩・エッセイ・評論など」のブックリスト。
SPOT LIGHT 企画、「 his master's choice - BOOKS+コトバノイエ 晶文社の30冊 」公開中。
I.M.ペイ設計の美術館で、若冲を観た。
「鳥獣花木図屏風(六曲一双)」を間近で観られるのは、たぶん最初で最後じゃないかと思う。
□ 若冲ワンダーランド MIHO MUSEUM 2009/09/01 - 12/13
そして、本邦初公開の「象と鯨図屏風(六曲一双)」も凄い。
どちらも拡げて並べるとると7mを越す畢竟の大作、展示された実物を目の当たりにすると、
寄って引いてを繰り返しながら、その迫力にただ圧倒される。
若冲も、外国人によって発見された日本の美のひとつだ。
この前のエントリーでとりあげた、草森伸一の「フランク・ロイド・ライトの呪術空間」の冒頭で、
ライトが設計した高層ビルを見るために訪れたオクラホマでの話として、ライトの弟子ブルース・
ガフが設計したという、そのビルのオーナーの邸宅に招待されときのたことが書かれていた。
このとき彼らを招待したのが、世界的な、というか世界で唯一の若冲コレクターのプライス夫妻
であり、このプライス氏に若冲を教えたのが、なんと F.L.ライト その人だったそうである。
1953年、ライトと共に立ち寄ったニューヨークの古美術店で、若冲の「葡萄図」に出会った24歳
のプライス青年は、それをきっかけとして若冲を始めとする江戸絵画に魅せられ、遥か遠い国
日本の旧家の蔵に眠る若沖を収集し、あげく通訳に雇った日本女性を妻として迎えたのだった。
誰にも影響されることなく、自らの琴線に触れる作品だけを選んできたという本物のコレクター。
「具眼の士を千年待つ」と若冲自らは語ったそうだが、200年を経ても彼の芸術を理解できた
のは、世界中でこのオクラホマの田舎青年唯一人だったのだ。
京都・錦の青物問屋の総領息子だったという若冲。
40歳で若隠居し、85歳まで妻帯もせずストイックに自分だけのため描き続けたという若冲。
アメリカという国が生まれた頃、シューベルトやベートーベンが生きていた頃の話だ。
極彩色のモザイク画「鳥獣花木図屏風」は、そのプライス・コレクションからのものである。
至近距離で観るこの屏風にはおもわずうなってしまう、というより絶句する。
モチーフを枡目の単位で分解し、自分自身のプログラムでそれを再構築するピクセル的手法。
そしてその約1cmの枡目のひとつひとつを、緻密に絵の具で彩色できる超絶的技巧。
大胆で独創的な獣や鳥のフォルムと、それを自在にレイアウトするデザイン力。
このポップでデジタルな一双の屏風は、たとえばそれがコールハースの建築のなかに置かれ
たとしても、違和感なく収まると思えるような不偏の art piece としての存在感をもっている。
ダ・ヴィンチやフェルメールやピカソや北斎の作品と同じように。
あるいは曼荼羅や浄土の図、アンリ・ルソーにも似てるかな。
そして、名著「奇想の系譜」の著者として若冲や蕭白を「発見」し、 MIHO MUSEUM 館長で
ある辻惟雄氏が、昨年発掘したという水墨画「象と鯨図屏風」の雄大なスケール感も格別だ。
(それにしても納戸にこの若冲の屏風をもっていたという北陸の旧家っていうのもスゴいね。)
潮を噴きながら悠々と沖合いを泳ぐ鯨を、微笑みながら眺める象(海岸にいて、しかも座って
いるんだ)なんていうストレンジな構図を、この人以外の誰が描けるのかと思う。
同じような構図の屏風絵がもう一対あることが、昭和初期の売り立ての目録に記録されている
そうだが、82歳のときに、159 x 354 cm という、当時としては破格の大きさであったであろう
継ぎ目のない一枚の大きな紙に、この奇想のタブローを描ききる情念の深さ、そしてその体力。
画家の視線はどこにあるのか、なにが視えているのか。
ワンダーランド - 不可思議の國 とは、若冲の宇宙を、まさに言い得て妙なタイトルだ。
期間中にもう一度行きたい。
P.S.
今、東京国立博物館で開催されている「皇室の名宝―日本美の華」の「動植綵絵」30幅も、
たぶん、そうとう素晴らしいはず。
あの掛け軸30幅すべてが、一堂に展示される光景は、さぞや壮観だろう。
天皇家、さすがイイものもってる。
*
某月某日の本買記
なんかあんまり冴えない本買いだったなあと思っていたけれど、データベースに入力しながら、
一冊ずつ眺めているうちに、なんだかとてもいい感じに思えてきた。
(このときチラッと見るだけで、すぐに離れてしまう本もあるんだけれど)
澁澤龍彦を追悼した大型本は珠玉の一冊だし、昭和47年の吉田秀和もシブイ。
買直しの光琳は、ずっともう一度欲しいと思っていた本。
均一棚で見つけたエッセイ集は、今集めている東京書籍の「ザ・スポーツ・ノンフィクション」という
叢書の、ちょっと珍しい一冊だった。
最後に迷いながらレジに運んだ、布張りの函に入った小冊子(Petit Glam no.7)も、家で見たら
書店で見たときよりずっとキュートな本だったので大満足。
谷川詩集もマイナーな一冊だけど、詩集を買えるのは、気持ちが素直な時だけだし、帰ってから
それが菊池信義装丁だったことに気づいたのも、ちょっと得した気分だ。
雑誌も、少し高かったが、ロバート・フランク特集の COYOTE が買えたのは僥倖。
CASA別冊の無印特集やイサム・ノグチも悪くない。
□ 澁澤龍彦 夢の博物館 美術出版社 19880715 初版
□ 一枚のレコード 吉田秀和 中央公論社 19721130 初版
□ Petit Glam no.7 MODERN CRAFTS ISSUE プチグラパブリシング 20030210 初版
□ ニッポン縦断日記 アラン・ブース 東京書籍 19881019 第1刷
□ 詩を贈ろうとすることは 谷川俊太郎 集英社 19910525 第1刷
□ 光琳デザイン 淡交社 20050208 初版
□ イサム・ノグチ CASA BRUTUS特別編集 マガジンハウス 20050710
□ 無印良品の秘密 CASA BRUTUS特別編集 マガジンハウス 20030430
□ COYOTE 2009/03 vol.35 ロバート・フランク スイッチパブリシング 20090210
某月某日の新刊
□ パティ・スミス完全版 Patti Smith Complete アップリンク 20000420 初版
パティ・スミスの映画、「 dream of life 」を小さな劇場で観た。
10年をかけて撮影されたという、パティ・スミスのモノローグやインタヴューやコンサートの
映像を、丁寧に編集したドキュメンタリー・フィルムだ。
詩人であり、アーティストであり、母でもあり、何よりも HIP なロッカーの心の旅。
― the journey through the past.
Life is an adventure of our own design intercepted by fate and a series of lucky and unlucky accidents.
I didn't mind becoming an artist, poet. Through that pursued, I found a root of my voice.
パティ・スミスは、ニール・ヤングがそうであるように、生き残った ROCKER のひとりだ。
63歳のニューヨークの知性的なロッカーの、その真摯な魂に刺激され、「詩と回想、そして
未来へのメモ」というサブタイトルのついた大型本を、版元に(どういうわけか、Amazonには
中古本で29,700円という法外な値段の本しかなくて、いったんは諦めかけたのだが、さらに
しつこく調べてみると、版元にはちゃんと新本の在庫があって、しかもそれは定価よりずっと
安いプライスでセールされていたりしたので)、映画のあとの勢いにまかせて、オーダーして
しまったのだった。
書き下ろしの回想記、これまでのすべてのアルバムの歌詞、曲やアルバムに関するエッセイ、
メープルソープやリーボヴィッツなどが撮影した150カットの写真が、A4サイズ/280Pの本に
ギッシリと詰まっていて、まさに " Complete " とよぶにふさわしい出来映えの一冊である。
すでに、ジャケットの写真が違う、USオリジナル版が欲しくなっている。
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最近追加した「建築と戯れる」のブックリスト。
SPOT LIGHT 企画、「 his master's choice - BOOKS+コトバノイエ 晶文社の30冊 」公開中。
