2010年3月アーカイブ
ベトナム戦争が、"フルメタル・ジャケット" や "地獄の黙示録( Apocalypse Now )" や
"ディア・ハンター " を生んだようにこの映画の受賞をきっかけに、ハリウッドが、新しい
刺激として、イラクやアフガンの戦争を貪欲にとりこむ予感がする。
考えてみれば、戦争はいつも、映画にとって格好の素材だった。
" The Hurt Locker "
スターのいない地味なキャスティングだが、良くできた真面目な映画だ。
本命だった" アバター " は観ていないけれど、映画芸術科学アカデミーの面々が、
SFハイテク超大作ではなく、このリアルな戦場の物語にオスカーを与えたのは、
ひとつの見識といえる。
アカデミーの会員たちのテイストが保守的なのは周知の事実としても、世界を席巻する
コマーシャル・トレンドである地球環境や価値観の違う異人種との衝突(あるいは共存
- " Dances with wolves "のように)を描いたファンタジーよりも、戦争という絶対的な
理不尽に巻き込まれる人間の情況を、丁寧に描写したこの映画が、プロデューサーの
反則行為をものともせず、作品賞を獲得したのは、アメリカの良心ってやつだろうう。
テーマは、" war is a drug "
バロウズが言うように、どんな人間も麻薬中毒者であり、戦争もその麻薬のひとつで、
それはたとえば「裸のランチ」で描かれているモルヒネやアルコールといったヘヴィ・
ドラッグの世界と同じように、超現実ではなく現実そのものということだ。
2004年夏、アメリカ陸軍爆発物処理班ブラボー中隊のバグダッドでの38日。
ストーリーそのものは、いってしまえば " ダーティハリー " や " リーサル・ウェポン " と
同質の、ある孤独な「マッドドッグ」の物語だといえるが、市民社会ではなく、戦場という
非日常が舞台になれば、様相は一変する。
戦場での激しい緊張と弛緩の断続、しかも進駐した敵地での爆弾処理という極限的な
状況が、ヘロインのように兵士を蝕んでいくありさまが、印象的なエピソードとともに、
まっすぐな大人の視線で描かれている。
映画を観ながら、ソンタグの「良心の領域」というメッセージを思い出した。
たとえば「戦争」というような、具体的でリアルな現実を、想像するように努力してください。
世界では、ではビジネスが支配的な活動に、金もうけが支配的な基準になっています。
ビジネスに対抗する場所、あるいはビジネスを無視するという考え方を持ち続けてください。暴力を嫌悪すること。国家の虚飾とナルシズムを嫌悪すること。
この作品はソンタグのこの言葉の具現のように思える。
キャスリン・ビグローがこれを読んだわけではないだろうが、どちらもがマチュアな女性
であることは、きっと何かを暗示しているに違いない。そして、ともすると重くなりがちな
テーマを、エンターテインメントとしても高いレベルで表現できているのは、彼女の映画
監督、そして脚本家としての才能だろう。
この人は、きっともっと遠いところに行ける。
タイトルはアメリカ軍のスラングで、「棺桶」という意味なんだそうだ。
プンクトゥムは、三等軍曹サンボーンのくるんとカールした睫毛。
*
本買記
サーフィンの本を、何冊かまとめて買った。
あるオールドサーファーと海の話をしていたら、なんとなくその気になってしまったのだ。
ワイキキビーチで、といってもずいぶん昔の話だが、はじめてサーフィンというものを見た。
ビーチから眺めていたらあんまり気持ち良さそうだったので、なんにも知らないままに
サーフボードを借りて、見よう見まねでパドリングして海に出たら、波にもまれて死にかけた。
葉山の海にも、毎日のように浸っていたことがあるが、ろくに立てたこともない。
そんなだから、サーフィンについて語ることなんてできないけれど、海に身を浸し、波に
身をまかすことの快感はよくわかる。
波を感じることは、地球そのものを感じることだ。
小さな板を操って、その波の上を気持ち良くすべれたら、やみつきになるのは当たり前だと思う。
サーフィンにほんとうにまきこまれてしまうと、自分の生き方にとって必要でないもの、
無駄なものなどには、いっさい手を出す気がしなくなってしまう。何か特別に厳しい修業
のように思えるかもしれないが、実際にやってみると、とてつもなく楽しく突き抜けた
世界であり、こんなにいいことが地球にまだ残っていたのかと、泣きたくなってくる
( by 片岡義男)。
戦争が drug であるのと同じように、サーフィンもひとつの drug なんだ、きっと。
■ SURFING Vintage Surfing Graphics Jim Heimann TASCHEN 2004 ¥2,000
TASCHEN の ★ICONS シリーズの一冊。
ハワイの古い絵葉書や雑誌の表紙など、サーフィンをモチーフにした1920−1960年代のグラフィック。
なかでも表紙に使われている、1963年の南カリフォルニア・サンオノフレビーチの写真にはシビれた。
まさにサーフィンU.S.A.、ケネディの時代のアメリカの、まぶしいほどの明るさに満ちている。
ノスタルジイというよりも憧れに近い。
■ サーフシティ・ロマンス 片岡義男 晶文社 19810310/9刷 ¥3,800
このタイトルが、センチメンタル・シティ・ロマンスという日本のロックバンドから引用された
ことを知っている人は、もうそんなに多くないかもしれない。
「宝島」や「ポパイ」で、片岡義男が語ったサーフィン。
イマジネーション、が片岡義男のサーフィンの源泉だ。
波をうまくつかまえた瞬間の、海の波というもののすさまじいエネルギーを、自分が
乗っているサーフボードの下に感じる。明るい陽の降り注ぐ真っ青な空にむけて、
波は自分をほうりあげてくれる。サーフボードを、そして自分を、下から持ちあげる
波の力が、ボードから両脚に伝わり、背骨から頭に抜けていき、空の中へ散っていく。
その瞬間には、すべてのものが見える。サーフィンは単なるアウトドア・スポーツではない。ウェイ・オブ・ライフなのだ」とか、
「サーフィンはトータルなライフ・スタイルだ」と、アメリカ製のサーフィン映画のなかで
ナレーターがいつもくりかえしている。そのとおりだ。サーフボードに乗って、一度で
もいいから波をつかまえ、すべりおりた経験を持ってしまったら、サーフィンの魅力に
完全にひっかかってしまい、以後、サーフィンは、ウェイ・オブ・ライフにならざるをえない。
こんなことを、「まだ沖に出ている夕陽のサーファー」とか「海岸の古びた一軒家でソリッドな
食事をし煙草をすわない」なんていうタイトルで書かれてしまったら、参りましたというしかない。
■ 鎌倉幕府のビッグ・ウエンズデー 久保田二郎 角川文庫 19860725/初版 ¥180
久保田二郎は希代のほら吹きだ、黒人のジャズ・ミュージシャンがそうであるように。
そんな久保田二郎が書いた数少ない小説。
タイトルにもあるように、これは「ビッグ・ウェンズデー」のパロディだろう。
鎌倉時代、由比ケ浜で板子に乗って「波駆け」遊びをしていた若者たちが、元の大軍が
襲来する博多に出陣し、「大いなる水曜日」に、元の大船団を押し返した「神風」の大波
に出会う、という、まあ荒唐無稽な話だが、冒頭のハワイのデューク・カハナモクの話から、
サーフィンの歴史へとストーリーを進め、サーフィンは400年前、鎌倉時代の3人の若者が
始めた遊びだったというホラ話につなげる手際は見事。
小説的想像力、という言葉を思い出した。
売れた本の再買。
ショップの店主とすればあまりいい心がけじゃないかもしれないが、いちど売れた本を
買い直すのは、あまり好きじゃない。
本棚がちっとも変わった感じがしないからだ。
それでもそれがいい本で、ちゃんと読めてなくて、しかも前よりも安いということになれば、
やっぱり手が伸びる。
軟弱なのである。
□ 人間人形時代 松岡正剛/杉浦康平 稲垣足穂 工作舎 19910810/第6刷 ¥1,800
□ ヒッチコック映画術 F.トリュフォー 晶文社 19820130/2版 ¥2,800
□ デザインの輪郭 深澤直人 TOTO出版 20060201/初版第3刷 ¥1,000
□ 北斎万華鏡 中村英樹 19960420/第4版 ¥1,600
□ 一銭五厘の旗 花森安治 暮しの手帖社 19730810/第6刷 ¥1,500
□ 世界の喜劇人 小林信彦 晶文社 19730228/初版 ¥1,500
こうやって並べてみれば、どの本も一癖あって悪くない。
問題はどのように並べるかだな。
その他、こんな本をランダムに。
□ 空海 言葉の輝き 高岡一弥編 ピエビックス 20030514/初版第1刷 ¥1,500
□ ヒマラヤ自転車旅行記 ベティナ・セルビー 東京書籍 19911105/第1刷 ¥1,100
□ 町からはじめて、旅へ 片岡義男 晶文社 19801120/7刷 ¥1,200
□ TAKU SATO 世界のグラフィックデザイン65 佐藤卓 gggブックス 20040510/初版 ¥450
□ 結界の美 古都のデザイン 伊藤ていじ 淡交新社 19660608初版 ¥9,000
□ PURE STYLE OUTSIDE Jane Cumberbatch RAYLAND,PETERS & SMALL 1998 ¥1,300
□ CUT FLOWERS Tricia Guild Quadrille Publishing 19980520 ¥1,800
□ 白洲次郎と白洲正子 牧山桂子 新潮社 20080910/初版 ¥3,000
□ The Giving Tree Shel Silverstein Harper Collins 1964 ¥1,000
最近追加した「文藝」のブックリスト。
http://kotobanoie.com/
愛猫ハルの背中に蚯蚓のようなものがくっついている。
なんだろうと思って摘んでみるが、その柔らかな物体が猫の背中に食いついているような
感じで、なかなかとれない。 なおも力をこめて引っ張ると、その蚯蚓のような、あきらかに
生物の気配をもつ紐状の物体が、ズズズっと、ハルの背中から延びて出てきた。
昨日の夜の夢の話。
むかし、「Surrealistic Pillow 」というアルバムがあったが、まさに、そんな感じだった。
バルトの「明るい部屋」にでてきた「プンクトゥム( punctum )」という言葉が、頭から離れない。
その奇妙な響き、「小さな裂け目」などという曖昧な語義、そしてその言葉が抱える概念。
その日の超現実的な悪夢のことや、この不思議な言葉のことを考えているうちに、シュル
レアリスムという言葉にしても、このプンクトゥムにしても、ひとつのキャッチコピーのような
もの、あるいはすごくうまいネーミング、とでもいうべきものじゃないかと思えてきた。
ステゥディウム(一般的関心・作者の表現意図)の場をかき乱しにやって来るこの第二の
要素を、私はプンクトゥム(Punctum)と呼ぶことにしたい。というのも、プンクトゥムとは、
刺し傷、小さな穴、小さな斑点、小さな裂け目のことであり----しかもまた、骰子の一振り
のことでもあるからだ。ある写真のプンクトゥムとは、その写真の内にあって、私を突き刺す
(ばかりか、私にあざをつけ、私の胸をしめつける)偶然なのである。
アーティストが作品を見てもらわなければ何も始まらないのと同じように、批評家だって、
まずその文章を読まれないと話にならないわけだから、自分が発見した新しい概念を表現
する独自の「言葉」を造りだすことはとても重要なはずだ。
ピカソやウォーホール、横尾忠則や篠山紀信といった一流と呼ばれるアーティストたちが、
総じて営業上手(といっては語弊があるかもしれないが)なように、このバルトを始めとして、
ソンタグやストロース、そして小林秀雄や吉本隆明といった批評の名手たちも、その批評眼
を鮮やかに現すキャッチーな言葉を拵えるのがすこぶるうまい。
批評家にとっては、ものが視える=言葉の発見で、それこそが彼らの仕事だともいえる。
もっと下世話に言えば、「言うたもん勝ち」の世界。
こういう言葉を発見できるのが、すでにひとつの才能なんだろうな。
ところでこの「プンクトゥム」、大雑把に言うと、ひとつの写真において作者の意図と離れた
ところにある自分だけの「ツボ」ということだと理解できるように思うが、だとすれば、それは
写真だけに限定されるものではなく、他の表現、たとえば絵画や映画、あるいは詩や小説
といった文芸にまで拡がる普遍性を持っているということになるんじゃないだろうか。しかも
それには、あらかじめ用意されるコード(モノサシ)がまったくないわけだから、きわめて恣意
的なもので、見る者によってその在り処が変わってくるということになる。
「それゆえ、プンクトゥムの実例をあげてゆくと、ある意味で私自身をを引き渡すことになる。」
プンクトゥムは、ちょっとやっかいだ。
それは確かにとても面白いゲームなんだけど、これに嵌ってしまうと、見るもの読むもの
すべてにそれを探すようになってしまうのだ。
そしてじつは、すでにこのプンクトゥム・ゲームに侵されてしまっている。
猫の背蚯蚓の悪夢を見たのも、ひょっとしてそのせいだったりして。
*
この時期恒例の、NHKBS2衛星映画劇場のアカデミー特集で、「 Bonnie and Clyde 」を観た。
この前映画館で観たイーストウッドの新作「 Invictus 」よりはるかに面白かった。
やはりこの時期(1967)の映画には力がある。
まずファーストカットの唇のアップに一撃される。
ずいぶん久しぶりにこの映画を観たけれど、フェイ・ダナウェイの美しさが、この歳になって
やっとわかったことに愕然とした。
稀有なことだとは思うが、健康的でしかも sexy という、女性の魅力がこの世にはあるのだ。
主演のウォーレン・ビーティがプロデューサーも兼ねていて、トリュフォーやゴダールにも
監督を頼んだらしいが、なにもヌーベルバーグじゃなくたって、ボニー・パーカーの役をフェイ・
ダナウェイが演るだけで、誰が撮っても HIP なものになったはずだ。
この映画にもプンクトゥムは、あった。
銀行に家をとられた農夫のシーンの背景に映る「曲がった電柱」が、それだ。
*
「明るい部屋」の流れで、写真集がプチ・ブーム。
写真家が撮った作品集だけでなく、料理やインテリアの本にも写真が美しいものがある。
ワンカットの美しい写真があるだけで、その本が価値あるものに見えてくる。
そして、そういう写真がある本は、いい本であることが多いのだ。
いい写真は直感的にわかる。
ストゥディウムもプンクトゥムも関係なく、自分の中のアンテナが感応してしまうから。
■ TYPOLOGIES Bernd & Hilla Becher Schirmer /Mosel Verlag Gm 199811 ¥5,000
「類型」と題されたベッヒャー夫妻の建築写真集。
1990 -91年にかけてヴェネチア、ケルン、ボストン、オハイオを巡回した写真展の図録。
LPサイズの大型本だが、それぞれのページに「類型化」された貯水塔、穀物倉庫、溶鉱炉、
住宅のファサードなどの建築物の写真が、9 あるいは12カットずつ並列されていて、確かに
コンセプトは明快にわかるが、写真が小さいのが残念だ。
同じ種類の建築物を丹念に調査採集し、類型化してその本質に迫るというのがタイポロジー
というものだとしたら、それが一つの哲学に昇華するのはよくわかる。
それにしても、この写真は、コンセプチュアル・アートなのか、タイトルそのままの類型学的な
記録なのか、建築写真としてだけじゃなく、アートとしての評価が高いのはよく知っているが、
ひと目ではピンとこない。
たぶんじっと眺め続けることで、なにかが滲みでてきそうな気がする。
たとえばこの無機質な建築群を、人に例えてみれば少しわかってくる。
きっとこれは、ポートレイトなんだ。
■ THE AMERICANS Robert Frank STEID 20080510 ¥4,000
ストレート・フォトのクラシック。
カメラはもちろんライカ、たぶん当時の最新鋭機M3だろう。
1959年に発表されたこの写真集は、写真がただの記録や記憶のためのものではなく、
アートピースとして認められるきっかけとなった一冊で、ブレッソンの「決定的瞬間」と
ならぶ、モダンフォトの古典とされている。
本人が自ら依頼したというジャック・ケルアックの序文が素晴らしい。
The humor, the sadness, the EVERYTHING-ness and AMERICAN-ness of these pictures !
---- To Robert Frank I now give this message : You got eyes.
想像していたより小さな本だったが、ソファに座り、膝の上においたらちょうどいいサイズ 。
大きいばかりが写真集ではないのだった。
■ 注文の多い写真館 坂田栄一郎 流行通信社 19851230 ¥1,900
ポートレイト。
週刊誌「アエラ」の表紙写真で有名なポートレイト写真家の処女作品集。
日大芸術学部からライトパブリシティに入り、ニューヨークでアヴェドンの弟子に入ったという
人だから、ポートレイト・フォトの世界ではエリートといえるだろう。
横尾忠則、細野晴臣、北野武、川崎徹、安藤忠雄、矢野顕子、村上春樹といったその当時
「メディアジェニック」だった人たちの、ちょっと雰囲気のある肖像写真、そして糸井重里のコピー。
スタジオボイスの佐山一郎と伊藤俊治が、序文を書いている。
まさに80年代。
よくできた美しい写真集だけれど、今見ると、"作りこむ写真"を目指したという、その「作り
こまれ方」がいかにも作為的で、パルコ文化の残骸というような気配を感じてしまう。
この作品から何年かして、この人が自然志向に転じたのは不思議ではないと思う。
若い時にヒッピーカルチャーのまっただ中で生活してきましたから、何かまたそこに戻りたい
と言う気持ちもあったんですね。いつも、人と自然の関係というのを考えていましたから、
自然環境をテーマにした作品を作りたいなと思っていたのです。
祝祭はいつまでも続けられないのだ。
■ Derek Jarman's Garden Derek Jarman Thames & Hudson 199506 ¥2,000
庭の写真。
AIDSで亡くなったイギリス人の映像作家が、死の直前に行き着いた癒しが、ドーバー海峡
に面した、ダンジェネスという小さな村にあるこの「庭」だったようだ。
庭といっても、それはいわゆるガーデニングではなく、ひとりのクリエイターに造られた風景、
あるいは、ひとつの立体作品としての「庭」で、様々なオブジェや、厳選された植物たちが、
さりげなくちりばめられたこの庭を見ていると、どうしても利休の庭に想いがいく。
「見立て」の庭。
庭を造ってみればよくわかるが、庭は自分を映す鏡のようなものなのだ。
この庭は、デレク・ジャーマンの祈りに満ちている。
" kotobanoie permanent collection " の一冊だが、状態の良い物を安く入手できた。
■ Racing Days Henry Horenstein Henry Holt & Co. 19990515 ¥4,800
競馬と写真との至福のコラボレーション。
競馬にまつわるさまざまな光景が、競馬への想いと、緻密に計算された構図で、
丁寧に写し撮られている。
競馬の写真(ほとんどがただサラブレッドを写したものだが)はたくさん見ているけれど、
「競馬」そのものをこれほどリアルに、しかも美しく撮った写真は見たことがない。
このフォトグラファーのことはよく知らないが、そうとうな手練であることは間違いない。
この本の最初の章にこんな一文がある。
" The best thing in the world is to win at the racetrack. The second best thing is to lose the racetrack "
(この世で最高なことは、競馬に勝つこと、2番目に最高なのは、競馬で負けることだ。)
賭けない人には永遠にわからない競馬の悦楽。
この写真集のどのカットにも、そのかけがいのない悦楽の表情がある。
■ white hot / cool colors for modern living Tricia Guild POTTER 19991005 ¥2,400
インテリアのカラーコーディネーションのためのピクチャーブック。
white ecru natural
blue indigo ice blue
earth ocher terracotta
pink magenta red
mauve lavender purple
turquoise aqua
emerald jade green
yellow lemon citrus
この8つのグループに色のトーンが分類され、考えぬかれたスタイリングで撮影されている。
ブックデザインも秀逸、そして写真のどれもが、美しい。
プロの仕事。
*
他にもこんな本たちが入荷しています。
□ ものを創る 白洲正子 読売新聞社 19731005/第1刷 ¥1,500
□ 椀一式 使う漆器へ 原研哉編 実業之日本社 20100115/初版第1刷 ¥1,600
□ 国際建築 バウハウス叢書1 ヴァルター・グロピウス 中央公論美術出版 19910220/第1刷 ¥4,800
□ バウハウスの実験住宅 バウハウス叢書2 アドルフ・マイヤー 中央公論美術出版 19910710/第1刷 ¥4,200
□ 問いつめられたパパとママの本 伊丹十三 中央公論社 19730820/9版 ¥1,500
□ ポトスライムの舟 津村記久子 講談社 20090218/第3刷 ¥500
□ 日本の美学 安田武・多田道太郎 風濤社 19700415/第1版 ¥900
□ 泳ぐのに、安全でも適切でもありません 江國香織 集英社 20020310/第1刷 ¥300
□ くまのプーさん/プー横丁にたった家 A.A.ミルン 岩波書店 19681120/第4刷 ¥800
*
最近追加した「日本美 - 美しき日本の残像」のブックリスト。
