<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom">
    <title>本買記</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kotobanoie.com/blog/" />
    <link rel="self" type="application/atom+xml" href="http://www.kotobanoie.com/blog/atom.xml" />
    <id>tag:www.kotobanoie.com,2007-09-07:/blog//1</id>
    <updated>2012-01-04T13:26:20Z</updated>
    <subtitle>http://kotobanoie.com/</subtitle>
    <generator uri="http://www.sixapart.com/movabletype/">Movable Type Publishing Platform 4.0</generator>

<entry>
    <title>greening 2012</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kotobanoie.com/blog/2012/01/post.html" />
    <id>tag:www.kotobanoie.com,2012:/blog//1.130</id>

    <published>2012-01-04T10:37:04Z</published>
    <updated>2012-01-04T13:26:20Z</updated>

    <summary> 明けましておめでとうございます。 2011年は、ほんとうにたくさんの人たちとお...</summary>
    <author>
        <name>コトバノイエ</name>
        <uri>http://kotobanoie.com</uri>
    </author>
    
        <category term="a day in life" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="books" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="hip" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="greening" label="greening" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kotobanoie.com/blog/">
        <![CDATA[<form class="mt-enclosure mt-enclosure-image" mt:asset-id="232"><img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 20px; DISPLAY: block" class="mt-image-center" alt="greening3.JPG" src="http://www.kotobanoie.com/blog/greening3.JPG" width="700" height="480" /></form>
<p>明けましておめでとうございます。</p>
<p>2011年は、ほんとうにたくさんの人たちとお会いし、人と人のつながりの不思議さを、<br />いつもよりも強く感じさせられた年でした。</p>
<p>そのひとりひとりの人たちに、感謝の気持ちをこめて、新年のご挨拶を。<br /><br />"TheGreening of America（邦題：緑色革命）" という1970年に発刊された一冊の本<br />があって、若いころのぼくは、その本、というかその本に描かれていたアメリカ西海岸<br />のカウンターカルチャーなるものに、ずいぶん惹かれていました。</p>
<p>60年代に起こった新しい意識の動き。</p>
<p>それは、それまでの社会と人間との関係に疑問をいだき、自分自身、他人、社会、<br />自然、国土などにたいする新しい関係を創造しようというものでした。</p>
<p>社会のメインフレーム依存しない自立した生きかた。</p>
<p>"greening"というのは、そのころ芽生えたそういう新しい価値観をもった世代のことであり、<br />そういう変革の現象にたいして著者である、チャールズ・ライクが名づけた言葉です。</p>
<p>結果的には、この若者のムーブメントは、大人たちの体制や商業主義を突き崩すことは<br />できなかったわけですが、たとえば今もてはやされているエコロジーやオーガニックや、<br />サスティナビリティなんていう環境にまつわるさまざまなこと、そして人種やジェンダーや、<br />性的嗜好による偏見のない自由な選挙や、いわゆる無党派といった現代社会の良質な<br />概念のほとんどのものが、この時代の若者たちの思想の上澄みにしかすぎないように、<br />ぼくには映っています。</p>
<p>そして昨今しきりに議論されるコミュニティのデザイン、ひょっとしたらこのインターネット<br />だって、このムーブメントがなければ何年も遅れていたのかもしれないとさえ思います。</p>
<p>去年亡くなったスティーブ・ジョブズは、ぼくと年が同じで、しかもこの「騒乱」の中心地<br />だったサンフランシスコのベイエリアの人ですから、たぶんもっと強烈に、この意識の<br />影響を受けていた人だったはずで、彼の指向した「パーソナル・コンピュータ」の概念<br />そのものが、「新しい意識をもった新しいコミュニティ」への道しるべであろうとした <br />" Whole Earth Catalog " の、「access to tools」というコンセプトの今日的表現だと<br />考えれば、彼がその本から引用した " stay hungry, stay foolish "という言葉の意味が、<br />より鮮明に見えてきます。</p>
<p>「三つ子の魂百まで」ではないですが、昨年の東北大震災や原発の事故を契機として、<br />成長や拡大じゃない共生（share + re-size）ということを模索する中で、もういちどこの<br />自分にとっての原点に還ることも悪くないんじゃないか、というのが、"greening"という<br />言葉にこめたメッセージです。<br /><br />ぼくにとっての greening は、種を蒔くことです。</p>
<p>本にできること、本にはできないことを考えたとき、意識の種を読んだ人の心に蒔くという<br />ことが本の役割であり、その本の編集を生業とするものの仕事ではないのかと思います。<br /><br />その種が、あなたの土壌に合えば、それはやがて芽をだします。<br />芽がでたら、しっかりと水をやってください。<br />毎日うまく水をやることができれば、やがて花が咲きます。</p>
<p>きれいな花が咲けば、あなた自身がきれいだと発信しなくても、それを見た人が、あそこに<br />きれいな花が咲いていたよと、つぶやいたり、写真を撮って帰ったり。</p>
<p>そんなことを、初夢で妄想しました。</p>
<p>For what it worth.<br /><br />年始の挨拶なので、もう少しシンプルに書きたいと思っていたのですが、気がつくと、<br />いつものように、だらだらとしたものになってしまいました。</p>
<p>まあ、正月ということで、お赦しください。<br /><br />今年もよろしく。<br /><br />BOOKS+コトバノイエ</p>
<p>店主敬白</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp; 
<style type="text/css">
   body { line-height: 180%; }
</style>
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>drowning in photography</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kotobanoie.com/blog/2011/12/drowning-in-photography.html" />
    <id>tag:www.kotobanoie.com,2011:/blog//1.129</id>

    <published>2011-12-24T16:30:26Z</published>
    <updated>2011-12-24T18:36:10Z</updated>

    <summary> ゆっくりと本を読む間もないような10月や11月は、文字どおり光陰のごとく去って...</summary>
    <author>
        <name>コトバノイエ</name>
        <uri>http://kotobanoie.com</uri>
    </author>
    
        <category term="photograph" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kotobanoie.com/blog/">
        <![CDATA[<form class="mt-enclosure mt-enclosure-image" mt:asset-id="231"><img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 20px; DISPLAY: block" class="mt-image-center" alt="woodbar.JPG" src="http://www.kotobanoie.com/blog/woodbar.JPG" width="700" height="412" /></form>
<p>ゆっくりと本を読む間もないような10月や11月は、文字どおり光陰のごとく去って、<br />12月に入っても、その流れがいっこうにおさまる気配はないまま、すでに年の暮れ。</p>
<p>このブックストアを始めたときに考えていたことが、少しずつその輪郭を見せはじめ、<br />それはそれでひどく嬉しいことには違いないが、もう一方でのんびりとしたそれまで<br />の日々を、少し懐かしく感じている自分がいる。</p>
<p>確かに本を買う数は増え、大きい本も躊躇せず手にとれるようにもなったけれど、<br />果たしてそれが本望なのかという囁きも、つねに頭の中に響いている。<br /><br />写真のことをもう一度考え出したのは、木村家本舗の写真展「tri-angle」で、ある<br />作品を購入したのがきっかけだった。</p>
<p>去年の、<a href="http://www.kotobanoie.com/blog/2011/02/the-days-of-art-and-music.html">『Herb &amp; Drothy』的な快感</a>が燠火のように残っていたのかもしれないが、<br />展示されていたものではなく、多田ユウコさんのポートフォリオに収められたその<br />写真を眺めているうちに、なんとなくその気になってしまったのだ。</p>
<p>ポートフォリオで見たときよりも引き伸ばされ、アクリルのフレームで額装されたその<br />作品を壁に掛けたとき、絵画ではなく、どうして写真というものにこんなに惹かれる<br />のだろうと、ちょっと不思議な気分になって、いつも本棚にあるのにずっと読めないで<br />いたある写真の本を手にとった。<br /><br /><strong>□　写真の時代 - AGE OF PHOTOGRAPHY　　　富岡多恵子　　毎日新聞社　 　19790115<br /><br /></strong>じつはこの本、これまでにもう何冊も買っている。</p>
<p>もともと彼女の詩や小説が好きなこともあって、おそらくその独特の視線で編まれた<br />であろう写真論に興味があり入手した本だが、それを読む間もなく、買うたびに売れ、<br />売れるたびに買い、ということを何回か繰り返していた一冊で、やっとそういう成り行き<br />になったのだった。</p>
<p>写真の批評ということでいうと、ソンタグの「写真論（ on photography）」とバルトの<br />「明るい部屋（La Chambre Claire）」が、その白眉とされていて、確かに20世紀を<br />代表する批評家たちが書いたその写真論は名著と呼んでもいいものだと思うけれど、<br />この写真の国の作家が書いた時評も、そういう強面の評論とまったく遜色はない。</p>
<p>今から30年以上も前の文章だが、すべての良質の批評がそうであるように、時を<br />経てもその鮮度にまったく翳りはなく、むしろカメラというものが日常になり、写真が<br />光学から電子工学になった時代だからこそ、彼女の写真の本質に迫るその視線が<br />より鮮やかに心に迫り、この人を写真と対峙させた山岸章二という編集者の慧眼に、<br />あらためて感心させられる。</p>
<p>少し長くなるが引用する。<br />冒頭の「キカイの自立性」という一章からのものだ。</p>
<blockquote style="MARGIN-RIGHT: 0px" dir="ltr">
<p dir="ltr">複製こそがアートであるというより、アートが複製である現代、写真のほうがはっきりと<br />アートよりおもしろいのである。ところが写真が今なお絵画をあこがれ、絵画を追いかけて<br />いるところがあるのは不思議千万である。もっとも、写真はいかなる立体空間も、キカイと<br />いうもので平面にしてしまう作業ともいえるから、平面の絵画からふっきれにくいのかもし<br />れない。しかし、立体を平面にするのはキカイであって、写真の写し手ではないのである。</p>
<p style="MARGIN-RIGHT: 0px" dir="ltr">はたしてカメラは、なにかを表現し得るキカイなのだろうか。もしカメラの近辺に表現者が<br />いるとしたら、カメラをもっている方ではなくて、カメラの向こう側にる生きものか、あるいは<br />モノや無限の立体空間ではないだろうか。 それが、カメラというキカイによって、一枚の<br />限定された平面にされた時、そこに情緒を、モノや生きもののマチエールを、存在感覚を、<br />時には写した人間の思想までも期待し、また読みとろうと考えるのは、絵画から切れて<br />いないというしかない。写真の出現は、絵画の表現を徹底してぶちこわしたものでは<br />なかったのか。</p>
<p style="MARGIN-RIGHT: 0px" dir="ltr">なぜこんなに、だれもかれもがたかが写真で（といってもけっして写真を軽蔑しているの<br />ではなく、むしろ反対の意味である）作品をつくろうとするのであろうか。芸術も、たかが<br />ゲイジュツであって、またそこから出発しなければならなくなっている苦しい時代に、なぜ<br />安穏と作品をつくっておれるのであろうか。</p></blockquote>
<p>このいきなりの一撃で惹き込まれ、この本がベッドルームからリビングに格上げになった。<br />こんな文章を寝酒がわりにできるはずがない。</p>
<p>11月にアンドレアス・グルスキーの「<a href="http://www.kotobanoie.com/photostock/Rhein.jpg">Rhine II</a>」という写真作品が、NYのクリスティーズで<br />3億円以上（430万ドル）で落札され、「あれってただの河川敷の写真じゃないのか」<br />とか、「前例のないスケールである上に、傑出した印刷技術を駆使し、色使いと"肌理"<br />が絵画に匹敵する」といった話がネット上でとびかったが、写真の作品性ということに<br />対しても、作家の「犯罪意識」という言葉をキーワードにしてこんな風に書いている。</p>
<blockquote style="MARGIN-RIGHT: 0px" dir="ltr">
<p>写真の場合も、アマチュアの楽しみとか、コマーシャルのためのものではなく。作家としての<br />意識のあるなしは、結局、犯行意識のあるなしではないかと思ったりする。この犯行意識が、<br />作家の暗闇を広げ、また深め重くして、暗闇の色を濃くしているのではないだろうか。写真が、<br />作品かどうかは写真作家の暗闇の影の濃淡に他ならない。そしてそれが、小説における<br />文体ならぬ、写真の写体というか映体というか、個人のスタイルというものではないのだろうか。<br />----　小説が大説でなくあくまで小説であるように、写真はあくまで写す人間によって出現する<br />一瞬の闇であるはずだ。</p></blockquote>
<p>あるいはタイトルやキャプションについて。</p>
<blockquote style="MARGIN-RIGHT: 0px" dir="ltr">
<p>写真は絵よりも、具象であるといえば具象であり、具体的であり、現実的である。絵における<br />抽象と写真における抽象とは別のものであり、このコンセプトも異なる。写真は、見ればわか<br />るし、また、見てわからぬものを、写真は撮れない。その見ればわかるものに、なぜ題をつけ<br />るのだろうか。<br />---　本来、写真の場合は、番号に近い記号性を題に依存するにとどめて、なるべく写真につ<br />いては喋らぬ方がいいように思える。そうでないと、写真というものの自立性が失われる。<br />ハッキリいうと、写真がものをいっていないのに、それを撮った人間がものをいっても仕方が<br />ないのである。写真は、いっさいの手助けなくて、そこにあったほうがいい。逆にいえば、コト<br />バの説明を必要とするような写真は、それだけ写真の力が弱いということにもなる。</p></blockquote>
<p>そして、いかにもそれらしい写真、それを撮る写真家への痛烈な嫌味。</p>
<blockquote style="MARGIN-RIGHT: 0px" dir="ltr">
<p>自動焦点カメラのごときものが出現してくると、ナニを撮るかが問題になるのであり、さらに、<br />撮影者がどういうところに、どのように生きているかで、写真が決まってくる。写真家が写真<br />家的に生きておれば写真家的写真しか撮れない。わたしは、当節流行のクロスオーバーな<br />んて嘘らしいものは信じないから、写真家の写真、小説家の小説を好むけれど、写真家的<br />写真にはうんざりする。自動焦点カメラのごときものがあらわれたからこそ、写真トハ何ゾヤ<br />という問いとそのコンセプトが、結局いつも写真家を動かし、写真家の態度と思想と写真を<br />決めていく。</p></blockquote>
<p>あくまでも素人だからといいながら、写真というものの現代社会での存在価値と、文学<br />とも共通する創作の深淵というところに、いかにも女性らしく、あるいは富岡多恵子らしく、<br />躊躇なく斬りこんでいる。<br /><br />写真は、一瞬の時を定着し、変わらない。<br />生きている人間の意識は常に動いていて、定着されたはずの一瞬も、その揺れ動く<br />意識とともに見えかたが変わる。</p>
<p>庭に石をおいたとき、変わらないことが石の面白さだと、庭師が教えてくれた。 &nbsp;</p>
<p>変わらないものは変わりゆくものを映す鏡のようなものだから、&nbsp;この石が、日々移ろう<br />草や木や花を、そして変わっていく自分を見守ってくれるかもしれない。 &nbsp;</p>
<p>そのときそんな風に書いたけれど、写真もこの庭石と同じなんだろうか。</p>
<p>真っ白なキャンバスから描かれたものではなく、在るもの（在ったもの）を、文字通り<br />そのまま写しとられた画に惹かれるのは、つまりうつろう自分の姿を確かめるためなのか。</p>
<p>いずれにしても、その存在感は、写真集を眺めているのとは比べものにならないほど大きい。<br /><br />壁に掛けた写真のモチーフが、去年は川、そして今年はプールと、無意識のうちに「水」を<br />テーマ選んでいたことに、ふと気がついて、自分の中にある流体萌えをあらためて思い知る。</p>
<p>となると、来年は「海」か。<br /><br />クリスマスイブ、そして有馬記念前夜に。</p>
<p>To&nbsp;The Glory.<br /><br />*</p>
<p><a href="http://twitter.com/kotobanoie"><font color="#ab0404">Twitter</font></a> 発信中 。</p>
<p>なかなか追加できない「<font color="#ab0404"><a href="http://kotobanoie.com/book/listhip-new.html">これがHIPだ！</a></font>」のブックリスト。<br /><br /><a href="http://kotobanoie.com/"><font color="#ab0404">http://kotobanoie.com/</font></a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<style type="text/css">
   body { line-height: 180%; }
</style>
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>no particular reason</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kotobanoie.com/blog/2011/11/no-particular-reason.html" />
    <id>tag:www.kotobanoie.com,2011:/blog//1.128</id>

    <published>2011-11-15T06:52:10Z</published>
    <updated>2011-11-15T11:04:57Z</updated>

    <summary> 「橋本図書室」が終われば、こんどは本家。 久しぶりに実家に帰った本たちを本棚に...</summary>
    <author>
        <name>コトバノイエ</name>
        <uri>http://kotobanoie.com</uri>
    </author>
    
        <category term="kotobanoie" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="オープンハウス" label="オープンハウス" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kotobanoie.com/blog/">
        <![CDATA[<form class="mt-enclosure mt-enclosure-image" mt:asset-id="230"><img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 20px; DISPLAY: block" class="mt-image-center" alt="openhouse1.JPG" src="http://www.kotobanoie.com/blog/openhouse1.JPG" width="700" height="508" /></form>
<p><br />「橋本図書室」が終われば、こんどは本家。</p>
<p>久しぶりに実家に帰った本たちを本棚に戻し、ゆっくりと。<br /><br />□　特段の理由のないオープン・コトバノイエ&nbsp;&nbsp;</p>
<p>川西の山裾に小さな平屋の家を建てて、この12月で6年になります。<br />矢部達也さんに設計していただいたこの「コトバノイエ」のおかげで、<br />家族４人がとても心地良い日々を過ごし、ぼくは古本屋をやっています。 </p>
<p>先日の「木村家本舗」という催しで、多くの人たちから訪ねたいという<br />ご希望をいただき、本格的に寒くなる前に見ていただこうと考えました。 </p>
<p>そこでオープンハウス。 </p>
<p>まあ、小さな宴でも、というところです。 </p>
<p>晩秋の一日を、コトバノイエでお過ごしいただければと思っています。</p>
<p>もちろん、本もたくさんあります。<br /><br />Nov.15 2011 <br />BOOKS+コトバノイエ &nbsp; &nbsp;店主敬白</p>
<p>加藤博久<br /><a href="http://www.kotobanoie.com/" rel="nofollow nofollow" target="_blank" __untrusted="true"><font color="#3b5998">http://www.kotobanoie.com/</font></a><br />books@kotobanoie.com</p><p><span class="Apple-style-span" style="font-size: 10px; ">* 駐車場がありませんので、お車の方は、駅前のコインパーキングにお停めください。</span></p>
<p>&nbsp; 
<style type="text/css">
   body { line-height: 180%; }
</style>
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>100 books of quintessence</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kotobanoie.com/blog/2011/11/100-books-of-quintessence.html" />
    <id>tag:www.kotobanoie.com,2011:/blog//1.127</id>

    <published>2011-11-14T06:33:12Z</published>
    <updated>2011-11-15T06:42:55Z</updated>

    <summary>   よしなしごとに忙殺されて、不覚にも10月は一編も書けず。とはいえ、twit...</summary>
    <author>
        <name>コトバノイエ</name>
        <uri>http://kotobanoie.com</uri>
    </author>
    
        <category term="books" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="百冊の極上" label="百冊の極上" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kotobanoie.com/blog/">
        <![CDATA[<div><br /></div>
<form class="mt-enclosure mt-enclosure-image" mt:asset-id="229"><img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 20px; DISPLAY: block" class="mt-image-center" alt="kappan.JPG" src="http://www.kotobanoie.com/blog/kappan.JPG" width="700" height="405" /> </form>
<form class="mt-enclosure mt-enclosure-image" mt:asset-id="229">
<p><br />よしなしごとに忙殺されて、不覚にも10月は一編も書けず。<br とはいえ、twitterやfacebookでは相変わらずくだらないことを垂れ流し続けているわけだから、<br="" />とはいえ、twitterやfacebookでは相変わらずくだらないことを垂れ流し続けているわけだから、<br />多忙がその理由にはならないことは、自分でもよくわかっている。</p>
<p>世の中には同朋も少なからずいらっしゃるようで、この新手のSNS以降、RSSで購読している<br />方々のブログの執筆率は明らかに激減している。</p>
<p>考えてみれば新しいメディアが、新しいコミュニケーションのスタイルを生みだすのは当然で、<br />このblogというインターネットでしかあり得ない表現のスタイルが、何かを語りたいという衝動の<br />ひとつのoutputとして機能したのは間違いなく、ひところは、何かを語りたい人がこんなにも<br />たくさんいたのかと驚かされた時期があった。</p>
<p>今やそのoutputの中心は、facebookに移りつつあるんじゃないかというのが実感だが、<br />もとよりブログ（日誌）と称しながら、ひたすら買い続けている本のことやコラムのようなものを、<br />細々と書き連ねてきたものにすれば、じつはそんな世の流れとは無縁で、それができなかった<br />のは、ただただ「木村家本舗」という奔流に翻弄されていただけにすぎない。<br /><br />百冊の極上、という言葉がふと浮かんだ。</p>
<p>「木村家本舗」の成り行きを記した この前のブログ "leap before you look" で、</p>
<p>" 写真家が写真を撮るように、建築家が建築をつくるように本棚を表現したいわけです "</p>
<p>と、なにげなくつぶやいたところが、その始まり。</p>
<p>本棚が本屋にとっての表現なら、いっそピュアな作品として本をセレクトし、ひとつの本棚を造り、<br />それをパッケージとして値段をつけてみよう、と考えたのだ。</p>
<p>もちろん依頼を受けた本棚ならそんなことはできないけれど、木村家本舗はある意味実験の場<br />のようなものだから、そこでなら、いやそこでしかできないんじゃないか。<br /><br />厳選された百冊の本のパッケージ。</p>
<p>百冊というのはちょっと多い気もしたが、「<a href="http://www.kotobanoie.com/blog/2010/11/one-hundred-books-for-cafe-mok.html">百花の百本</a>」が頭にあった。</p>
<p>古民家をリノベーションしたcafe百花のためにセレクトした百冊の本たち。</p>
<p>そのためにつくってもらった素敵な本棚に並んだその百冊の本たちは、この1年間、少しずつ姿を<br />変えながらcafe百花のライブラリイとしてじんわりと存在感を発揮しはじめていて、その百冊という<br />スケール感が、自分の中でフィジカルな感覚として、だんだんわかりはじめてきたところだったのだ。</p>
<p>それは理想の本を選ぶという熟考ではなく、そこにある本の中から、一瞬の集中で、そのときに<br />宿るなにかを掬いとるという、まさに一枚の絵を描くような、ソロセッションなのだ。</p>
<p>そして、木村家本舗で公開した、その口上。<br /><br /></p>
<blockquote style="MARGIN-RIGHT: 0px" dir="ltr">
<p>極上の百冊</p>
<p>コトバノイエの本棚から抽出されたエッセンス。 </p>
<p></p>
<p>入手方法やその時期は様々ですが、ここに選んだ本たちがコアと<br />なってBOOKS+コトバノイエというブックショップが拡がっていきました。</p>
<p>そういう意味でこの百冊の本は、コンテンツだけでなく、装幀や<br />その佇まいも含めて、それぞれが脳細胞のように密接に結びついて<br />いるため、どうしても切り離すことができず、ひとつのパッケージ<br />として販売させていただこうと考えました。</p>
<p>そしてそれは本屋の憧れでもある「棚買い」の目論見でもあります。</p>
<p>もちろん、 Library として自由に読んでいただくことはできますし、<br />どうしても単体で入手したいとおっしゃる方には、オーダーとして<br />お受けすることは可能です。</p>
<p><a href="http://www.kotobanoie.com/blog/2009/11/the-quality-of-having-it.html">quintessence</a></p></blockquote>
<p>　<br />30万円という値段をつけたこの「作品」は、もちろん、というか幸いにもというか、買い手がつく<br />ことなく手元にもどってきたが、ぼくの中でこのゲームは終わることはなく、戻ってきたその日<br />すでに、その百冊をブラッシュアップすべく、解体し再構成するという作業にとりかかっていて、<br />2nd edition とでもいうべき、あらたな百冊を目論んでいた。 </p>
<p>つまり、このアイデアをぼくはけっこう気に入っているようなのだ。<br /><br />そして、そういう風に想っていれば拾う神というのが現れるもので、早速その 2nd edition を、<br />お披露目する機会に恵まれた。<br /><br />「<a href="http://www.kenjihashimoto.com/news/2011/10/000121.html">図書室橋本</a>」　at 橋本健二建築設計事務所　　2011/11/19 &nbsp;15:00 - 22:00<br /><br />「図書室橋本」は、建築家の橋本健二さんが、明治時代に立てられた木造校舎を移築した<br />オフィスで月一回その膨大な蔵書を公開するという催しで、その第三回に参加、というか、<br />参戦させていただくことになったのだ。</p>
<p>橋本さんとは、折にふれて、買った本を、twitterやfacebook上で見せびらかし合いをするという<br />じつに大人気ない遊びをする間柄なのだが、10月に行われた「図書室橋本」に伺ったときに、<br />その蔵書のあまりの凄さに嫉妬心がおこり、「図書室vs古本屋」で対決しませんかと、これまた<br />かなり大人気ない対決を申し込んだら、橋本さんがにこやかに大人の微笑みで受け入れて<br />くださって、実現の運びとなったもの。<br /><br /><a href="http://kotobanoie.com/save/100books.htm">BOOK LIST of 極上の百冊 2nd edition</a><br /><br />この100冊と、今回の橋本棚のテーマである「美腐的」のためのセレクション、そしてコトバノイエ<br />の本棚から、この日のために選んだスペシャルバージョンの本たちを、もって行きます。<br /><br />たった一日だけの展示ですが、それゆえより純粋に。<br /><br />ぜひ、ご高覧のほどを。<br /><br />&nbsp;</p></form>
<style type="text/css">
   body { line-height: 180%; }
</style>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>leap before you look</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kotobanoie.com/blog/2011/09/leap-before-you-look.html" />
    <id>tag:www.kotobanoie.com,2011:/blog//1.126</id>

    <published>2011-09-20T13:13:59Z</published>
    <updated>2011-09-20T13:56:37Z</updated>

    <summary> 『見るまえに跳べ』という詩にめぐりあった。といっても、ずいぶん昔に読んだ覚えの...</summary>
    <author>
        <name>コトバノイエ</name>
        <uri>http://kotobanoie.com</uri>
    </author>
    
        <category term="books" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kotobanoie.com/blog/">
        <![CDATA[<form class="mt-enclosure mt-enclosure-image" mt:asset-id="226">
<p><a onclick="window.open('http://www.kotobanoie.com/blog/honpoflyer.html','popup','width=830,height=591,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false" href="http://www.kotobanoie.com/blog/honpoflyer.html"><img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 20px; DISPLAY: block" class="mt-image-center" alt="honpoflyer.JPG" src="http://www.kotobanoie.com/blog/honpoflyer-thumb-700x498.jpg" width="700" height="498" /><br /></a>『見るまえに跳べ』という詩にめぐりあった。<br />といっても、ずいぶん昔に読んだ覚えのある詩だから、再会というべきか。</p>
<p>それは、W.H.Auden という、アメリカの詩人（英国生まれ）が書いた詩で、大江健三郎の<br />小説（1958）や岡林信康のアルバム（1970）タイトルにもなっているけれど、たぶんこの詩<br />のことを知ったのは、寺山修司のエッセイかなにかだったように思う。</p></form>
<p>その短い詩は、こんな風にはじまる。</p>
<p>Leap Before You Look</p>
<p>The sense of danger must not disappear:<br />The way is certainly both short and steep<br />However gradual it looks from here;<br />Look if you like, but you will have to leap.</p>
<p>Tough-minded men get mushy in their sleep<br />And break the by-laws any fool can keep;<br />It is not the convention but the fear<br />That has a tendency to disappear.</p>
<p>危ないなと思う感覚を失くしちゃいけない。<br />ここからは緩く見えるかもしれないけれど。<br />時間はそれほどないし、けっこう峻しいはずだから。<br />見ていたいならそうすればいい、でも君はきっと跳ばなきゃならない。</p>
<p>タフな心を持った男たちも眠るときには柔らかくなり<br />どんな馬鹿でも守れる法律を破ってしまう。<br />消え失せていくのは<br />しきたりではなく恐れなんだ。<br />（拙訳）</p>
<p>もともとは「Look Before you leap（転ばぬ先の杖）」ということわざだったものを、転回させた<br />ということらしいが、それにしても、「見るまえに跳べ」とは、なんと刺激的な言葉だろう。</p>
<p>どのみちほんとうに意味のあることは、「ヤバイ」ところにしかないわけだから、どうしても越え<br />なければならないところは、そうやって跳ぶしかない、のかもしれない。</p>
<p>ウダウダと考えていたって何も始まらないし、見てしまったら足が竦んでしまうかもしれないし。</p>
<p>でもそれは「無謀」とほとんど紙一重のところだろう。</p>
<p>そんな無謀ともいえるチャレンジを、この時期にまたやる羽目になってしまった。<br /><br /><strong>木村家本舗。<br /><br /></strong>去年のこの催しが終わったとき、木村さんはこんな風に言っていた。</p>
<blockquote style="MARGIN-RIGHT: 0px" dir="ltr">
<p>そんな訳で、2011年に、木村家本舗が、本当にもう一度、催されるかどうかは、未定ですが、<br />そんな模索は、続けていきたいとおもいます。</p></blockquote>
<p>木村さんは、じつはこのときすでに今年もやることを決めていたはずだ。</p>
<p>そしてそれを見て、ぼくはこんなツイートをしていた、それも連続で。</p>
<blockquote style="MARGIN-RIGHT: 0px" dir="ltr">
<p>もう少し違うアプローチもある、たぶん。<br />kotobanoieNov 02, 6:05pm via Web</p>
<p>迷ったら、ヤバイほうへ。<br />kotobanoieNov 02, 6:06pm via Web</p>
<p>creativeとは、まず破壊することだ。新しい価値を造るためには、まず崩さなければ。<br />ひょっとしたら自己満足に甘んじている自分自身を最初に。微笑みながら。<br />kotobanoieNov 02, 6:13pm via Web</p>
<p>すべてを捨てたあとに残るもの。<br />kotobanoieNov 02, 6:21pm via Web</p></blockquote>
<p>ちょっとわかりにくいかもしれないけれど、木村さんのそんな気配を察して、同じこと繰り返すのは<br />やめましょうよ、というちょっとネガティブなメッセージを発信しているのだ。<br /><br />にもかかわらず。<br /><br />とにかく、去年より深化させようということがすべて。</p>
<p>去年の10月からの1年は、ただの時間ではなく、時代のパラダイムが変わったことを強く感じさせる<br />1年だったし、個人的にも　" <a href="http://www.kotobanoie.com/blog/2011/04/where-nothing-happens.html">The Henry Miller Memorial Library </a>" を知って、本と人との関係のあり<br />方に強い刺激を受け、Book Shop ではない 「Library」というスタイルを真剣に考え始めていた。</p>
<p>だったら、その感覚をそのまま表現できれば、去年とはまったく違う「木村家本舗」が、ひょっとしたら<br />できあがるんじゃないか、少なくともその端緒にはなり得るのではないかと、思い直したのだ。<br /><br />というわけで、今年もやります。</p>
<p>そんな想いがどこまで表現できるのかはやってみないとわからないけれど、とにかくもういちど新しい<br />気持ちで、本を選びたいと思っています。<br /><br /><strong>■&nbsp; <a href="http://kotobanoie.com/honpo/honpo2011.html">木村家本舗　BOOK IN RTESIDENCE 2011 のインフォメーション</a></strong><br /><br />遊びだけど、真剣。<br />写真家が写真を撮るように、建築家が建築をつくるように本棚を表現したい.わけです。<br /><br />ぜひご高覧のほどを。<br /><br />Sept. 20, 2011<br />BOOKS + コトバノイエ　　店主敬白<br /><br />&nbsp;</p>
<style type="text/css">
   body { line-height: 180%; }
</style>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>going, going, gone</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kotobanoie.com/blog/2011/08/going-going-gone.html" />
    <id>tag:www.kotobanoie.com,2011:/blog//1.125</id>

    <published>2011-08-31T13:46:45Z</published>
    <updated>2011-09-08T00:50:20Z</updated>

    <summary> 海が見えた。海が見える。五年振りに見る、尾道の海はなつかしい。汽車が尾道の海へ...</summary>
    <author>
        <name>コトバノイエ</name>
        <uri>http://kotobanoie.com</uri>
    </author>
    
        <category term="a day in life" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="尾道" label="尾道" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kotobanoie.com/blog/">
        <![CDATA[<form class="mt-enclosure mt-enclosure-image" mt:asset-id="225"><img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 20px; DISPLAY: block" class="mt-image-center" alt="shiplope.JPG" src="http://www.kotobanoie.com/blog/shiplope.JPG" width="700" height="402" /></form>
<blockquote style="MARGIN-RIGHT: 0px" dir="ltr">
<p>海が見えた。<br />海が見える。<br />五年振りに見る、尾道の海はなつかしい。<br />汽車が尾道の海へさしかかると、煤けた小さい町の屋根が提灯のように拡がって来る。<br />赤い千光寺の塔が見える、山は爽やかな若葉だ。<br />緑色の海向こうにドックの赤い船が、帆柱を空に突きさしている。<br />私は涙があふれていた。</p></blockquote>
<p>『放浪記』のこの印象的な一節が彫られた林芙美子の文学碑は、尾道の町を一望する千光寺山の<br />中腹に建てられていて、そこから眺める海は、キラキラと銀色に輝いていた。</p>
<p>ふだん海をゆっくりと眺める機会がないので、夏の旅は海の町と決めている。</p>
<p>尾道は、その林芙美子の碑を見に行ったようなものだが、じつは「放浪記」を読みおえた記憶がない。<br />なんとなく、「私は宿命的に放浪者である。私は古里を持たない。」という冒頭のフレーズと（「秋が<br />来たんだ。」という初出誌のはじまりも捨てがたいけれど）、そしてこの碑に残されている故郷尾道の<br />描写だけで、読んだ気になっている。</p>
<p>尾道の海は、目の前に造船所のある向島が迫っていることもあって、ゆったりと流れる大きな河のようだ。</p>
<p>その河のような海に、小さな町がはりつくように広がっていて、2号線と線路を超えれば、すぐに坂道。</p>
<p>おもちゃのようなロープウェイに乗って千光寺という赤い塔のある山に登れば、そのこじんまりとした町が<br />一望できる。まるで神戸のミニチュアを眺めているようだが、よくみると家々に気候の良い瀬戸内の<br />佇まいがあって、やっぱり旅にでているんだという気になってきた。</p>
<p>島の向こうに沈む絵葉書のような夕陽。</p>
<p>瀬戸内の旅。</p>
<p>島と島を縫うように架かるいくつもの橋を走りながら想う、人間の限りない英知とその傲慢。<br />海の家でしょっぱい口に放り込むカレーの懐かしい味（どこでも同じ味なんだ）。<br />移築ではなく再現されたというシルバーハットのテラスから眺める瀬戸内の島々。<br />シャッターが閉ざされ、都市の遺跡のように見える駅前のアーケード。<br />谷口吉生が設計した美術館の、その企みに翻弄されながら観るSUGIMOTO PHOTO。<br />骨付鳥の甘み。<br />そして、白壁の街並みにひっそりと佇む古本屋。</p>
<p>真夏の光と風。</p>
<p>same old story.<br />子供との海水浴からはじまったこの夏の旅も、あとどれくらい続けられるんだろうと、ふと思う。<br /><br />夏が終わる。<br /><br />*<br /><br />晩夏の本買い。</p>
<p>のんびりと勝手気侭に続けていた本買いに、少し変化の兆しを感じている。</p>
<p>それは、こういう本を探してほしいという依頼や、あの本棚にはこういう本が似合いそうだという<br />思惑買いが増えてきたからで、もちろん単に本を販売するだけでなく、ライブラリーを造ることを<br />標榜するものとしてそれは本筋といえることだし、面白そうな本を探すということに変わりようが<br />ないわけだから、目に見えるような変化ではないんだけれど、これまでのまるで自由なそれと<br />比べると、なんとなくちょっと不充足を感じていたりする。</p>
<p>ひょっとしたら、フェイズを上げていく時期なのかもしれない、と思ったり。<br /><br /><strong>□　空間感 sense of space　　　杉本博司　　　マガジンハウス　　　20110811/第1刷</strong></p>
<p>美術館建築は、いまやスター建築家にとっての表舞台だ。</p>
<p>安藤忠雄やフランク・ゲイリーに例をとるまでもなく、美術館は現代の神殿として、先鋭を競っている。<br />そしてアーティストは、そのプレゼンテーションにおいて、その空間と対峙しなければならない。</p>
<p>もちろんその神殿で、自身の作品だけを展示できる「個展」というステージに現役で辿りつける<br />アーティストは、世界でもほんの一握りだが、杉本博司はこの15年で、そこに上り詰めたひとりだ。</p>
<p>その彼がユーザーとして立ち向かった名だたる美術館を評論した「攻防記」がこの一冊。<br />つまり杉本博司による「美術館ミシュラン」で、巻末には採点表も付記されている。</p>
<p>杉本博司がその評価のひとつのモノサシとしているのが「光」だ。</p>
<blockquote style="MARGIN-RIGHT: 0px" dir="ltr">
<p>私は美術品とは光りを受け続けて美しくなるものだと思っている。現代美術もいつかは古美術<br />になる。まずは時代の評価に生き残り、次に時間の試練に耐え、光りに晒されて、そして戦争<br />や天変地異からも遁れ、そうして生き残ることができた美術品に、作品の重みのようなものが<br />付与されるのだ。美術品を美術館の暗い倉庫に幽閉して、光を当てずに劣化する時間を止めて<br />しまおうという考え方は、時間に対する人間の傲慢だと私は思う</p></blockquote>
<p>ちなみに見事に杉本博司のファイブスターの獲得した美術館は、この8つ（掲載順）。</p>
<blockquote style="MARGIN-RIGHT: 0px" dir="ltr">
<p>ハラミュージアムアーク／磯崎新　<br />プレゲンツ美術館／ピーター・ズントー<br />銀座メゾンエルメス／レンゾ・ピアノ<br />ピューリッツァー美術館／安藤忠雄<br />ハーシュホーン美術館・彫刻庭園／ゴードン・バンシャフト<br />ニュー・ナショナルギャラリー／ミース・ファン・デル・ローエ<br />金沢21世紀美術館／SANAA<br />丸亀市猪熊弦一郎現代美術館／谷口吉生</p></blockquote>
<p>それぞれの理由も、なるほどと得心できることばかりで、こんな風に「ユーザー」の声が聞けることは、<br />まずめったにないだろう。</p>
<p>そしていつも不思議に思っていた「何故、美術館建築には無謀が許されるのか」ということにも、<br />「それは建築の、美術に対するコンプレックスが裏返された、建築のアートに対する復讐だからだ」<br />というアーティストからの一刀両断が附に落ちた。 
<blockquote style="MARGIN-RIGHT: 0px" dir="ltr">私が好むのは、時代に超然としている建築だ。現代美術の作品にも同じこと言えるのだが、<br />いまという時代を生きながら、百年先の視点に立って、我が身を振り返る視点を持つことは、<br />極めて難しい。振り返ることしか出来ない歴史を、逆の方向に見る力こそが、建築家に求められている。</blockquote>初出は『CASA BRUTUS』2009/5 - 2011/7 の連載。<br /><br /><strong>□　山田風太郎忍法全集 1-15　　　山田風太郎　　　講談社　　　19631130/第2刷 --</strong> 
<p></p>
<p>唯一無二。</p>
<p>それをはっきりと文学と呼べるかどうかあまり自信はないが、忍者たちが繰り出す忍法の破天荒は、<br />シュールをはるかに超えていて、古今東西の「読み物」で、この山田風太郎の忍法帖に比類できる<br />綺譚はないと断言できる。</p>
<p>シリーズとしては、佐伯俊男画伯のエログロなカバーとショッキングピンクの背表紙の角川文庫版の<br />印象が強いが、累計300万部以上というこの講談社の全集の揃いが均一棚で見つかったのは僥倖<br />としか言いようがない。</p>
<p>昭和サブカルチャーの大切な記憶のひとつ。<br /><br /><strong>□　笑殺の美学　　　中原弓彦　　　大光社　　　19710225/初版</strong></p>
<p>小林信彦の幻の一冊を見つけた。</p>
<p>「映像における笑いとは何か」というサブタイトルをもつ喜劇論で、まだ小林信彦になる前の作品。</p>
<p>処女評論集『喜劇の王様たち』からこの『笑殺の美学』、そして『世界の喜劇人』『日本の喜劇人』<br />へと続く流れは、それまで体系的に語られることのなかった映画や演芸における「笑い」を、サブ<br />カルチャーとして考察した評論として、今も喜劇論の底本になっている。</p>
<p>この一連シリーズの完成度が高かったせいか、70年代以降は喜劇そのものを論評することは<br />なくなったが、「笑い」や「ユーモア」は、小林作品のバックグラウンドであり続けているし、植木等、<br />藤山寛美、横山やすし、渥美清、森繁久彌といった、彼が実際に接した喜劇人の評伝やエッセイも<br />断続的に発表している。</p>
<p>まあそれよりもなによりも、コレクターとしてレアな一冊が手に入ったことがなによりなわけで。<br /><br /><strong>建築やデザインや写真や絵画と戯れる</strong></p>
<p>□　建築心理入門　　　小林重順　　　彰国社　　　19671120/第2版3刷<br />□　建築家という生き方　　　日経アーキテクチュア編　　　日経BP社　　20030501/初版5刷<br />□　｢箱」の構築　　　難波和彦　　　TOTO出版　　　20040420/初版第3刷<br />□　VITRA DESIGN MUSEUM　　　Frank O.Gehry　　　GA Design Center　　1993<br />□　CATALOG&nbsp;　　Carin Goldberg&nbsp;　　StC2001<br />□　異貌の神々　　　栗田勇　　　美術出版社　　　19710510/再版<br />□　ビデオ・レンタル・ストアが閉っていて、悲しい。　マーク・コスタビ　　トレヴィル　19881125初版<br />□　彼らが写真を手にした切実さを　　　大竹昭子　　　平凡社　　20110620/初版第1刷<br /><br /><strong>美しき日本の残像</strong></p>
<p>□　神秘日本　　　岡本太郎　　　中央公論社　　　19690614/3版<br />□　熊野詣　三山信仰と文化　　　五来重　　　淡交新社　　　19671115/初版<br />□　日本の音　　　コロナ・ブックス編　　　平凡社　　　20110722/初版第1刷<br />□　続・能と能面の世界　　　中村保雄　　　淡交新社　　　19630829/初版<br />□　沖縄の人文　柳宗悦選集第5巻　　　日本民藝協会編　　　春秋社　　19730210/新装版第3刷<br />□　不思議面白古裂館　　　林宏樹編　赤瀬川原平文　　里文出版　　20050225/初版<br /><br /><strong>読む音楽も面白い</strong></p>
<p>□　ザ・リアル　フランク・ザッパブック　　　フランク・ザッパ　　白夜書房　　19910420/初版第1刷<br />□　チャーリー・パーカーの伝説　　　ロバート・ジョージ・ライズナー　　　晶文社　　19980330/初版<br /><br /><strong>エッセイや小説など</strong></p>
<p>□　オトコの気持ち　　　田中小実昌　　　日本経済新聞社　　　19860324/1刷<br />□　踊る地平線　長谷川海太郎伝　　　室謙二　　晶文社　　19850125/初版<br />□　歩くひとりもの　　　津野海太郎　　　思想の科学社　　　19930710/第2刷<br />□　村上龍映画小説集　　　村上龍　　　講談社　　　19950630/第1刷<br />□　高円寺古本酒場ものがたり　　　狩野俊　　　晶文社　　　20080808/初版<br />□　台所のおと　　　幸田文　　　講談社　　　19930315/第5刷<br />□　｢三島由紀夫」とはなにものだったのか　　　橋本治　　　新潮社　　　2002021/2刷<br />□　慶応三年生まれ七人の旋毛曲り　　　坪内祐三　　　マガジンハウス　　　20010322/第1刷<br />□　ぼくのニューヨーク案内　　　植草甚一　　　晶文社　　　19800420/3刷<br />□　ピーナツ・バターで始める朝　　　片岡義男　　　東京書籍　　　20090801/第1刷<br />□　24365東京　　　北山孝雄＋北山創造研究所　　　集英社　　　20030531<br />□　ウィリアム・バロウズと夕食を　　　ヴィクター・ボクリス　　　思潮社　　19911001/第2刷<br />□　S＆G　グレイテスト・ヒッツ＋１　　　橋本治　　　大和書房　　19880705/新装版第1刷<br />□　開高健　自選短編集　　　開高健　　　読売新聞社　　　19810731第3刷<br /><br /><strong>買い直しあるいはダブり</strong></p>
<p>□　日本の名随筆　陶　　　白洲正子編　　　作品社　　　20011030/第26刷<br />□　黄金分割　　　柳亮　　　美術出版社　　　19650731<br />□　鍵　　　谷崎潤一郎　　　中央公論社　　　1957020/18版<br />□　建築を語る　　　安藤忠雄　　　東京大学出版会　　　19990615/第2刷<br />□　風土　　　和辻哲郎　　　岩波書店　　　19730430/第40刷<br />□　日本の香り　　　平凡社　　　20050924初版/第1刷<br />□　連戦連敗　　　安藤忠雄　　　東京大学出版会　　　20011025/第5刷<br />□　月の本　　　林完次　　　角川書店　　　20000625/初版<br />□　風の又三郎　　　宮澤賢治　　　ほるぷ出版　　　197202/復刻版<br />□　Katachi - 日本のかたち　　　岩宮 武二　　　ピエブックス　　19990609/初版1刷<br />□　一色一生　　　志村ふくみ　　　求龍堂　　　19880130/第22刷<br />□　住　日本人のくらし　　　秋岡芳夫　　　玉川大学出版部　　　1977<br />□　日本の工芸4　紙　　　田中親美/水尾比呂志　　　淡交新社　　　19660410/初版<br />□　建築家たちの20代　　東京大学安藤忠雄研究室編　　　TOTO出版　　20000125/初版第5刷<br />□　derek jarman's garden　　　Thames &amp; HUDSON　　　2009reprinted<br /><br />*</p>
<p><a href="http://twitter.com/kotobanoie">twitter </a>発信中。<br /><a href="http://www.facebook.com/kotobanoie">facebook </a>も。</p>
<p>そしてなかなか更新できない「<a href="http://kotobanoie.com/book/listhip-new.html">これがHIPだ</a>」のブックリスト </p>
<p><a href="http://kotobanoie.com/">http://kotobanoie.com</a>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<style type="text/css">
   body { line-height: 180%; }
</style>

<div></div>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>not a profession but a attitude</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kotobanoie.com/blog/2011/08/not-a-profession-but-a-attitud.html" />
    <id>tag:www.kotobanoie.com,2011:/blog//1.124</id>

    <published>2011-08-05T15:18:44Z</published>
    <updated>2011-08-06T09:55:13Z</updated>

    <summary><![CDATA[ &nbsp; 台風が通り過ぎた日、4ヶ月ぶりの京都。□　視覚の実験室　モホイ=...]]></summary>
    <author>
        <name>コトバノイエ</name>
        <uri>http://kotobanoie.com</uri>
    </author>
    
        <category term="art" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="books" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="ceramic" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kotobanoie.com/blog/">
        <![CDATA[<form class="mt-enclosure mt-enclosure-image" mt:asset-id="224"><img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 20px; DISPLAY: block" class="mt-image-center" alt="sunflowerdark.JPG" src="http://www.kotobanoie.com/blog/sunflowerdark.JPG" width="700" height="403" /></form>
<p>&nbsp;</p>
<p>台風が通り過ぎた日、4ヶ月ぶりの京都。<br /><br /><strong>□　視覚の実験室　モホイ=ナジ／イン・モーション　　京都国立近代美術館　　2011/07/20 - 09/04<br /><br /></strong>バウハウスの人としての印象が強いので、ドイツ語読みのモホリ・ナギ（ Moholy-Nagy）と<br />記憶していたが、この展覧会では彼が生まれたハンガリーの読み方で表記されている。<br />いずれにしても、unforgettable な名前である。</p>
<p>葉山の神奈川県立近代美術館からの巡回だが、同じバウハウスのクレーやカンディンスキー<br />デ・スティルのモンドリアンなんかと比べると、日本での認知度は高くないようで、これが日本<br />で初めての回顧展、多くの作品が初公開だということだ。</p>
<p>構成はオーソドックスな年代順で、とてもわかりやすい。</p>
<p>1 ブダペスト 1917-1919 : 芸術家への道<br />2 ベルリン 1920-1922 : ダダから構成主義へ<br />3 ワイマール―デッサウ 1923-1928 : 視覚の実験<br />4 ベルリン―ロンドン 1928-1937 : 舞台美術・広告デザイン・写真・映画<br />5 シカゴ 1937-1946 : アメリカに渡ったモダンアートの思想</p>
<p>とにかく多才な人である。</p>
<p>「モホリ＝ナギを何と称ぶか、誰も思いつかないままにいる（ by 松岡正剛）」</p>
<p>デザイナーであり、画家であり、写真家であり、タイポグラファーであり、舞台美術家であり、<br />有能なエディターでもあり、そしてなによりも教育者。今回の展示でも感じたが、あまりにも<br />いろいろなことが、しかもそうとうに高いレベルでできすぎることが、とらえどころのなさに<br />つながっているようにも思える。</p>
<p>教育者としては、バウハウス（ワイマール - デッサウ）― ニューバウハウス（シカゴ）という<br />モダンデザインの原点ともいえる学校で教鞭をとり、最終的には18人の生徒を選りすぐった<br />「School of Design Chicago」というラディカルな「私塾」を設立。1946年に51歳で亡くなる<br />まで自分の美術/デザイン哲学を伝えることに力をそそいだ人で、デザインが産業として自立<br />していこうとしていた時代の教育シーンでのキーパーソンのひとりだ。</p>
<p>彼の造ったメソッドは、バウハウス叢書の一冊 『絵画・写真・映画』 に遺されているが、<br />バウハウスそのものがそうであるように、モダンデザインの通底として、とくに「視覚造形<br />（ヴィジュアルアート）」の分野ではいまも必読の一冊。</p>
<p>最後の学校「School of Design Chicago」は、彼の没後も　「The Institute of Design」<br />としてイリノイ工科大学に残っていて、その卒業生たちはアメリカの写真界をリードしている。<br />余談になるが、「桂離宮」の石元泰博さんは戦後すぐそこで写真を学び、モホリ・ナギ賞を<br />2回受賞しているそうだ。</p>
<p>アーティスト／デザイナーとしてのナジは、「光」そして「動き（in motion）」と戯れつづけた<br />人のように思える。</p>
<p><strong>「写真は光の造形である（ by Moholy-Nagy）」</strong></p>
<p>考えてみれば、1920年代は、20世紀の科学や技術の夜明け、そしてモダニズムの黎明期<br />であり、ブダペスト - ベルリン - ロンドン - シカゴと、長い旅をしながら彼が終生追い求め続け<br />たのは、その新しい時代にふさわしい「新しい視覚」とでもいうべき表現だった。</p>
<p>「新しい視覚」とは、『絵画・写真・映画』といったヴィジュアルアートを新しい技術によって<br />「光の造形」として捉えなおすということだ。</p>
<p>そのために彼は、｢フォトグラム（マン・レイ的にはレイヨグラフ）」や、まさにphotoshop的な<br />「フォトプラスティック（フォトモンタージュ） ―&nbsp; フォトプラスティックは一種の組織化された幻影<br />である（ by Nagy ）」といった写真の新しい表現方法を開拓しだけでなく、タイポグラフィや<br />ブックデザインや、さらに映像でも、当時とすればまったく新しいアプローチ（物体の運動を<br />投影記録する「キネグラム」や、映像でも文字でもない「映画新聞」など）を行っていて、その<br />どれもにチャレンジャブルな気配が漲っている。しかも、そういった作品の制作を喜々として<br />楽しんでいることが、実際に作品を見るとよくわかる。そしてなによりもユーモアの感覚が秀逸。</p>
<p>同時代のマン・レイとならんで、写真というメディアを、記録のためのツールからアートの領域に<br />広げたのは、この人の最大の功績だし、作品を見れば、いまのデジタルフォトの世界を予見して<br />いたことは明らかだ。</p>
<p><br />でもモホリ・ナギの作品で、ぼくが最も惹かれたのは絵画とコラージュだ。</p>
<p>ブダペスト時代のキュビズム的な作品にはじまり、ダダをへてロシア構成主義の影響を強く<br />感じさせるドイツ時代のシャープな抽象、そしてその余白の感覚。<br />図録を見返してみると、思っていたより点数は少なかったが、妙に心に残っている。</p>
<p>たとえば1936年の作品 『 <a href="http://kawamura-museum.dic.co.jp/en/exhibition/next.html">LX</a>&nbsp;』や、1927年の『<a href="http://www.tate.org.uk/modern/exhibitions/albersmoholy/rooms/room2works.shtm"> A19 </a>』</p>
<p>モンドリアンよりもユーモラスで、カンディンスキーよりもシンプルなコンポジション。<br />絵画というよりは、あえてデザインと呼びたいそのセンス。</p>
<p>ここからPOP ARTまでは、あと一歩だろう。</p>
<p>極めつけは1924年発刊の「バウハウス叢書」の装幀とジャケットデザイン、そしてタイポグラフィ。<br />オリジナルデザインで復刊されたこの叢書（翻訳版）を何冊か持っているが、どの本にもナギの<br />デザインセンスが横溢していて、彼がブックデザインを立体構成と考えていたことがよくわかる。</p>
<p>そしてなによりもブックデザインの本質を、かれは捉えていた。<br />その本が本棚にあれば必ず手にとりたくなるし、手にとれば必ず欲しくなってしまうのだ。</p>
<p>"<strong>Design is not a profession but an attitude... Thinking in complex relationships</strong>"<br />デザインは、職業ではなく複雑な関係を考える姿勢そのものなんだ。</p>
<p>いつかバウハウス叢書をそろえたい。</p>
<p><a href="http://www.youtube.com/watch?v=DOoDlhE31t8&amp;feature=related　">Moholy=Nagy in Budapest again</a><br /><br />*<br /><br />中村とうようさんが亡くなった。</p>
<p>自殺と聞いたときは信じられなかったが、「絶望したからではない」と遺書に記してあったそうだし、<br />少し前に膨大な楽器やレコードのコレクションを大学に寄贈したということだから、あの人らしく<br />確信的に自分の死に方を自分で選んだのだと思いたい。</p>
<p>はじめて「ニューミュージック・マガジン」を買ったのが、1971年だったから、ちょうど40年になる。</p>
<p>その昔渋谷陽一が咬みついたように、ひどく独善的な物言いの人だったから、反発を感じる<br />ところもいっぱいあったけれど、音楽に対するその太くて真っすぐな視線はいつも気になっていて、<br />今はまったく興味がなくなった「ミュージックマガジン」という雑誌も、" とうようズ・トーク " という<br />コラムだけは、立ち読みでチェックし続けていた。</p>
<p>彼が伝えてくれたことで今も心に残っていることのひとつは、「スポンテニアス（spontaneous）」と<br />「プリテンシャス（pretentious）」という概念だ。</p>
<p>今辞書で調べてみると、スポンテニアスは、自発的な、自然発生的な、そしてプリテンシャスは、<br />もったいぶった、大げさな、という意味だが、ブルースやソウルといったプリミティブな黒人音楽と<br />ピンク・フロイドのようなプログレッシブロックと呼ばれていた白人音楽の対比のためにとうようさんが<br />持ち出してきた言葉で、「身体的」と「頭的」というニュアンスでぼくは捉えていた。<br />音楽のスタイルをあらわす表現としては必ずしも全面的に共感したわけではなかったが、それは<br />音楽だけじゃなく、絵画や写真といったアートを評するときのひとつモノサシとして、必ず頭をよぎる。</p>
<blockquote style="MARGIN-RIGHT: 0px" dir="ltr">
<p>もちろん、ぼくは死に急ぐのをいいことだとは思わない。別に慌てて早く死ぬ必要はない。<br />だからといって。自分だけ長生きしようという気もない。サーヴァイヴァルというのが、地球全体の<br />延命を意味するのなら、ぼくはできることならそれに加担したい。だけど自分ひとりが他人より<br />生きのびるのがサーヴァイヴァルならば、ぼくは関心はない。<br />アフリカ人の考える死というものは、故人のことを懐かしむ人がいる限り完成しない。だから彼らは<br />死者の思い出を大切にする。だれも憶えていてくれる人がいなくなったら、とうとう故人は本当に<br />死んでしまうのである。そのアフリカ的観念に従う限り、チャーリー・パーカーは生きている、<br />ジミ・ヘンドリックスは生きている、というのはたんなる言葉のアヤではない。ぼくたちはバードや<br />ジミのことをいつまでも忘れないでいたいし、人民寺院のことだって、そう簡単に忘れてしまうわけ<br />にはいかないと思うのだ。<br />（中村とうよう／死者のカタログ／ニューミュージック・マガジン1979年２月増刊号）</p></blockquote>
<p><br />とうようさんのことだって、そんなに簡単に忘れてしまうわけにはいかないよ。<br /><br />合掌</p>
<p><br />*</p>
<p><br />夏の本買い。</p>
<p>どこへいっても、古本屋にはかならず入る。</p>
<p>京都へ行けば、かならず立ち寄るのは「善行堂」と、古本屋じゃないけど「三月書房」。<br />「三月書房」にはもう40年近く通っていて、ここで買ったニューミュージック・マガジンや、辻潤の<br />全集はいまもしっかりとぼくの本棚に居座っている。<br />そのワンパターンは、家族があきれるほどだけど、いい本を気持ちよく買えるところはそれほど多くない。</p>
<p>夏になると小さな旅行にいくのがここ20年来の習慣で、その旅先で本屋に立ち寄るのは夏の愉しみのひとつ。<br />去年は鳥取に行き、このまえの『BRUTUS』で特集されていた「定有堂書店」や、古本も置いている<br />雑貨店「ことや」さんで何冊か面白い本が買えた。</p>
<p>ことしは、尾道と今治あたりにいく予定なんだけど、いい本と巡り合えるかな。</p>
<p><br />ちょっといいなあと思っている本</p>
<p><strong>□　陰者の告白　　　&nbsp; 平野威馬雄　　　&nbsp; 話の特集&nbsp; 　　19760101/初版</strong></p>
<p>平野威馬雄さんは、平野レミさんのご尊父。<br />『話の特集』に連載されていたときに読んでいたが、とにかく壮絶なコカイン中毒者の手記である。<br />背筋が寒なるほどの恐ろしい話ばかりだが、ジャンキーの地獄めぐりの情景にはどこかしら<br />甘美な匂いがあって、それがコカインということになると、やはり目を離すことができない。</p>
<p>装幀は義理のご子息、和田誠。</p>
<p><br /><strong>□　PORTRAITS　　　　RICHARD AVEDON　　　　THAMES &amp; HUDSON</strong></p>
<p>昔アメリカで買ったソフトカバー版をもっていたが、ハードカバーで入手した。<br />8x10のポートレイト・フォトをアートに高めたのは、"In the American West"とこの写真集だ。</p>
<p>背景のないシンプルな構図。</p>
<p>撮る側の強い意志がなければ、ただのポートレイトがここまで人の心を動かすわけがない。</p>
<p>"アート作品が心を動揺させるべきでないという意見に私は違和感を覚える。私はそれこそが<br />アートの特性だと考える。それは人を困惑させ、考えさせ、心を動かすものだ。もし私の作品が<br />人の心を動かさなければ、それは私的には失敗だ。<br />アートはポジティブな意味で人の心を動揺させなければならない"<br /><br /><strong>□　BOUND FOR GLORY　　　　Woody Guthrie　　　　PLUME　　　19830901</strong></p>
<p>ウディ・ガスリーはボブ・ディランの最初のヒーローで、彼がミネソタの田舎町を飛び出したのは、<br />ニューヨークの病院に入院しているウディに会うためだった。</p>
<p>この『Bound for Glory』は、そのガスリーの自叙伝。</p>
<p>社会主義者で労働組合活動家、ウディ・ガスリーは大恐慌のあとギターを持ってアメリカ各地を<br />放浪し、「<a href="http://www.youtube.com/watch?v=XaI5IRuS2aE">我が祖国（This land is your land) </a>」を始めとする"民衆"の歌やプロテストソングを歌い<br />続けた人で、「花はどこへ行った(Where Have All the Flowers Gone?)」のピート・シーガーとならぶ、<br />元祖フォークシンガー。 亡くなった日本のフォークシンガー高田渡さんも彼を終生敬愛していた。</p>
<p>ディランは1962年のデビューアルバムで「<a href="http://www.youtube.com/watch?v=rt7MVy6cN_Qｂ">ウディに捧げる歌</a>」という優しい曲を書いている。</p>
<p>Song to woody　 </p>
<p>I'm out here a thousand miles from my home<br />Walking a road other men have gone down<br />I'm seeing a new world of people and things<br />Hear paupers and peasants and princes and kings.</p>
<p>Hey hey Woody Guthrie I wrote you a song<br />About a funny old world that's coming along<br />Seems sick and it's hungry, it's tired and it's torn<br />It looks like it's dying and it's hardly been born.<br /><br /><strong>□　ETHNIC SOUND SELECTION&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; 細野晴臣&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; 日本音楽教育センター</strong></p>
<p>細野晴臣によるワールド・ミュージックのレコードガイド。</p>
<p>「日本音楽教育センター」というのは、調べてみると通信教育「ユーキャン」のCD関連の子会社。<br />この本には書籍コードも何も記されていないので、どうも同名のコンピレーションCDのブックレット<br />のようだ。</p>
<p>「地球の声（La Voix De Globe)と名づけられたこの8枚のCDは、地域や年代やジャンルではなく、<br />「祖先（ATAVUS）／「哀歌（ELEGY）」／「既視（Deja VU）」／「恋歌（GAYA）」／「妙薬（NEPENTHE）」<br />／「恍惚（TRANCE）」／「終末（FIN）」／「律動（CADENDIA）」といういかにも細野さんらしい<br />8つのコンセプトで分けられていて、128曲すべてが彼の選曲。</p>
<p>「このように膨大な数の民族音楽が、国や民族に束縛されることなくただ象徴的なタイトルだけを<br />頼りに並べ変えられたのは、これが初めてかも知れません。その点で、選曲、解説者は稀に見る<br />困難と幸運と合わせ持つ仕事を、手に入れたことに喜びをかんじずにはいられません。何故なら<br />無類の音楽好きである彼等や私たちは、日常でもこうした選曲を、自分達の楽しみとしているのですから」</p>
<p>すべてのコンセプト、すべての曲に丁寧な解説がつけられていて、一冊の本としても充分愉しめる。。<br /><br /><strong>□　日本の伝統　　　　岡本太郎　　　　光文社　　　　　19560905/初版</strong></p>
<p>状態はそれほど良くないが、「縄文土器」「光琳」「中世の庭」というテーマが、日本の伝統として<br />取り上げられている岡本評論の55年前のオリジナル版は、やはりちょっと捨てがたい。<br /><br /><strong>□　既にそこにあるもの　　　　大竹伸朗　　　　新潮社　　　　19990725/初版</strong></p>
<p>以前から、同年代の大竹さんの本が欲しいと思っていたが、やっと手に入った。<br />もちろんお金を出せばAmazonにはいつでもあるが、古本屋の本棚で出会うことに意義があるのだ。<br /><br />□　SWINGING LONDON 50'S 60'S　　　　梧桐書院　　　　2010060/第1刷<br />□　画家と音楽家たちの肖像　　　　マルセル・プルースト　　　　コーベブックス<br />□　神の裁きと決別するため　　　　アントナン・アルトー　　　　ペヨトル工房　　　　19890714/初版<br />□　通底器　　　　　アンドレ・ブルトン　　　　現代思潮社　　　　19700220/新装第2刷<br />□　素晴らしき時の震え　　　　　ガエタン・ピコ　　　　新潮社　　　　19750510<br />□　日本ナンセンス画志　　　　　草森紳一　　　　大和書房　　　　19720225/初版<br />□　思考する眼　　　　粟津則雄　　　　美術出版社　　　　19761010/5版</p>
<p><br />読む音楽も面白い</p>
<p>□　ブルース世界地図　　　　　鈴木啓志　　　　　　晶文社　　　19870625/初版<br />□　深夜酒場でフリーセッション　　　　奥成達　　　　晶文社　　　19840520/初版<br />□　奇妙な果実　　　　　ビリー・ホリデイ　　　　晶文社　　　　19710930/5刷<br />□　エンビ服とヒッピー風　　　　　林光　　　　晶文社　　　　19740730/初版<br />□　ロックの意味　　　　　ウィリアム・J・シェイファ　　　　草思社　　　　19750630/第1刷</p>
<p><br />建築やデザインや写真や絵画と戯れる</p>
<p>□　walter gropius　　　　James Marston　　　　FitchGeorgeBraziller　　　1960<br />□　minimalist houses　　　　Linda Parker　　　　Happer Design Int'l　　　20030325<br />□　きもちのいい家　　　　手塚貴晴＋手塚由比　　　　清流出版　　　20070701/初版第2刷<br />□　50 PRODUCTS　　　　Mel Byars　　　　Rotovision<br />□　CARTIER 13 Rue de la Paix Paris　　　　PhilipTretiak　　　　AssoulinePublishing　　　2006<br />□　かたちのセミオシス　　　　　向井周太郎　　　　思潮社　　　19861020/初版<br />□　しあわせなデザイン　　　　伊藤俊治編著　　　　求龍堂　　　20040421<br />□　TADANORI YOKOO&nbsp; 1971-1974　　　　　横尾忠則　　　　毎日新聞社　　　19741001<br />□　アメリカ　写真の世紀　ポラロイド・コレクション　　　　淡交社　　　　20000911/初版<br />□　LOVE,LOVE,LOVE　　　　ANDY WARHOL　　　　1950</p>
<p><br />美しき日本の残像</p>
<p>□　季節のかたみ　　　　幸田文　　　　講談社　　　19930914/第5刷<br />□　石との対話　　　　矢内原伊作　　　　淡交新社　　　19661006/初版<br />□　大和の石仏　　　　星野立子　　　　淡交新社　　　19650704/初版<br />□　やきものの美　　　　林屋晴三　　　　河出書房新社<br />□　日本の美のこころ　　　　川端康成　　　　講談社　　　　19730124/第1刷<br />□　Katachi - 日本のかたち&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; 岩宮 武二　　　　ピエブックス　　　1999</p>
<p><br />その他もろもろ</p>
<p>□　ならずもの暴力宣言　　　　滝田修　　　　芳賀書店　　　19710301/初版<br />□　原点が存在する　　　　谷川雁　　　　現代思潮社　　　19690310/第2刷<br />□　やさしいオキナワ　　　　池澤夏樹　　　　PARCO出版　　　19970807/第2刷<br />□　十字架への献身・精霊たち・夏　　　　アルベルト・カミュ　　　　新潮社　　　　19730305/初版<br />□　自動巻時計の一日　　　　田中小実昌　　　　河出書房新社　　　19710815/初版<br />□　都市の感受性　　　　川本三郎　　　　筑摩書房　　　19840510/初版4刷<br />□　「美しい」ってなんだろう？　　　　森村泰昌　　　　理論社　　　20070323/初版第1刷<br />□　ドリトル先生航海記 2　　　　 ロフティング/井伏鱒二　　　19620720第10刷<br />□　ポップ1280　　　　ジム・トンプスン　　　　扶桑社　　　20010130/第6刷<br />□　絵本　ジョン・レノンセンス　　　　ジョン・レノン　　　　晶文社　　　19751225/初版</p>
<p><br />買い直しあるいはダブり</p>
<p>読みたいと思っていたのに読む前に売れてしまった本は、やはり買い直さなければならない。<br />読みたいと思っていたのに読む前に売れてしまったと思っていた本も、やはり同様である。</p>
<p>□　デザインの原形　　　　深澤直人＋原研哉＋佐藤卓　　　六耀社　　　20050701/新装版第2刷<br />□　雨降りだからミステリーでも勉強しよう　　　　植草甚一　　　　晶文社　　　197611201/3刷<br />□　デザインの輪郭　　　　深澤直人　　　　TOTO出版　　　&nbsp;20060201/初版第3刷<br />□　たんぽぽのお酒　　　　レイ・ブラッドベリ　　　　晶文社　　　19761122/2刷<br />□　純文学の素　　　　赤瀬川原平　　　　白夜書房　　　19820801/初版<br />□　池波正太郎　自選随筆集　上/下巻　　　　池波正太郎　　　　朝日新聞社　　　1988/第1刷<br />□　家守綺譚　　　　梨木香歩　　　　新潮社&nbsp;　　　20040130/初版<br />□　古都のデザイン結界の美伊藤ていじ淡交新社19660608初版<br />□　色彩論　　　　ヨハネス・イッテン　　　　美術出版社　　　19820130/第8刷<br />□　定義　　　　谷川俊太郎　　　　草思社　　　19850625/新装第3刷<br />□　鞆ノ津茶会記　　　　井伏鱒二　　　　福武書店　　　19860315/第1刷<br />□　薔薇の名前　上/下　　　　ウンベルト・エーコ　　　　東京創元社　　　1996</p>
<p>*</p>
<p><a href="http://twitter.com/kotobanoie">twitter </a>発信中。<br /><a href="http://www.facebook.com/kotobanoie">facebook </a>も。</p>
<p>そしてなかなか更新できない「<a href="http://kotobanoie.com/book/listhip-new.html">これがHIPだ</a>」のブックリスト </p>
<p><a href="http://kotobanoie.com/">http://kotobanoie.com</a>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<style type="text/css">
   body { line-height: 180%; }
</style>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>talk show with architects</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kotobanoie.com/blog/2011/07/talk-show-with-architects.html" />
    <id>tag:www.kotobanoie.com,2011:/blog//1.123</id>

    <published>2011-07-08T01:35:32Z</published>
    <updated>2011-07-08T01:57:16Z</updated>

    <summary><![CDATA[ □　an announcement from&nbsp; コトバノイエみなさま...]]></summary>
    <author>
        <name>コトバノイエ</name>
        <uri>http://kotobanoie.com</uri>
    </author>
    
        <category term="a day in life" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="archtecture" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kotobanoie.com/blog/">
        <![CDATA[<form class="mt-enclosure mt-enclosure-image" mt:asset-id="221">
<p><a onclick="window.open('http://www.kotobanoie.com/blog/talkshow.html','popup','width=1240,height=1753,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false" href="http://www.kotobanoie.com/blog/talkshow.html"><img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 20px; DISPLAY: block" class="mt-image-center" alt="talkshow.jpg" src="http://www.kotobanoie.com/blog/talkshow-thumb-700x989.jpg" width="700" height="989" /></a></p>
<p><br /><strong>□　an announcement from&nbsp; コトバノイエ<br /><br /></strong>みなさまには、ますますご健勝のことと拝察申し上げます。</p></form>
<p>このたびJIA近畿支部住宅部会のお招きで、上記のような公開座談会を行うことになってしまいました。</p>
<p>厚顔無恥と言われても致し方のない、神をも恐れぬ所業だとは思いますが、私の「ヤバイもの好き」の<br />性格を見透かされ、奥和田さんと矢部さんに見事に嵌められてしまったわけです。</p>
<p>人生、隙を見せるととんでもないことが起こりうるということの典型であり、我が身のリスクマネージメント<br />の拙さを思い知らされた次第ですが、こうなればなにごとも人生修行と観念し、恥ずかしながら拝承する<br />ことといたしました。</p>
<p>かくなる上は、「撃ちてし止まん」の覚悟にて、万難を排し取り組む所存でございます。</p>
<p>ご多忙中とは存じますが、ご清覧賜れば幸甚に存じます。</p>
<p>トークショーです。<br /><br />July 8, 2011<br />BOOKS+コトバノイエ　店主敬白<br /><br />*<br /><br />■　JIA近畿支部住宅部会7月例会　建築トークショー「世界の中心でイエーッとさけぶ」</p>
<p>■　2011年7月27日（水）18:30開始（18:00開場）</p>
<p>■　大阪市中央区高麗橋3-2-7ORIX高麗橋ビル1F　ライティング・コア大阪</p>
<p>■　参加費：一般1,000円　学生500円<br /><br />詳細はこちらを。<br /><a href="http://www.jia-kinki.org/jyutaku/">http://www.jia-kinki.org/jyutaku/</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<style type="text/css">
   body { line-height: 180%; }
</style>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>fragment of june</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kotobanoie.com/blog/2011/06/fragment-of-june.html" />
    <id>tag:www.kotobanoie.com,2011:/blog//1.122</id>

    <published>2011-06-27T14:31:10Z</published>
    <updated>2011-06-28T07:19:51Z</updated>

    <summary> 季節のせいか、あるいは体調のせいなのか、どうも思考がまとまらない。 浮かんでは...</summary>
    <author>
        <name>コトバノイエ</name>
        <uri>http://kotobanoie.com</uri>
    </author>
    
        <category term="a day in life" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kotobanoie.com/blog/">
        <![CDATA[<form class="mt-enclosure mt-enclosure-image" mt:asset-id="220">
<p><img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 20px; DISPLAY: block" class="mt-image-center" alt="grass2.JPG" src="http://www.kotobanoie.com/blog/grass2.JPG" width="700" height="402" /></p>
<p>季節のせいか、あるいは体調のせいなのか、どうも思考がまとまらない。</p></form>
<p>浮かんでは消える、未だカタチにならないアイデアの原形や、ともすれば幻のようにしか思えない<br />不確かな未来への想い。</p>
<p>「<b>きみ、きみとは今まさにきみが通り過ぎているもののことだ ( how rock communicates 1968)</b>」</p>
<p>これは、17才で世界で最初のロック雑誌 "Crawdaddy" を創刊した、ヒッピーエイジのトップランナー<br />のひとりPaul Williamsの言葉だけれど、今通り過ぎているものが自分自身なら、その刹那の想いを、<br />まとまらないならまとまらないまま、いっそ断片として投げ出しておけば、いつかそのうち、それが<br />いいものになって戻ってくることがあるかもしれないと、希望的観測。</p>
<p>fragment ― 漂う断片。<br /><br />たとえば「<b>編集</b>」するということ。</p>
<p>少し前に読んだ「海馬」という本の中で、脳のはたらきが「ものとものとを結びつけて新しい情報を<br />つくっていく」ことだということが書かれていて、それって編集のことじゃないかと考えだしたら、<br />編集のことが頭から離れない。</p>
<p>本棚( library )をつくることは、いうまでもなく編集作業である。</p>
<p>本屋の仕事は編集だということは日頃から意識しているし、本だけじゃなく、その対象がどんなもの<br />であれ、編集すること、つまり editor が自分の職能だという確信は持っているけれど、じゃあ素材（本）<br />のことをどれだけ知っていて、世の中の誰にもできないプログラムで、それを表現できているのかと<br />考えると、いささか心もとない。</p>
<p>もっとたくさんの本を知っていれば、もっと心に響くセレクションになるんじゃないか。<br />もっといろんなことを知っていれば、もっとシャープに切り取れたんじゃないか。</p>
<p>「ものとものとを結びつけて新しい情報（ランドの言う"relationship"）をつくっていく」ことの難しさ。</p>
<p>無から有を造りだすアーティストが、最後は自分自身と向き合わなければならないように、編集者は、<br />無限に思える「もの」や「こと」の世界に沈殿してしまいそうになる。</p>
<p>そんなとき、繰り返し読み直すのが、開高健が遺した「編集者マグナカルタ」というメッセージだ。</p>
<p><b>1. 読め。</b></p>
<p><b>2. 耳をたてろ。<br />3. 目を開いたまま眠れ。<br />4. 右足で一歩一歩歩きつつ、左足で跳べ。<br />5. トラブルを歓迎しろ。<br />6. 遊べ。<br />7. 飲め。<br />8. 抱け、抱かれろ。<br />9. 森羅万象に多情多恨たれ。</b></p>
<p><b>補遺一つ。女に泣かされろ。</b></p>
<p>箴言の名手によるこの「マグナカルタ」は、シンプルだけれど奥が深い。</p>
<p>そして、できればこれから造る本棚は、100年前からそこにあったようなさりげない佇まいをもち、<br />意識と無意識の境界線上でふらふらと漂っているようなものであればいいなあと思ったりするのだ。<br /><br />あるいはまた、「<b>フリーエージェント</b>」について。</p>
<p>あるウエブサイトで見た「ICTの公私混同は21世紀型労働の予兆」という記事のこと。</p>
<p>つまり、twitterやfacebookなどのITのコミュニケーションツールで起こっている公私混同（会社のPC<br />で私的なメールの返信をしたり、twitterで個人的なコミュニケーションをしたりということ）というのは、<br />モラルとかコンプライアンスの問題ではなく、プライベートと仕事の境界線がどんどん曖昧になり、<br />企業とそこで働く人の関係が、変わりつつある予兆ではないのかという観察である。</p>
<p>「米国の労働人口の4人の1人は、すでに組織から離れて自分の電子的、人的なネットワークを<br />駆使してプロジェクト単位で仕事をする"フリーエージェント"となっている」</p>
<p>会社という組織に所属している"フリーエージェント"たちが、プライベートなネットワークを構築し、<br />新しいプロジェクトを立ち上げるなんてちょっとスリリングな展開で、なんとなくもうひとつ別の<br />コミュニケーションっていう感じがするんだけど。</p>
<p>知的コラボレーションの新しいカタチとして。<br /><br />そして、「<b>情報を発信しない</b>」というちょっと静かな attitude について、とか。<br /><br />消え去ってもいい断片なら、ひたすらつぶやくだけでいいのかもしれないけれど、なにかしら予感が<br />あるものは、こうやって輪郭だけでも残しておきたい。<br /><br /><b>漂えど沈まず ― FLUCTUAT NECMERGITUR</b><br /><br />*<br /><br />6月の本買記。</p>
<p>濡れた本は、けっして元には戻らない。<br /><br /><strong>□　I DON'T MIND, IF YOU FORGET ME　　　奈良美智　　　淡交社　　20010825/初版</strong></p>
<p>2001年に横浜美術館で開催された国内の美術館での初めての本格的な個展の図録。</p>
<p>もちろんとても魅力のある絵ではあるけれど、これが「現代美術」だといわれると、なんとなくちょっと<br />違うような気がしないでもない。</p>
<p>ひょっとしたら、もっといいもんじゃないのかな。</p>
<p>彼の描く子供や動物は、一目見たら忘れられない。<br />優しさと残酷さ、無垢と猥雑といった、誰もが持っているアンビバレントな感情や性格がその表情に<br />内包されていて、観るものひとりひとりがそれぞれの物語を紡ぎだせるような奥行きをもっている。</p>
<p>一見、ポップアートとひとくくりにしてしまえそうな表現だけれど、ただ観られるだけではなく、作品を<br />通して、観る人にコミュニケートしようというアーティストの強い意志を感じる。たぶんその辺りが、<br />彼が凡百の自称アーティストと一線を画すところではないだろうか。</p>
<p>純粋だけどしたたか、彼が描く少女のように。<br /><br /><strong>□　いねむり先生　　　伊集院静　　　集英社　　20110410/第1刷</strong></p>
<p>伊集院静が、色川武大／阿佐田哲也と過ごした柔らかな日々。</p>
<p>その存在だけで、周りの皆が「愉楽の表情をしはじめる」という、作家にしてギャンブルの神様、<br />色川武大の人間としての大きさが、深い愛情のなかで、鮮やかにそして真摯に描かれている。</p>
<p>人を救うのは、やはり愛しかない。</p>
<p>無頼が書く無頼。<br /><br /><strong>□　遠い朝の本たち　　　須賀敦子　　　筑摩書房　　19980425/第1刷</strong></p>
<p>いつもながら、舟越桂の作品をつかったブックデザイン、そしてタイトルが秀逸。<br />まったく何も知らなくても、この本が平台に置かれていたら、迷わず手にとるだろう。</p>
<p>没後間もなく発刊された本だから、遺作といえる一冊かもしれない。</p>
<p>イタリア語の翻訳家でエッセイスト須賀さんの、記憶の中の本をめぐる物語。</p>
<p>昭和4年生まれの須賀さんが、小学生から大学生まで（太平洋戦争が始まる数年前から戦争後の<br />数年間）に巡りあった本と、その本にまつわる思い出が、滋味のある文章で綴られている。</p>
<p>アン・リンドバーグのこと、サン・テグジュペリのこと、そして漱石ではなく鴎外のこと。</p>
<p>「遠い朝」とは、なんとも淡い言葉である。<br /><br /><strong>□　気になる日本語　本音を申せば　　　小林信彦　　　文藝春秋　　201105/第1刷</strong></p>
<p>遠くに住んでいる伯父さんからの手紙のように、毎年この時期に届く、小林信彦のエッセイ集。</p>
<p>週刊文春の連載「本音を申せば」の1年分（2010/1/7 - 2010/12/23）が収録された一冊で、コアな<br />ファンならたぶんリアルタイムで読んでいるんだろうけれど、このタイミングで、信彦さんの視線から、<br />2010年の出来事や映画なんかを振り返るのも悪くない。</p>
<p>いつものように、新刊をamazonに注文して、一気に読み終える。</p>
<p>今年のそれは、「気になる日本語」というタイトルで、もう何年も前からブツブツとうわごとのように<br />呟いていらっしゃるおかしな日本語のことがフィーチャーされている。</p>
<p>なかでも「悩ましい」という言葉に関してはしつこいほどのこだわりで、もともとは「香水の香りが<br />悩ましい」といったエロチックな文脈のなかで使われていたはずの言葉が、いつの間にか、<br />「政府にとって悩ましい問題である」といったような、「苦悩」や「困難」という意味で使われることを、<br />「まだ認めることができない。辞書が流行語としての＜悩ましい＞を認めても、ぼくは認めない」と<br />きっぱりと切り捨てているのは、単なる老人のウダウダではなく、自らも認める東京下町の「頑固さ」<br />の発露であろうと思われ。</p>
<p>他にも、「がっつり」「ムカつく」「なにげに」、「こだわり」の使われ方などなど。</p>
<p>あらためて、ご健在を寿ぐ。<br /><br /><strong>□　ファンタジア　　　ブルーノ・ムナーリ　　　みすず書房　　20060518/第1刷</strong></p>
<p>日本では絵本作家として有名なデザイナー、ブルーノ・ムナーリが、創造力の源である「ファンタジア」<br />という概念（ほとんど彼の造語に近い）をキーワードに展開するデザイン論。</p>
<p>「ファンタジアとは、ある人にとっては気まぐれなもの、不可思議なもの、変なものである。<br />またある人にとっては現実でないという意味で偽り、望み、霊感、妄想である」</p>
<p>・ファンタジア&nbsp; ：&nbsp; これまでに存在しないものすべて。実現不可能でもいい。<br />・発明&nbsp; ：&nbsp; これまでに存在しないものすべて。ただし、きわめて実用的で美的問題は含まない。<br />・創造力&nbsp; ：&nbsp; これまでに存在しないものすべて。ただし、本質的且つ世界共通の方法で実現可能なもの。<br />・想像力&nbsp; ：&nbsp; ファンタジア、発明、創造力は考えるもの。想像力は視るもの。</p>
<p>帯文で、深澤直人氏が、「偉大なデザイナーはたくさんいる。しかし、偉大なデザインの先生は、<br />ブルーノ・ムナーリだけかもしれない」と書いているように、この前のコラムで紹介したランドの本と<br />同じようなデザインの教科書だけれど、イタリア人だけに感覚的な表現が多くて、なかなか一筋縄<br />ではいかない。</p>
<p>クリエイションの&nbsp;"La Dolce Vita " がわかるまでには、もう少し時間がかかりそうだ。<br /><br />あとはこんな感じ。<br /><br />□　チェ・ゲバラ　フォト・バイオグラフィ　　イルダ・バリオ　　　原書房　　20031210/初版<br />□　MADE IN JAPAN　素のものたち　　　内田鋼一　　　KTC中央出版　　20110418/初版第1版<br />□　バー・ラジオのカクテルブック　　　尾崎浩司・榎木富士夫　　柴田書店　　19880115/8版<br />□　村上春樹　雑文集 1979-2010　　　村上春樹　　　新潮社　　20110130/初版<br />□　アクエリアス　時代の子　　　横尾忠則　　　東京音楽社　　19790301/第1刷<br />□　本日、東京ロマンチカ　　　中野翠　　　毎日新聞社　　20071225/初版<br />□　なんとなくな日々　　　川上弘美　　　岩波書店　　20010608/第2刷<br />□　日々の本 1976-1993　　　村上知彦　　　双葉社　　19930830/第1刷<br />□　漂泊する眼差し　　　赤坂憲雄編　　　新曜社　　19920131/初版第1刷<br />□　芸術家Mのできるまで　　　森村泰昌　　　筑摩書房　　19990525/初版第3刷<br />□　フライフィッシング讃歌　　　ハウエル・レインズ　　　晶文社　　19960210/3刷<br />□　吉本隆明の声と言葉。　　編集構成糸井重里／吉本隆明　　ほぼ日ブックス　20080720/第1刷<br />□　吉里吉里人　　　井上ひさし　　　新潮社　　19840315/44刷<br />□　永遠の旅行者　上／下　　　橘玲　　　幻冬舎2　　0050725/第1刷<br />□　沼に迷いて　　　草間彌生　　　而立書房　　19920125/第1刷<br />□　注文の多い料理店　　　宮沢賢治／スズキコージ絵　　　ミキハウス　　20010821/第4刷<br />□　やさしい野菜　やさしい器　　　祥見知生　　　ラトルズ　　20060620/初版第1刷<br />□　遥かなるブータン　　　NHK取材班　　　日本放送出版協会　　19830901/第1刷<br />□　映像　人間とイメージ　　　岡田晋　　　美術出版社　　19690916/初版<br />□　デザインのたくらみ　　　坂井直樹　　　トランスワールドジャパン　　20060111/初版第1刷<br />□　フランスの配色　　　城一夫　　　PIE INT'L　　20110425/初版第1刷<br />□　日本の意匠 12&nbsp; 風月山水　　　吉岡幸雄編　　　京都書院　　19860203/初版<br />□　青山デザイン会議 2 五感を超えて刺激するクリエイティブ　　　宣伝会議　　20010501/初版<br />□　青山デザイン会議 1 クリエイティブが生まれる瞬間　　　宣伝会議　　20010501/初版<br />□　シルクロードと正倉院　日本の美術６　　　林良一　　　平凡社　　19660620/初版<br />□　日本の石佛&nbsp;水尾比呂志他鹿島研究所出版会19701105<br />□　伝統と＜紙＞の対話KYE SUNG GROUP&nbsp;トリ・パイントレーディング<br /><br />再入荷あるいはダブり</p>
<p>何回も買う本はいい本に決まってる。</p>
<p>□　魯山人の料理王国　　　北大路魯山人　　　文化出版局　　19890217/第12刷<br />□　家 1969→96　　　安藤忠雄　　　住まいの図書館出版局　　19960722/第1刷<br />□　暗黒世界のオデッセイ　　　筒井康隆　　　晶文社　　19760920/6刷<br />□　旅する哲学　　　アラン・ド・ボトン　　　集英社　　20040410/第1刷<br />□　デザインのデザイン　　　原研哉　　　岩波書店　　20050405/第16刷<br />□　やし酒飲み　新装版　　　エイモス・チュツオーラ　　　晶文社　　19810630/2刷*。<br /><br />*<br /><br /><a href="http://twitter.com/kotobanoie">twitter</a> 発信中&nbsp; <br /><a href="http://www.facebook.com/kotobanoie">facebook</a> も</p>
<p>そして最近やっと追加したなかなか更新できない「<a href="http://kotobanoie.com/book/listarchitecture-new.html">建築と戯れる</a>」のブックリスト。<br /><br /><a href="http://kotobanoie.com/">http://kotobanoie.com/</a><br /><br /></p>
<style type="text/css">
   body { line-height: 180%; }
</style>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>relationship between form and content</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kotobanoie.com/blog/2011/05/relationship-between-form-and.html" />
    <id>tag:www.kotobanoie.com,2011:/blog//1.121</id>

    <published>2011-05-29T17:26:20Z</published>
    <updated>2011-05-30T05:13:23Z</updated>

    <summary> 薄くて小さな本だけど、中身は濃い。 □　ポール・ランド、デザインの授業　　Mi...</summary>
    <author>
        <name>コトバノイエ</name>
        <uri>http://kotobanoie.com</uri>
    </author>
    
        <category term="design" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kotobanoie.com/blog/">
        <![CDATA[<form class="mt-enclosure mt-enclosure-image" mt:asset-id="219"><img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 20px; DISPLAY: block" class="mt-image-center" alt="rand.JPG" src="http://www.kotobanoie.com/blog/rand.JPG" width="700" height="404" /></form>
<p>薄くて小さな本だけど、中身は濃い。</p>
<p><strong>□　ポール・ランド、デザインの授業　　Michael Kroeger&nbsp;&nbsp;&nbsp; BNN新社　 20081001/初版</strong></p>
<p><a href="http://www.paul-rand.com/">ポール・ランド</a>（Paul Rand 1914-1996）は、伝説のグラフィックデザイナー。<br />CI デザインの先駆者として respect されている。</p>
<p><a href="http://www.paul-rand.com/site/gallery/">IBMやABC</a>、そしてAppleを追い出されたスティーブ・ジョブスが立ち上げた <a href="http://www.youtube.com/watch?v=j02b8Fuz73A">NeXT Computer </a>の<br />ロゴマークも彼の手になるもので、ジョブスが、マシンがまだできないうちから彼にそのデザインを<br />依頼し、コンピュータ筐体そのものを、このロゴに合わせてブラックキューブにデザインしたのは<br />有名な逸話で、この本でも、そのタフなクライアントが少しだけ登場する。</p>
<p>"Conversation with Students" という原題のこの本は、1995年に行われたアリゾナ州立大学<br />での講義（ワークショップ）を記録したもので、［対話1］として編者マイケル・クローガーと教授陣<br />による講義の内容に関してのインタビュー、そして[対話2]として、講義での学生たちとの白熱した<br />ディスカッションが抜粋されていて、その白熱の雰囲気に、おもわずマイケル・サンデルの「正義」<br />の講義を思い出してしまった。</p>
<p>サンデル教授と同様に、ランド教授のイエール大学での講義も凄まじい人気だったそうで、<br />講義の前日のボストンの書店から彼の著作が一斉に消えてしまう（サインを求めるために学生が<br />買っていく）ということがあったらしい。</p>
<p>実際その授業は、魅力的なキーフレーズの連続で、そのすべてを引用したい衝動にかられるけれど、<br />決定的なものをひとつだけ。<br /><br /><strong>" Design is a relationships. Design is a relationship between form and content."<br />（デザインとは関係である。形と中身の"関係"だ）<br /><br /></strong>これは、言葉を自分で定義することにこだわる彼が、「定義とはどこかへ通じるものでなくてはだめ<br />なんだよ。何かを生み出すものでなければ」と諭して、学生たちに伝えたデザインの定義。</p>
<p>そしてそれは、</p>
<p>「中身は基本的にアイデアだ。それが中身のなんたるかだからね。アイデアが最優先だ。形はその<br />アイデアをどう処理するか、どう扱うかだ。これがまさしくデザインの意味だ」</p>
<p>と、補足される。</p>
<p>抜粋なので確証はもてないが、原理原則にきわめて忠実なモダニストというのがその印象で、<br />その作品を見ても、やはり底流にはバウハウスの影があるように思える。</p>
<p>もちろんアメリカの人なので、DNAにはしっかりとプラグマティズムが流れていて、商業デザインという、<br />きわめてビジネスと密接したクリエイティブワークの場で、そのことがプラスとして働いたであろうことは<br />想像に難くない。</p>
<p>「視える」人の言葉はいつもそうだけれど、ランドの言葉もきわめてシンプルで、重要な経験の裏づけ<br />のある彼の言葉は含蓄に満ち、自信にあふれている。</p>
<p>とにかくすべては自分の頭で考えることからしか始まらない。<br />そして考え尽くしたところから、Simplicity は生まれる。</p>
<p style="MARGIN-RIGHT: 0px" dir="ltr">そこまで行くと、それはデザインという領域を超えて、普遍につながっていく。<br /><br /><strong>Simplicity in not the goal. <br />It is by-product of a good idea and modest expectations</strong>. <br /><br />ランドのデザイン論が具現化されたような美しい造本。<br />白地に朱と濃紺の2色で組まれた文字が、本のなかで踊っている。<br /><br />permanent collection.<br /><br />*<br /><br />5月の本買記<br /><br />ベトナムに赴任する土屋さんから、建築関係の本をたくさん譲っていただいた。</p>
<p>考えてみれば、こんな風に誰かの蔵書をまとめて預かるのは、じつはまったく始めての体験で、<br />自分がセレクトしたものではない本が、本棚に並んでいるのを眺めるのは、かなり新鮮だ。</p>
<p>整理してみると、貴重な本も何冊かあり、土屋さんに感謝したい。</p>
<p>その土屋蔵書からいくつかを、ピックアップ。</p>
<p>□　ヨハネス・イッテン色彩論　　　大智浩訳　　　美術出版社　　19850510/第10刷<br /><strong>□　倉俣史朗・仕事集 1967-1981　　　倉俣史朗　　　ARCO出版　　19810911<br /></strong>□　デ・スティル　　　ポール・オヴリー　　　PARCO出版　　19800615/第2刷<br />□　ジオ・ポンティ作品集　1891-1979　　　鹿島出版会　　18910919<br />□　RONCHAMP　　　LE CORBUSIER　　　verlag gerd hatje　　1957<br />□　巨匠ミースの遺産　　　山本学治　　　彰国社　　19801210/1版9刷<br />□　好奇心への旅　建築家の眼　　　宮脇檀　　　世界文化社　　19910701<br /><strong>□　吉村順三　住宅作法　　　中村好文／吉村順三　　　世界文化社　　19910710/初版<br /></strong>□　窓のはなし　　　日向進　　　鹿島出版会　　19880325<br />□　住まいと厠　　　李家正文　　　鹿島出版会　　19830530<br />□　デ・ステイル 1917-1932　　　セゾン美術館/東京新聞　　　1997<br />□　未来派　FUTURISM　1909-1944　　　セゾン美術館/東京新聞　　　1992<br /><strong>□　Miro &amp; Artigas Ceramiques.　　　Jose Pierre et al　　　19740430</strong></p>
<p>たとえばミロの陶芸作品集は、初めて眼にした最高の一冊。<br />倉俣史朗の作品集や吉村順三と中村好文の対談集なども、かんたんには手に入らないはずだ。<br /><br /><strong><br />□　チェルノブイリ　春　　　中筋純　　　二見書房　　　20110505/初版</strong></p>
<p>ある日家に帰ったらこの本が届いていた。</p>
<p>帰ったときに本の包みがあるのはいつでも嬉しいものだが、作者からの献本となるとなおさら。</p>
<p>純さんは廃墟に見せられた写真家の一人で、その純さんがあそこは究極の廃墟だからといって<br />チェルノブイリに行ったのは2007年の秋。</p>
<p>その成果は、『<a href="http://www.amazon.co.jp/AA-Revelations-Chernobyl-/dp/4576080482">廃墟チェルノブイリ　Revelations of Chernobyl </a>』という写真集に収められているが、<br />そのチェルノブイリの「春」を、どうしても撮りたいと、もう一度彼の地に飛び立ったのが一昨年だった。</p>
<p>そしてその旅が、この『<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4576110551">チェルノブイリ　春</a>』として結実した。</p>
<p>前作の救いがたいような荒涼感と一変した緑に萌えるチェルノブイリの光景は、春はどんなところ<br />にも来るんだという希望のようなものを抱かせもするが、その写真を凝視すると、その春のまばゆい<br />光の中に、人がいないことの異常さをよりいっそう強く感じるという逆説に気づき、それが25年経った<br />今も、そのときのまま存在し続けていることに唖然とさせられる。</p>
<p>たぶん純さんは、そんなことを企んだわけじゃなく、ただ萌えるような命の息吹があるチェルノブイリを<br />見たかっただけなんじゃないかと想像するが、だからこそ、眼には見えない放射能の存在を強く意識<br />せざるを得ないのだ。</p>
<p>これがもはや、遠いところの話だと思う人は誰もいないはず。<br />この本が、25年後の福島の春を予言したものでないことを心から祈るしかない。<br /><br /><strong>□　太陽と月 古代人の宇宙観と死生観　　　谷川健一編　　　小学館　　19831015/初版第2刷<br />□　村と村人 共同体の生活と儀式　　　坪井洋文編　　　小学館　　19840630/初版第1刷</strong></p>
<p>『太陽と月』</p>
<p>われわれが棲む地球からは、いつもどちらかが、あるいはどちらもが見えているけれど、もしかしたら<br />それは見えているんじゃなくて、見られているのかもしれない、とふと思う。</p>
<p>そう考えると、空に煌々と輝く太陽と、夜の闇に冷たく光る月を、古代の人が人智の及ばぬ神の姿<br />だと考えたのは、少しも不思議じゃない。</p>
<p>だから、この本のサブタイトルにある「宇宙観と死生観」が、それは多分に「宗教」とクロスオーバー<br />するけれど、太陽と月から生まれたのは、洋の東西を問わず人の心のごく自然な動きだろう。</p>
<p>それでもやはり日本人には日本人独特の感性がって、それが「文化」というコンテクストで脈々と<br />受け継がれていて、この「日本民俗文化体系」という叢書は、その源流を探る手がかりの一つに<br />なってくれる。</p>
<p>『村と村人』は、日本的なコミュニティや人間関係の原点の考察。</p>
<p>グローバルスタンダードではない新しいコミュニティの可能性を探るとき、ぼくたちのDNAにおそらく<br />潜んでいるこの「ムラ」というコミュニティに連綿と受け継がれてきた儀礼や生活をもう一度振り返る<br />ことは、今とても重要なことのように思える。</p>
<p>温故知新。<br /><br />デザイン / アート</p>
<p>□　JAPANESE DESIGN　　　WEATHERHILL<br />□　狂言のデザイン図典　　　茂山千五郎　　　東方出版　　20050711/初版1刷<br />□　日本デザイン論&nbsp;　　　伊藤ていじ　　　鹿島出版会　　19860315/第21刷<br />□　柳宗理　デザイン　　　柳宗理　　　河出書房新社　　20000630/2刷<br />□　International Design Yearbook 　Jasper Morrison編　　Abbeville Press　　1999/first edition<br />□　Fusion Interiors&nbsp;　　　Andrew Martin　　　PAVILION　　20040227<br />□　日本の図像　琳派　　　濱田信義　　　ピエ・ブックス　　20110225/初版第1刷<br />□　古くて美しいもの　　　関美香　　　平凡社　　20101217/初版第1刷<br />□　ピーター・ヴォーコス展　　　セゾン美術館　　　1995<br />□　DAVID LYNCH Painting and Drawings　　　David Lynch　　東高現代美術館　　199101<br /><br />茶</p>
<p>□　数寄--茶の湯の周辺　　　多田侑史　　　角川書店　　19850730/初版<br />□　茶と花　　　水尾比呂志　　　芸艸堂　　19790201/初版<br />□　茶の心　茶道名言集　　　桑田忠親　　　東京堂　　19570610/再版<br />□　川瀬敏郎　花と器　　　白洲正子　　　神無書房　　19940310/改訂3版<br />□　館蔵　茶碗百撰　　　根津美術館　　　大塚巧藝社　　19941001<br />□　能と能面の世界&nbsp;　　　中村保雄　　　淡交社　　19690305/16版<br />□　鈴木大拙坐談集　第１-5 巻　　　古田紹欽編　　　読売新聞社　　19711110/第1刷<br /><br />文学・エッセイ</p>
<p>□　寺山修司詩集　　　寺山修司　　　角川書店　　19930710/初版<br />□　愛について　　　谷川俊太郎　　　新宿書房　　20030515/初版Ⅰ刷<br />□　and other stories　　　キンセラ他　　　文藝春秋　　19880920/第1刷<br />□　ヘミングウェイ釣文学全集　上巻　鱒&nbsp;　　アーネストヘミングウェイ　　朔風社　19830420/第2刷<br />□　ヘミングウェイ釣文学全集　下巻　海&nbsp;　　アーネストヘミングウェイ　　朔風社　19830131/初版<br />□　新しい教科書　本　　　永江朗　　　プチグラパブリシング　　20060303/初版<br />□　霧のむこうに住みたい　　　須賀敦子　　　河出書房新社　　20100110/4刷<br />□　わが日本精神改造計画　　　大島渚　　　産報　　19721225/初版<br />□　愛情生活　　　荒木陽子　　　作品社　　19971010/第2刷<br />□　「愛」という言葉を口にできなかった二人のために　　　沢木耕太郎　　幻冬舎　20070410/第1刷<br />□　日本語で生きるとは　　　片岡義男　　　筑摩書房　　19991216/初版第1刷<br />□　ミーツへの道　　　江弘毅　　　本の雑誌社　　20100605/初版第1刷<br />□　競馬情話　中年ジャンプ　　　吉川良　　　本坊書房　　19900525/第1版<br />□　向田邦子の恋文　　　向田和子　　　新潮社　　20020905/5刷<br /><br />再入庫</p>
<p>□　花森安治の編集室　　　唐沢平吉　　　晶文社　　19971120/4刷<br />□　散歩のとき何か食べたくなって　　　池波正太郎　　　平凡社　　19771202/初版第1刷<br />□　シブイ　　　開高健　　　TBSブリタニカ　　19900508/初版<br />□　千利休　無言の前衛　　　赤瀬川原平　　　岩波新書　　19911105/第6<br />□　宮脇檀の住宅設計テキスト　　　宮脇檀建築研究室　　　丸善　　19960130/第７刷<br />□　宮澤賢治　花の図誌　　　笹川弘三写真　　　平凡社　　19910529/初版第1刷<br />□　外部空間の設計　　　芦原義信　　　彰国社刊　　　19831120１/版7刷<br />□　月と胡桃　梓書房　復刻版童謡集　　　北原白秋　　　ほるぷ出版　　1977/11(1929/6)<br />□　本覚坊遺文　　　井上靖　　　講談社　　19820225/第6刷<br />□　家 1969→96　　　安藤忠雄　　　住まいの図書館出版局　　19970120/第3刷<br />□　合言葉はオヨヨ　　　小林信彦　　　朝日新聞社　　19730210/第1刷<br />□　秘密指令オヨヨ　　　小林信彦　　　朝日新聞社　　19730630/第1刷<br />□　新版 私説東京繁盛記　　　小林信彦／荒木経惟　　　筑摩書房　19920925/第1刷<br /><br />こうやってリストを眺めてみると、5月もけっして悪くない。<br /><br />*<br /><br /><a href="http://twitter.com/kotobanoie">twitter</a> 発信中&nbsp; <br /><a href="http://www.facebook.com/kotobanoie">facebook</a> も</p>
<p>そしてなかなか更新できない「<a href="http://kotobanoie.com/book/listdesign-new.html">デザインの発見</a>」のブックリスト。</p>
<p><a href="http://kotobanoie.com/">http://kotobanoie.com/</a><br /><br /></p>
<style type="text/css">
   body { line-height: 180%; }
</style>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>where nothing happens</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kotobanoie.com/blog/2011/04/where-nothing-happens.html" />
    <id>tag:www.kotobanoie.com,2011:/blog//1.120</id>

    <published>2011-04-27T12:06:02Z</published>
    <updated>2011-04-28T07:46:51Z</updated>

    <summary> カリフォルニアに Big Sur というところがある。 サンフランシスコの南、...</summary>
    <author>
        <name>コトバノイエ</name>
        <uri>http://kotobanoie.com</uri>
    </author>
    
        <category term="hip" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="kotobanoie" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kotobanoie.com/blog/">
        <![CDATA[<form class="mt-enclosure mt-enclosure-image" mt:asset-id="218">
<p><img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 20px; DISPLAY: block" class="mt-image-center" alt="greenleaves.JPG" src="http://www.kotobanoie.com/blog/greenleaves.JPG" width="700" height="404" /><br />カリフォルニアに <a href="http://www.seemonterey.com/big-sur-california?_lang=jp">Big Sur </a>というところがある。</p>
<p>サンフランシスコの南、シリコンバレーから海側に進路をとり、UCSCの街サンタ・クルーズを経て、<br />イーストウッドが市長をしていたCarmelというリゾートの近く、べつに集落があるわけではなく、<br />カリフォルニアの太平洋岸を走るパシフィック・コースト・ハイウェイ（PCH）という、たぶんアメリカでも<br />もっとも美しいハイウェイ沿いの、"山々と海が出会うところ (where the mountains meet the sea)"<br />といわれるエリアだ。</p></form>
<p>ケルアックの「ビック・サー」やブローティガンの「ビッグ・サーの南軍将軍」を引くまでもなく、<br />50年代のビート・ジェネレーションや、60年代のヒッピーの、トポスのひとつでもある。<br /><br />ヘンリー・ミラーは、晩年をそこで過ごした。<br /><br />「ぼくは金がない。資力もない。希望もない。ぼくはこの世でいちばん幸福な人間だ」<br /><br />これは1934年にパリでは発表された処女作、『北回帰線 (Tropic of Cancer )』の冒頭にある<br />言葉だけれど、ヘンリーミラーは、坂口安吾がそうであるように、無頼の人であり、自由の意味を<br />もっともよくわかった文学者のひとりだ。</p>
<p>彼は、このビッグ・サーのレッドウッドの森の中で、53歳から71歳までの18年間、彼の言葉を<br />借りれば " my first real home in America " として暮し、そして書いた。<br />代表作といわれる三部作、セクサス・プレクサス・ネクサスの頃である。</p>
<p>ヘンリー・ミラーが1980年に亡くなった後、彼が愛したその地に、長年の友人が、その蔵書を<br />置くための場所として自分が昔住んでいた家を移築し、NPOを立ち上げた。<br /><br /><strong>" The Henry Miller Library "</strong> <br /><br />Library というその魅力的な語感。<br />"where nothing happens"　―　 何も起こらないところ、というそのコンセプト。<br /><br /><a href="http://www.henrymiller.org/Pictures.html">この画像</a>を見てほしい。<br /><br />緑の木立に囲まれ、昔からそこにあったような表情で佇んでいる本のある小屋。<br />芝生の庭で、気持ちよさそうに本を読んだり語らったりする人たちの姿。</p>
<p>ろうそくの炎をバックにしたステージ。<br />そのステージの上に置かれた、ライティング・デスクと古びたタイプライター。</p>
<p>コミュニティセンターとして、そしてまたアートスペースとして、コンサートや詩の朗読や演劇、<br />ワークショップやレクチャーも行われ、ときには結婚式やお葬式さえ、そこで催される。<br /><br />なにもかもが、心地良い自然のバイブレーションに包まれた空間。<br />底流として静かに流れるヒッピーの気配。</p>
<p>なによりも素晴らしいのは、すべてがこの場所を好きな人たちの寄付で運営されているということだ。<br />同じエリアの住民であるAppleや<a href="http://www.youtube.com/watch?v=YYv6zwv09J0">ニール・ヤング</a>も、サポーターとしてこのHIPな場所を支えている。<br /><br />ウエブサイトの案内には、こんな風に記されている。</p>
<blockquote style="MARGIN-RIGHT: 0px" dir="ltr">
<p>It is not a Library where you can borrow books, it is not a memorial with dusty relics, it is not a fully stocked bookstore, it is not a trinket store where you'll find a large selection of glossy photographs of the coast, t-shirts, mugs and baseball caps. It is not Henry Miller's old home (that was four miles down the road on Partington Ridge), it is not originally built to be a public place,</p>
<p>ここは、本を借りる図書館でも、埃っぽい遺物のある記念館でも、きちんとしたブックストアでも、Tシャツやマグカップを売る雑貨店でもなく、ヘンリー・ミラーの懐かしの家でもないし、公共の施設として建てられたものでもありません。<br /><br />The best way to find out is to come here, browse, look at what's on the walls, listen to the music, have a cup of coffee or tea, sit down by the fire, read for a while, do nothing...</p>
<p>この場所がなんなのかを知るためにいちばんいいのは、ここに来て、この場所をゆっくりと見てまわり、壁にかかっているものを眺め、音楽を聴いて、お茶を飲んで、暖炉の傍に座り、少しの間本を読む、何もしない・・・。<br /><br />Beware, some people find it uncomfortable not to have a clear label and end up turning around almost immediately, others fall in love and leave after composing a poem for our guest book... </p>
<p>気をつけてくださいね、はっきりしたレッテルがないことで不快になってすぐ立ち去る人もいますから、でもそうじゃない人は、この場所と恋に落ちて、ゲストブックに詩を書いてこの場所を離れます。</p></blockquote><br />「私たち人間の生活のめまぐるしい有為転変は、永遠にえたいの知れない謎として残る。<br />人生の断片がたとえ限られた数のものであっても、そのすべてを結びつけ、一つの物語にすることは<br />不可能である。人は、その切れ切れのエピソードにとどまるほかはない。唯一私の興味をそそるものは、<br />実際の生活を包み込む、こうした未知なるものが放つオーラである。<br />私が現実に自分の身に起きた出来事、人間関係、あるいは日常の些細なことを書くのは、<br />こうした暗闇に閉ざされた秘密の領域が、私たちを取り巻いていることを読者に知らせるためである」&nbsp;<br />（ "The World of Sex" by Henry Miller 1940 菅原聖喜訳 ）<br /><br />本のこと、音楽のこと、コミュニティのこと、HIPのこと、日々の暮しのこと、そしてafter0311のこと。 
<p></p>
<p>じつはヘンリー・ミラーの作品をしっかりと読んだことはないし、もちろん行ったことのない場所だけれど、<br />この" The Henry Miller Library "には、ぼくのこれまでと、これからのすべてが凝縮されているような<br />気がしていて、いつかどこかに、こんな場所をつくりたいと、ちょっと真剣に思い始めている。<br /><br /><strong>I can grow old with this dream.</strong></p>
<p><br />*<br /><br />春の本買い。</p>
<p>憂鬱はまだ癒えない。<br />地震と津波のことは、われわれがコントロールできない自然の猛威としてなんとか受け入れる<br />ことができても、なにひとつ解消できない原子力発電所への不安は、われわれ自身の尽きる<br />ことのない欲望の必然としか思えないだけに、これまで何も考えてこなかったことの後悔として<br />心に重くのしかかっている。</p>
<p>せめてできるだけライフラインという「点滴チューブ（by T.Yabe）」に頼らない生活を、シリアスに<br />考えていこうと心には決めたが、だからといってそれが直ぐに実現できるわけではないだけに、<br />そのもどかしさも折り重なる。</p>
<p>本のセレクションが、そんな想いを反映したものになるのは、しかたがない。<br />アーティストがそうであるように、その時々の気持ちをまっすぐに表現していくしかないのだ。<br /><br /><strong>□　海馬　　　糸井重里／池谷裕二　　　朝日出版社　　20030325/初版第14刷</strong></p>
<p>「海馬」という不思議な語感に惹かれて手に取った。</p>
<p>hippocampus という英語もなんとなくカワイイが、それはタツノオトシゴのことで、<br />「海馬」の形状がタツノオトシゴとよく似ているところからきている。</p>
<p>海馬というのは脳内の一器官で、記憶を司っている場所なんだそうだ。<br />われわれの記憶というのは、上書きされるのではなく、その海馬にレイヤーされるものらしい。</p>
<p>身体のあらゆるところからもたらされる情報を階層的（可塑的）に蓄積し（たとえばトラウマって<br />やつがそうだ）、優先順位をつけて具体的な動作の指令をするのが「海馬」の役割、そしてその<br />優先順位を判断するための大きな要素である「好き嫌い」を扱っているのが扁桃体という器官で、<br />この海馬と扁桃体という奇妙なチームが、「煎じ詰めれば情報の保存と情報の処理」という脳の<br />能力の中心だというのが、糸井さんが巧みに引き出した、若き脳学者池谷さんの研究のコアだ。</p>
<p>面白かったのは、脳のはたらきは、「ものとものとを結びつけて新しい情報をつくっていく」という<br />ことだと、池谷さんが断言していること。</p>
<p>それって「編集」じゃないの、と気づいたら、脳への視界が一気に晴れた。</p>
<p>他にも、この脳の編集力はは30歳を超えたときから飛躍的にのびるものだとか、脳科学的には<br />人間は眼に頼った生活をしているとか、手や口を動かすことは脳を発火させる導火線のようなもの<br />だとか、脳はひとりよがりだとか、次々に目からウロコの話が現れる。</p>
<p>常に言葉を意識しながらインタビューする糸井さんの力が大きいのかもしれないけれど、池谷さんの<br />話は、テレビによくでてくる某脳学者の話より、遥かに魅力的だった。</p>
<p><br /><strong>□　倉俣史朗の着想のかたち　　　鈴木紀慶編著　　　六耀社　　20110309/第1刷</strong></p>
<p>ほぼ新刊。</p>
<p>おそらく 21_21 DESIGN SIGHT で開催されている（7月18日まで会期延長された）「<a href="http://www.2121designsight.jp/program/krst/">倉俣史朗と<br />エットレ・ソットサス展</a>」に合わせて刊行された本だろう。</p>
<p>再録されたいくつかのエッセイと、" 倉俣作品から、何らかのかたちでDNAを受け継いでいると<br />思われる" 4人のクリエイターが語る、それぞれの倉俣史朗。</p>
<p>「なぜ、倉俣作品が現実の世界から消えても、人びとの記憶から消えないのか？」</p>
<p>平野啓一郎　：　小説のなかで「デザインとは何か」を考える<br />伊藤豊男　：　モダニズムからその先の世界へ<br />小池一子　：　二人の反骨精神が時代を切り拓く<br />深澤直人　：　倉俣史朗と同じだけ生きてみて思うこと</p>
<p>亡くなったのが1991年だからもう20年になるけれど、日本人のデザイナーを一人挙げろと言われたら、<br />いまだにこの人しか浮かばない。<br /><br />「そのときはいつも夢を見ている、ものを創造する幻影の中にいる」</p>
<p>仕事以外のときは何をしているのかという質問への、倉俣さんの答えである。<br /><br />「ミス・ブランチ」がテネシー・ウィリアムズの「欲望という名の電車」のヒロインの名前で、映画で彼女が<br />来ていた薔薇の服がモチーフだということを、はじめて知った。</p>
<p><br />写真の本を何冊か。</p>
<p><strong>□　A KA RI　　　藤井保/秋山晶　　　リトルモア　　20050415/第1刷<br />□　エルスケン巴里時代 1950-1954　　　エド・ヴァン・デル・エルスケン　　　リブロポート　　19880115/3刷<br />□　Cats in the Sun　　　Hans Silvester　　　トレヴィル　　19960310/第3刷<br />□　男と女の間には写真機がある（新装版）　　　荒木経惟　　　太田出版　　19910901/第1刷<br /><br /></strong>『A KA RI 』は、マグライトの広告写真に、コピーライターの秋山晶の文章が加わった作品集。</p>
<p>寡黙で雄大な光景のなかに輝く一点の光 ― とでもいったところか。<br />いかにもコピーライターらしい、秋山晶の巧みな言葉が、一片の広告写真にあらたな生命を吹き込む。</p>
<p>写真集も、やはり編集なのだ。</p>
<p><br />エルスケンは、50年代のモノクロの巴里。</p>
<p>24の、無一文のカメラ小僧が撮ったとはとうてい思えない絶妙のスナップ。</p>
<p>でもよく見てみると、そこに映された恋人たちや子供たちや街角の風景は、その若さでしか捉え<br />られない瑞々しさや奇妙な熱さに満ちていて、とにかく撮らずにはいられないという衝動が、<br />彼を奔放に突き動かしていることが、だんだんわかってくる。</p>
<p>一瞬の輝きっていうやつか。</p>
<p>オランダの人だから、外国っていうのも関係あるのかもしれないな。</p>
<p><br />アラーキーのは、写真集というより本だ。</p>
<p>オリジナルは、1978年の白夜書房版、カメラではなく写真機というところが荒木経惟の真骨頂だろう。</p>
<p>とにかく本の多い人だ。<br />ある本によれば、1970年から2005年までに出版された本の数は357冊だそうだから、今ならおそらく<br />400冊以上にはなっているだろう。いくら売れるからといっても年間10冊はそうとうスゴイ。</p>
<p>この本は、まだ「アラーキー」ではなく、白夜書房の末井昭という編集者と出会った頃の「エロ写真家」<br />の時代の本だが、冒頭の篠山紀信のポートレイトに始まって（このころはまだ仲が良かったのだ）、<br />鈴木いずみ、ヌード、変態、妻、死、このとき既に、その後の彼のテーマのすべてが現れている。</p>
<p>松岡正剛もいっているが、この人の素晴らしいのは、寂しいとか切ないということを隠さないところだ。</p>
<p>写真の力だけでなく、言葉の力をいちばんよくわかっている写真家なのかもしれないと思う。</p>
<p>サングラスが肝かな。</p>
<p><br />あとは、こんな本。</p>
<p>□　ROOF DESIGN　　　daab　　　2007&nbsp;<br />□　藤森照信　野蛮ギャルド建築　　　ギャラリー間　　　TOTO出版　　20040920/初版5刷<br />□　禅の生活　　　佐藤幸治　　　淡交新社　　19660324/初版<br />□　DAVID LYNCH Painting and Drawings　　　David Lynch/東高現代美術館　　199101<br />□　愛について　　　谷川俊太郎　　　新宿書房　　20030515/初版Ⅰ刷<br />□　旅の王様　　　四方田犬彦　　　マガジンハウス　　19990218/第1刷<br />□　外伝・麻雀放浪記　　　阿佐田哲也　　　双葉社　　19890710/第1刷<br />□　橋本治という考え方　　　橋本治　　　朝日新聞出版　　20090430/第1刷<br />□　美しきもの見し人は　　　堀田善衛　　　新潮社版　　19690705/2刷<br />□　MONOLITH&nbsp;　　　日野啓三/稲越功一　　　TREVILLE　　19900625/初版<br />□　極楽島ただいま満員　　　久保田二郎　　　晶文社　　19760215/1刷<br />□　日本の古典芸能 ５　茶・花・香　　　芸能史研究会　　　平凡社　　19700810/初版<br />□　奇景の図像学　　　中野美代子　　　角川春樹事務所　　　19960405/第1刷<br />□　ゴーガン私記　　　ポール・ゴーガン　　　美術出版社　　19710430/3版<br />□　犬　　　大佛次郎他　　　中央公論新社　　20040725/初版<br />□　初恋温泉　　　吉田修一　　　集英社　　20060630/第1刷<br />□　僕のハロー・グッドバイ　　　團伊玖磨　　　朝日新聞社　　19730730/第1刷<br />□　いい映画を見に行こう　　　植草甚一　　　晶文社　　19760420/第1刷<br />□　草木塔　　　種田山頭火　　　春陽堂　　19820625/2刷<br />□　オキナワ紀聞　　　砂守勝巳　　　双葉社　　19980629/初版<br />□　路上観察ファイル　　　南伸坊　　　実業之日本社　　19890315初版<br />□　Woodstock 94　3 MORE DAYS PEACK&amp;MUSIC　　　POLYGRAM CALLAWAY　　1994<br /><br />John Lennonは、ヨーコと別居してロサンゼルスでグレていた、いわゆる「失われた週末」の時期も<br />作品を書き続け、レコードを造り続けた。ショーンが生まれてからの「愛の沈黙」はそのあとだ。</p>
<p>苦しいときには、ぼくは苦しいという作品を造ればいいだけなんだ、とジョンは教えてくれた。</p>
<p>そんな風に、本を選んでいきたい。</p>
<p><br />*</p>
<p><br /><a href="http://twitter.com/kotobanoie">twitter</a> 発信中 。<br /><a href="http://www.facebook.com/kotobanoie">facebook</a> も。</p>
<p>そしてなかなか更新できない「<a href="http://kotobanoie.com/book/listarchitecture-new.html">建築と戯れる</a>」のブックリスト。</p>
<p><a href="http://kotobanoie.com/">http://kotobanoie.com/</a> </p>
<p><br />&nbsp;</p>
<style type="text/css">
   body { line-height: 180%; }
</style>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>aftermath</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kotobanoie.com/blog/2011/04/aftermath.html" />
    <id>tag:www.kotobanoie.com,2011:/blog//1.119</id>

    <published>2011-04-04T17:30:41Z</published>
    <updated>2011-04-05T05:40:01Z</updated>

    <summary> 「人間は自分がつくった道具の道具になってしまった」 これは『森の生活』のH.D...</summary>
    <author>
        <name>コトバノイエ</name>
        <uri>http://kotobanoie.com</uri>
    </author>
    
        <category term="a day in life" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kotobanoie.com/blog/">
        <![CDATA[<form class="mt-enclosure mt-enclosure-image" mt:asset-id="217"><img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 20px; DISPLAY: block" class="mt-image-center" alt="shrine.JPG" src="http://www.kotobanoie.com/blog/shrine.JPG" width="700" height="400" /></form>
<p>「人間は自分がつくった道具の道具になってしまった」</p>
<p>これは『森の生活』のH.D.ソローの言葉だが、今福島県の原子力発電所で起こっていることは、<br />まさにこの言葉そのままのことだ。</p>
<p>ウラニウムを燃料にした「神の火」が、人の欲望から産み出されたのは間違いない。<br />「もっと光を」という見えない声に導かれるように、おそらく私たちは一線を踏み越えてしまったのだ。</p>
<p style="MARGIN-RIGHT: 0px" dir="ltr">そして、その「<a href="http://www.hm.h555.net/~hajinoue/jinbutu/purometeusu.htm">プロメテウスの苦難</a>」を前にした私たちは、眼に見えない何者かに追われるように、<br />ありとあらゆるメディアで、ありとあらゆる言葉を吐き続けているが、<a href="http://photos.oregonlive.com/photo-essay/2011/03/fukushima_dai-ichi_aerials.html">目の当たりにする現実</a>は、<br />はるかにその言葉を越えている。<br /><br />
<blockquote style="MARGIN-RIGHT: 0px" dir="ltr">いいことも悪いことも含んだ雨が降っている。水によって脅かされ、同時に<br />水によって救われる。暴走する原発をなだめるのに先端の技術は無力だった。<br />だから江戸伝統の勇気ある火消しらが決死の出動をしてくれた。彼らが放水を<br />続け、それが功を奏している。そんな水を穢せば自らを苦しめる。<br />その因果を今、世界が体験しているのだ。その一点だけでも、原発に未来は<br />無いと人類は認識できたのだ。コストを気にする人は、今後災害をコストに<br />含めることが必須条件になる。世界がこのままでいいと思うなら、地球にヒトが<br />住む場所はなくなる。日本人は戦争に負けて何かを知った。今回も敗北を経験し、<br />さらに深い大事なことを知った。日本人はこの経験を忘れることはない。<br />( by harry 2011/03/21) </blockquote>
<p><br />あの日からずっと、悔やみとも恨みともつかない苦い想いが澱のように心の底に漂っていて、<br />ひたすら途方に暮れるばかりだったが、たまたまネットの海で見つけた、この細野晴臣さんの<br />一文が、すうっと言葉が、心のなかに沁みこんだ。<br /><br />まるで余震のように揺れ残る憂鬱。<br /><br />冒頭のソローの言葉は、こんな風に続いている。</p>
<p>「腹が減ると勝手に木の実をもいで食べていたものがいまや農夫となり、木の下で雨宿りしていた者が<br />家主となった。いまでは一夜を野外で過ごす者もなく、みな土の上に住みつき、天を忘れてしまった」</p>
<p>天の意志は、那辺にあるのか。</p>
<p>そして、この敗北感が癒される日が、ほんとうに来ることがあるんだろうか。</p>
<p>we shall over come.<br /><br />*<br /><br />そんな aftermath の本買記。</p>
<p>未曾有の災厄があったからといって、本買いを自粛するわけではない。</p>
<p>ただ、本のセレクションは、その日そのときの心の動きがそのまま映しだされるものだから、<br />3月11日以来の憂鬱が、ブックリストに影を落としていないとは、けっして言いきれない。</p>
<p>本にできること、をずっと考えている。<br /><br /><strong>□　叢書　創造の小径　　全18巻　　　　新潮社</strong></p>
<p>きっかけは、ロラン・バルトの『表徴の帝国』という日本論。<br />以前から持っていたみすず書房の『記号の国 1970（表徴の帝国改題）』が売れてしまったので、<br />いろいろと探しているうちに、この新潮社の叢書に、めぐり合った。</p>
<p>70年代に刊行された、たぶん有名なシリーズではないかと思うが、そのラインアップには痺れた。</p>
<p></p>
<p><strong>■　イカロスの墜落　　　パブロ・ピカソ &nbsp;　　岡本 太郎<br />■　表徴の帝国　　　ロラン・バルト &nbsp;　　宗 左近<br /></strong>■　絵画のなかの言葉　　　ミシェル・ビュトール &nbsp; 　　清水 徹<br />■　悪魔祓い　　　J・M・G・ル・クレジオ　 　　高山 鉄男<br />■　道化のような芸術家の肖像　　　ジャン・スタロバンスキー 　　大岡信<br />■　素晴しき時の震え　　　ガエタン・ピコン、 　　粟津 則雄<br />■　ボナ わが愛と絵画　　　アンドレ・ピュエール・ド・マンディアルク　　　生田 耕作<br /><strong>■　冒頭の一句 または小説の誕生　　　ルイ・アラゴン　　　 渡辺 広士<br /></strong>■　盲いたるオリオン　　　クロード・シモン　　　平岡 篤頼<br />■　石が書く　 　　ロジェ・カイヨワ　　　岡谷 公二<br />■　発見　　　ウージェーヌ・イヨネスコ　　　 大久保 輝臣<br /><strong>■　想像力の散歩　　　ジャック・プレヴェール、 　　粟津 則雄<br /></strong>■　自在の輪　　　ピエール・アレシンスキー　　　 出口 裕弘<br /><strong>■　マヤの三つの太陽　　　M・A・アストゥリアス　　　岸本 静江<br /></strong>■　ことばの森の狩人　　　エルザ・トエルザ・トリオレ　　　田村 俶<br />■　世界の記憶　　　アンドレ・マッソン　　　東野 芳明<br />■　大いなる文法学者の猿　　　オクタビオ・パス　　　 清水 憲男<br />■　仮面の道　　　クロード・レヴィ＝ストロース　　　山口 昌男</p>
<p>ロラン・バルト = 宗 左近はもちろん、マンディアルグ = 生田耕作、マッソン = 東野 芳明、<br />レヴィ・ストロース = 山口 昌男（amazonでは50,000円という値がついている)、そして、<br />このシーリーズの白眉ともいえる、ピカソ = 岡本太郎など、著者も訳者もそうそうたる面々、<br />まさに、20世紀のインテリジェンスの塊といった風格のある叢書だ。</p>
<p>価格も5,000円という30年前にはおそらく破格だった本を果敢に出版した新潮社という出版社の、<br />その当時の社風、そして40歳で夭折した編集子の慧眼と、出版に対する使命感のようなものを、<br />今そういうものが薄れている時代だけに、強く感じる。</p>
<p>いい本は、やはり熱い想いからしか生まれてこない。</p>
<p>今のところ太字の5巻、あと13巻を、ぜひ揃えてみたいと思っている。<br /><br /><strong>□　波のうねうね　　　内田百閒　　　新潮社　　　19640831/初版</strong></p>
<p>「<a href="http://www.youtube.com/watch?v=aezXdzrlyOQ">夜はクネクネ</a>」なら聞いたことはあるが、「波のうねうね」とは何とも百閒先生らしい人を喰った<br />タイトルだと、迷わず本棚から引き抜いたが、調べてみるとそのフレーズが、小野小町の短歌が<br />出自だと知って、もう一度感心することになった。</p>
<p>世阿弥の作と言われる『<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/草子洗小町">草子洗小町</a>』という能の演目で謡われる三十一文字が、この本の見返しに、<br />手描きの文字で書かれている。<br /><br />「蒔かなくに 何を種とて浮き草の 波のうねうね生ひ茂るらん」</p>
<p>―　種を蒔いたわけでもないのに、どうして浮き草は波の畝々に生え茂るのだろうか<br /><br />浮き草は、望んだわけでもないのに人の心に次々に湧きおこる煩悩のことらしいが、してみると、<br />「波のうねうね」とは、日々繰り返す徒然のことで、随筆集のタイトルとしてはピンポイント。</p>
<p>内田百閒はそういう作家なのだ。</p>
<p>小説であれ、エッセイであれ、律儀な文体の中に絶妙な塩梅でブレンドされるこの人独特の、<br />ダークなユーモアの味にとらわれてしまうと、かんたんには抜け出せない。</p>
<p>このまえこの人の本を読んだのは「サラサーテの盤」という鳥肌が立つような怖さのある短編集で、<br />そのスティーブン・キングを彷彿させるような不気味な後味にもかなり惹かれるが、やや浮世離れ<br />した日々のあれこれを描いたエッセイの、そののんびり加減は、音楽でいうと、アコースティックな<br />ブルースのような雰囲気で、誰もこんな風にこの明治生まれの文豪を表現しないだろうけど、<br />" laid-back " という言葉が、この人の文章にふさわしいんじゃないかと思ったりするのだ。</p>■　サラサーテの盤　　　　内田百閒　　　　六興出版　　　19810625/初版<br />■　贋作吾輩は猫である　　　　内田百閒　　　　六興出版　　　19830430/5刷 
<div></div>■　日没閉門　　　　内田百閒　　　　新潮社　　　19710630/2刷 
<div></div>■　麗らかや　　　　内田百閒　　　　三笠書房　　　19680131/第1版 
<div></div>■　ノラや　　　　内田百閒　　　　中公文庫　　　19970118改版 
<div></div>■　第一阿房列車　　　　内田百閒　　　　新潮文庫　　　20071015/6刷 
<div></div>■　百鬼園随筆　　　　内田百閒　　　　新潮文庫　　　20040120/9刷 
<div></div>
<p>■　間抜けの実在に関する文献　　　　内田百閒　　　　ちくま文庫　　　20030310/第1刷<br /><br /><strong>久しぶりにコルビュジエものを、4冊</strong> </p>
<p>□　ル・コルビュジエ　　　　ジャン＝ルイ・コーエン　　　　TASCHEN　　　2006<br />□　CORBU COMME LE CORBUSIER　　　　Michel Raby　　　　La Joie De Lire　　　1994<br />□　ル・コルビュジエの手　　　　アンドレ・ヴォジャンスキー　　　　中央公論美術出版　　　20061125/初版<br />□　黄金分割 　ピラミッドからル・コルビュジェまで 　　　 柳亮美術出版社 　　19911230/23版</p>
<p>なかでもちょっと面白いのは、三月書房で買った「ル・コルビュジエの手」という本。<br />ふとしたことでル・コルビュジエのアトリエで働き始め、一番弟子となった若き建築学生が、<br />30年にわたって観察した師匠の日常へのオマージュが、その師の「手」を中心に綴られている。</p>
<p>それは、こんな文章から始まっている。</p>
<blockquote style="MARGIN-RIGHT: 0px" dir="ltr">
<p>&lt; 巨匠の手 &gt;<br />同じ日に、ル・コルビュジエが「やあ」と呼びかけて手を差しだしたとき、おずおずとしたこの若い学生は、<br />自分の手をル・コルビュジエの手のなかへとすべらせた。<br />手に記憶する力があるのだろうか？<br />今、この文章を書きすすめつつ、かつての若い学生は、あのとき強く握りしめてくれたル・コルビュジエの<br />手のぬくもりが、今もなお、自分の手のなかにしっかりと残っているのを感じるのだ。</p></blockquote>
<p>スケッチはこのあと、足音&nbsp;― 性格&nbsp;― 両の手&nbsp;― さわること&nbsp;― つかむこと、と続いていく。</p>
<p>『CORBU COMME LE CORBUSIER』は、フランスの絵本。<br />フランス語なので何を書いてあるのか詳しくはわからないが、コルブ先生がどんな風にして<br />偉大な建築家になったのかを、とてもわかりやすく、言葉でわかる必要がないくらいに、<br />パステルで描かれている。</p>
<p>こんな絵本、日本の本で見たことがないぞ。<br /><br /><strong>相変わらず小説は少ない、しかも変なのばっか。</strong></p>
<p>□　無職無宿虫の息　　　　色川武大　　　　講談社　　　19800725/第1刷<br />□　偶然の音楽　　　　ポール・オースター　　　　新潮社　　　19981205/初版<br />□　ねむれ巴里　　　　金子光晴　　　　中央公論社　　　19731030/初版<br />□　おはん　　　　宇野千代　　　　中央公論社　　　19560801/4版<br />□　檸檬 名著復刻全集　　　　梶井基次郎　　　　ほるぷ出版　　19800501/11刷 </p>
<p>□　旅人の樹　　　　トリスタン・ツァラ　　　　書肆山田　　　19841025/初版1刷 <br />□　芭蕉七部集　新日本古典文学大系70　　　　岩波書店　　　　19900320/第1刷</p>
<p>ツァラの本は詩集、書肆山田の『シリーズ：トリスタン・ツァラの作品』のなかの一冊。<br />この出版社の活版印刷による詩集は、どれもセンスが良くて、どれもほしくなってしまうけれど、<br />ダダの主役、ツァラの詩集となると、外せない。</p>
<p>芭蕉七部集は、冬の日／春の日／曠野（あらの）／ひさご／猿蓑／続猿蓑／炭俵。<br />奥の細道（まさに今の地震エリア）はいつでも手に入りそうな気がするが、他の句集は、<br />タイミングが合わないと、なかなか手にすることができないような気がして、均一棚から。<br /><br /><strong>写真や絵画やデザインの本。</strong></p>
<p>□　写真家 マン・レイ　　　　マン・レイ　　　　みすず書房　　　　19830128/初版 <br />□　アメリカンルーレット　　　　藤原新也　　　　情報センター出版局　　　19901114/第1刷<br />□　画狂 北斎　　　　安田剛蔵　　　　有光書房　　　19710510/初版 <br />□　STONE DESIGN　　　　julio fajardodaab　　　　2007 <br />□　パウル・クレー おわらないアトリエ　　　　日本経済新聞社　　　　2011 <br />□　STARCK　　　　TASCHEN　　　　1987 <br />□　Inside-Out　　　　太田徹也　　　　Gallery561　　　020030711 <br />□　サヨナラ、民芸。こんにちは、民藝。　　　　里文出版　　　　20110202/初版 <br />□　ユートピアン・クラフツマン　　　　ライオネル・ラバーン　　　　晶文社　　　19851220/初版</p>
<p>みすず書房のマン・レイは、ポンピドゥ・センターでのマン・レイ展で刊行された写真集の日本語版。<br />猥褻物として税関で検閲を受け黒塗りされるという物議のあった本で、「読者各位」という、<br />その検閲問題の経緯を記した別冊資料が付属されていたり、ジャン＝ユベール・マルタンによる、<br />「一人のアメリカ人がパリに来て影のために絵画をやめる」というシブイタイトルの論考が、<br />併載されていたり、という興味深い一冊。<br />シックなブルーの函に入ったシンプルな装丁も秀逸。</p>
<p>パウル・クレーは、現在京都の国立近代美術館で開催されているクレー展の図録。</p>
<p>太田徹也『Inside-Out』も、ブックデザイン個展の図録だ。<br /><br /><strong>エッセイの類。</strong></p>
<p>□　2角形の詩論　　　　北園克衛　　　　リブロポート　　　19870810/初版<br />□　孤独の愉しみ方　　　　H.D.ソロー　　　　イースト・プレス　　　20101005/第1刷<br />□　雑文集 ネクタイの幅　　　　永井龍男　　　　講談社　　　19790320/第6刷 <br />□　本が語ってくれること　　　　吉田健一　　　　新潮社　　　19750110/初版 <br />□　旅行のしかた 内側からタマゴを割る　　　　室謙二　　　　晶文社　　　19750425/初版　 <br />□　どうでも良くないどうでもいいこと　　　　フラン・レボウィッツ　　　　晶文社　　　19870830/2刷 <br />□　不東庵日常　　　　細川護煕　　　　小学館　　　20040610/初版第1刷 <br />□　日々の100　　　　松浦弥太郎　　　　青山出版社　　　20090329/初版第1刷<br />□　いろいろ月記　　　　中林うい　　　　PHP研究所　　　20041105/第１版1刷 <br />□　芭蕉の誘惑　　　　嵐山光三郎　　　　JTB　　　　20001201/第3刷<br />□　眼の沈黙　　　　中村真一郎　　　　朝日出版社　　　　19860425/初版第2刷 <br />□　夢の引用　　　　武満徹　　　　岩波書店　　　19840329/第1刷 <br />□　橄欖（オリーブ）の小枝　　　　辻邦生　　　　中央公論社　　　19801130/初版 <br />□　感想　　　　小林秀雄　　　　新潮社　　　19790411/初版 <br />□　私は映画だ　　　　フェデリコ・フェリー二　　　　フィルムアート社　　　19851210/第9刷 <br />□　言葉という場所　　　　大岡信　　　　思潮社　　　19830125/初版<br />□　葉隠　HAGAKURE　　　　次呂久英樹／高野耕一　　　　ピエブックス　　　20091010/初版第1刷 <br />□　坂口安吾と中上健次　　　　柄谷行人　　　　太田出版　　　19960206/第1刷 <br />□　ANTI CAPITALISM AND CULTURE　　　　Jeremy Gilbert　　　　BERG　　　2008</p>
<p>ルソーの名言集『孤独の愉しみ方」は、原典を知るために、amazonでピンポイントで入手した本だが、<br />中身も濃くて大満足。こういう風に興味が広がっていくのは、とても面白い。</p>
<p>室謙二『旅行の仕方』は、京都の善行堂から。</p>
<p>北園克衛『2角形の詩論』は、逸品。</p>
<p>「北園克衛は『黒い火』をはじめ『真昼のレモン』『煙の直線』など23冊に及ぶ詩集で、<br />数々の抽象とノン・フィギュラティフのパタンを作り上げることに成功した詩人である。<br />その構想を定着させるために、彼は言語に形状と色彩と量感を与える実験をくり返した。<br />詩論集『天の手袋』『ハイブラウの噴水』『黄いろい楕円』それに『vou』誌などから<br />代表的エッセイを集録し、さらに唯一の鼎談記を加えた本格的な散文集である。」</p>
<p>と「BOOK」のデータベースにはあるが、なんといってもグラフィック・デザイナー戸田ツトムと、<br />ポエム・デザイナーともいえる北園克衛によるセッションワークによる造本が素晴らしい。</p>
<p>『ANTI CAPITALISM AND CULTURE』は、ゲバラのポートレイトがある表紙のジャケ買い。</p>
<p>吉田健一は、あれば必ず買う。<br /><br /><strong>あと、雑本を細々と。</strong></p>
<p>□　ダライ・ラマの仏教入門　　　　ダライラマ14世　　　　光文社　　　19950615/3刷 <br />□　日本の私塾　　　　奈良本辰也　　　　淡交社　　　19690812/初版 <br />□　日本の香り　　　　コロナブックス　　　　平凡社　　　20050924/初版第1刷<br />□　実存主義とは何か　　　　J.P.サルトル　　　　人文書院　　　19870525/改訂重版 <br />□　Wallpaper* &nbsp;City Guide STOCKHOLM　　　　PHAIDON <br />□　自分の学校をつくろう　　　　ジョナサン・コゾル　　　　晶文社　　　19870420/初版 <br />□　完訳 悪魔の辞典　　　　A・ビアス　　　　創土社　　　19740815/8版 <br />□　本屋さんの仕事 太陽レクチャー・ブック005　　　　平凡社　　　　20051110/初版1刷 <br />□　フォトグラファーの仕事 太陽レクチャー・ブック002　　　　平凡社　　　20040710/初版1刷<br /><br />本を買うのは、やっぱり愉しいな。<br /><br />*<br /><br /><a href="http://twitter.com/kotobanoie">twitter </a>発信中 。</p>
<p><a href="http://www.facebook.com/kotobanoie">facebook</a> も。</p>
<p>そして最近追加した「<a href="http://kotobanoie.com/book/listliterature-new.html">文藝 ― 小説・詩・エッセイ・評論などをランダムに</a>」のブックリスト。</p>
<p><a href="http://kotobanoie.com/">http://kotobanoie.com/</a> </p>
<div></div>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<style type="text/css">
   body { line-height: 180%; }
</style>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>rather, it makes visible</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kotobanoie.com/blog/2011/03/rather-it-makes-visible.html" />
    <id>tag:www.kotobanoie.com,2011:/blog//1.118</id>

    <published>2011-03-28T16:50:52Z</published>
    <updated>2011-03-28T17:32:02Z</updated>

    <summary> ピカソとマティスとクレーの絵のなかから好きなものをあげるといわれたら、ぼくなら...</summary>
    <author>
        <name>コトバノイエ</name>
        <uri>http://kotobanoie.com</uri>
    </author>
    
        <category term="art" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kotobanoie.com/blog/">
        <![CDATA[<form class="mt-enclosure mt-enclosure-image" mt:asset-id="216"><img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 20px; DISPLAY: block" class="mt-image-center" alt="redlamp.JPG" src="http://www.kotobanoie.com/blog/redlamp.JPG" width="700" height="403" /></form>
<p>ピカソとマティスとクレーの絵のなかから好きなものをあげるといわれたら、ぼくなら迷わず<br /><a href="http://www.youtube.com/watch?v=qlnBcaZEGb0&amp;feature=player_embedded#at=19">マティスの切り絵</a>&nbsp; "Jazz" を選ぶけれど、ひょっとしたら、クレーという人がいちばん多いん<br />じゃないか、という気がしないでもない。</p>
<p>明るくて優しい色彩、一見わかりやすいモチーフ、線を基調とするユーモラスなタッチ。<br />クレーがアブストラクトの画家として、格別の人気があるのはよく理解できる。<br /><br />冬とも春ともいえない肌寒いある日、京都でたくさんのパウル・クレーを観た。<br /><br /><strong>□　パウル・クレー展 ― おわらないアトリエ　　京都国立近代美術館　　　2011/03/12 - 5/15<br /><br /></strong>国立近代美術館での開催は初めてということで、モチーフや制作年代といったカタログ的な<br />ものではなく、手法 = 制作過程に焦点をあてるという、少しひねった切り口で構成されていて、<br />東京展（5/31 - 7/31）のキュレーターによれば、展示プランにも建築家を導入したということだ。<br /><br />構成は、6つの章からなる。</p>
<p>1　<a href="http://klee.exhn.jp/highlight/index.html">現在／進行形</a>　―　アトリエの中の作品たち<br />2　<a href="http://klee.exhn.jp/highlight/index02.html">写して／塗って／写して</a>　―　油彩転写の作品<br />3　<a href="http://klee.exhn.jp/highlight/index03.html">切って／回して／貼って</a>　―　切断・再構成の作品<br />4　<a href="http://klee.exhn.jp/highlight/index04.html">切って／分けて／貼って</a>　―　切断・分離の作品<br />5　<a href="http://klee.exhn.jp/highlight/index05.html">おもて／うら／おもて</a>　―　両面の作品<br />6　<a href="http://klee.exhn.jp/highlight/index06.html">過去／進行形</a>　―　"特別クラス"の作品たち<br /><br />個人的には、この凝ったスタイルではなく、もう少しシンプルな展示で見たかったというのが<br />正直なところだが、まあでも美術館で絵を観るのはいいもんだ。</p>
<p>石とガラスのシンメトリーな外観、広大な吹き抜け空間を持つロビー、構成主義的な大階段。<br />1986年に槇文彦さんが設計した美術館の、疎水に面した心地いいオープンテラスでコーヒー<br />を飲みながら、さっきまで観ていた、たくさんのクレーをふりかえる。<br /><br />パウル・クレーは、ぼくの中では長い間、画家ではなくバウハウスの人だった。<br />画家としてのクレーに目覚めたのは、恥ずかしながら、つい最近のことで、調べてみれば、<br />2-3年に一回は展覧会が開催されているようだけれど、じつは、意識してこの人の展覧会を<br />観るのはまったく初めての体験だったのだ。<br /><br />「芸術の本質は、見えるものをそのまま再現するのではなく、見えるようにすることである」<br />Art does not reproduce the visible; rather it makes visible.<br /><br />クレーの造形は、"アーティキュレーション（分節）" なんだというSeigowさんの話は、ちょっと<br />難しすぎてあまりよくわからないけれど、作品を眺めていると、彼の作品、その抽象性の質<br />が音楽にとても近いということはよくわかる。</p>
<p>コンポジション、そこに流れるメロディ、そしてなによりもそのリズム感。</p>
<p>様々な手法で描かれた彼の絵を、音楽のようなものと理解すれば、とてもナチュラルにその<br />魅力を感じとれるようになる。　たとえばアルバムに収められた一曲一曲のように。</p>
<p>そして音楽的な要素以上に心に響くのは、光＝色だ。</p>
<p>1914年のチュニジアへの旅で、色彩に目覚めたというクレー。</p>
<blockquote style="MARGIN-RIGHT: 0px" dir="ltr">
<p>色彩が私を捉えたのだ。もう手を伸ばして色彩を追い求めることはない。<br />色彩は私を永遠に捉えた。私にはそれがわかる。</p></blockquote>
<p>「見ようと思っても見えないが見えるようにすることができるもの」とは、海がないスイスという<br />国で生まれたアーティストが見た、北アフリカの鮮烈な太陽の光や、その陽光とともに刻々と<br />変化する地中海の色、そしてエキゾティックに奏でられるアラブの音楽の音色ではなかったか。<br /><br />クレーの天使に捧げた、谷川俊太郎さんの詩をひとつ。</p>
<p>希望に満ちた天使</p>
<p>のはらにもうみべにも<br />まちかどにもへやのなかにも<br />すきなものがあって</p>
<p>でもしぬほどすきなものは<br />どこもなくて</p>
<p>よるをてんしとねむった</p>
<p>やまにだかれたかった<br />そらにとけたかった<br />すなにすいこまれたかった<br />ひとのかたちをすてて</p>
<p>はだかのいのちのながれにそって</p>
<p>（クレーの天使／谷川俊太郎／講談社／20001012）　　　<br /><br />「この世では、ついに私は理解されない。<br />なぜならいまだ生を享けていないものたちのもとに、死者のもとに、私はいるのだから。<br />創造の魂に普通よりも近付いているからだ。だが、それほど近付いたわけでもあるまい。」<br />（ Paul Klee&nbsp; 1879-1940　墓碑銘 ）<br /><br />それにしても、1920-30年代の芸術シーンは、どうしてこうも豊かなんだろう。<br />社会学的な現象として、だれか研究している人はいないんだろうか。<br /><br />&nbsp;*</p>
<p><a href="http://twitter.com/kotobanoie">twitter</a> 発信中 。</p>
<p><a href="http://www.facebook.com/kotobanoie">facebook </a>も。</p>
<p>そしてなかなか追加できない、「<a href="http://kotobanoie.com/book/listarchitecture-new.html">建築と戯れる</a>」のブックリスト。</p>
<p><a href="http://kotobanoie.com/">http://kotobanoie.com/</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<style type="text/css">
   body { line-height: 180%; }
</style>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>20110311 : in memory of terrible disaster</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kotobanoie.com/blog/2011/03/20110311-in-memory-of-terrible.html" />
    <id>tag:www.kotobanoie.com,2011:/blog//1.117</id>

    <published>2011-03-16T13:48:10Z</published>
    <updated>2011-03-16T14:32:32Z</updated>

    <summary> 溢れる言葉。 3月11日14時46分から、twitterのタイムラインが一変し...</summary>
    <author>
        <name>コトバノイエ</name>
        <uri>http://kotobanoie.com</uri>
    </author>
    
        <category term="a day in life" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="東北大震災　　twitter" label="東北大震災　　twitter" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kotobanoie.com/blog/">
        <![CDATA[<form class="mt-enclosure mt-enclosure-image" mt:asset-id="215"><img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 20px; DISPLAY: block" class="mt-image-center" alt="sunset.JPG" src="http://www.kotobanoie.com/blog/sunset.JPG" width="700" height="401" /></form>
<p>溢れる言葉。</p>
<p>3月11日14時46分から、twitterのタイムラインが一変した。<br /><br />早朝から深夜まで垂れ流しで放映されるTVの映像からも眼を離すことができないが、<br />阪神大震災の時にはなかった、この twitterというネットワークに、ひたすら圧倒されている。</p>
<p>もちろんそれは玉石混交ではあるけれど、個や公を含めたありとあらゆる情報や想いが、<br />フィルターなしに刻々と発信し拡散されるこのコミュニケーションのスタイルは、<br />例によってセンセーショナルなことだけを報道し、本当に今必要な情報を発信してくれない<br />マスメディアと比べると、感動的でさえある。</p>
<p>そして例にもれず、ぼく自身も硬軟とりまぜて、さまざまにつぶやいている。<br />もちろんずっと頭の中を占めているのは、あの津波のシーンだ。</p>
<p>twitterは、言葉が消え去るメディアだから、今のこの気持ちを忘れないように、とりあえず<br />この5日間のつぶやきを残しておこうと考えた。<br /><br />調べてみて意外だったのは、3月11日は、まったくtweetしていなかったことだ。<br />記憶の中ではまったくそんな憶えはなかったが、その日はtwitterを始めてからの10ヶ月間で<br />たった9日しかない " つぶやかなかった " 日のうちの一日だった。</p>
<p>刻々と書き込まれる地震関連の膨大なtweet。<br />昨日までとまったく変わってしまっていたその雰囲気に戸惑っていたんだ、きっと。</p>
<p>ただ、MacBookのモニター画面で見た津波のシーンは衝撃的で、おそらくブログに残すために、<br />夜になってこんな文章を走り書きしていた。<br /><br /><strong>&lt;March 11, 2011&gt;</strong></p>
<p>つい2日前、冒頭に津波のシーンがある、そして<a href="http://www.youtube.com/watch?v=7n7F6SgRq2w">死をテーマにした映画</a>を観たところだっただけに、<br />中学生が果敢にも自分のiPhoneで実況しているという、NHKのミラーUST（そのときはTV以外で、<br />それしかリアルタイムな映像を見るすべがなかったのだ）に映しだされた、仙台の海辺の町が<br />津波に無惨に押し流される映像を見て、声を出すことも出来なかった。</p>
<p>映画みたいだ、というのがそのときの正直な気持ち。<br />と同時に、これは尋常ならざる災害だということを思い知らされた。<br />M8.8というスペックだけではピンときていなかったのだ。</p>
<p><br /><strong>&lt;March 12, 2011&gt;</strong></p>
<p>□　写真の力。 RT @mieuxxx アメリカの報道写真サイトboston.comに早速、宮城や<br />東京の写真あがってます。テレビやツイッターではわからない部分も鮮明かつ克明です。<br /><a href="http://goo.gl/QsgcT">http://goo.gl/QsgcT</a> #jishin<br />posted at 10:09:20</p>
<p>□　画像の力 ：【prayforjapan】世界から届いた日本への祈り <br /><a href="http://t.co/FcMGrCv">http://t.co/FcMGrCv</a><br />posted at 14:55:00</p>
<p>□　TLがこれだけ地震で埋まってしまうと、ついへそ曲がりな気持ちがおきてしまう。<br />普通でいることも大切なことなんじゃないかって。のめりこむのはかえって危険なこと<br />なんじゃないかって。<br />posted at 15:16:29</p>
<p>□　ユーモアとかリラックスって、やっぱりむつかしいですねえ。こういう時に試される。 <br />RT @kabuhaus ぼくもです。うかつなこと言えない雰囲気だけは避けたい。 <br />posted at 15:48:10</p>
<p>□あらゆる自粛に反対したい。自制はしても、どんなことも粛すべきではないと思うのだが。<br />posted at 23:42:37</p>
<p><br /><strong>&lt;March 13, 2011&gt;</strong></p>
<p>□　そうかな。 <br />RT @MasaKawaKAKA この中で、状況を理解している企業は「グリコ」だけだ！ <br />twitpic.com/48r1o9<br />posted at 00:08:32</p>
<p>□　上を向いて歩こう。<br />posted at 01:57:09</p>
<p>□　君が見た美しいものを、教えてあげよう。<br />posted at 01:57:54</p>
<p>□　花を。<br />posted at 01:58:57</p>
<p>□　星を。<br />posted at 01:59:51</p>
<p>□　青空を。<br />posted at 02:00:05</p>
<p>□　優しい言葉を。<br />posted at 02:01:34</p>
<p>□　新燃岳は大丈夫なのか？<br />posted at 02:43:31</p>
<p>□　鳥インフルで、飼っていた鳥を全部なくしちゃった人は大丈夫なのか？<br />posted at 02:46:34</p>
<p>□　今できることと、10年続けてできること。 そしてその個のアイデアを集約し、<br />的確に分散できるコア。<br />posted at 11:39:54</p>
<p>□　誰と、何処で？ <br />RT @kabuhaus ご親戚の方にお会いしました。<br />posted at 16:04:18</p>
<p>□　ああそれなら。奥さん方の姪っ子ですわ。ぼくは地元では凶状持ちなんで、<br />ドキッとするじゃないですか。。。 <br />RT @kabuhaus いや、木村工務店のオープンハウススタッフで。。。<br />posted at 16:16:31</p>
<p>□　アフガンにはDOPE MONEYがありますから。裏帳簿で。 <br />RT @nomoto_piropiro アフガニスタン•カンダハル州が義援金400万円て..<br />.かなり無理したんちゃう<br />posted at 20:01:00</p>
<p><br /><strong>&lt;March 14, 2011&gt;</strong></p>
<p>□　@shigeki_hattori 　BOOKチャリティの準備あります。支援ハブがオーガナイズ<br />できたらお知らせください。 That what I can do for them. <br />「集う・繋がる・広がる」<br />posted at 09:59:25</p>
<p>□　東京も被災しているのか？　東電パニックで。<br />posted at 10:31:58</p>
<p>□　@shigeki_hattori 木村家本舗からもチャリティのオファーあり。単独でやるのもいいけど、<br />ムーブメントとして集うことができればパワーが倍化するのではないかと思っています。　<br />you can count on us !!　<br />posted at 11:48:32</p>
<p>□　この子は鼻黒族ですねえ、肉球も同じですか？ <br />RT @mt_uematsu　小さく見えますが。。 <br /><a href="http://p.twipple.jp/fKndm">http://p.twipple.jp/fKndm</a><br />posted at 12:36:39</p>
<p>□　おめでとう、長く続くといいね。最後はキャラ勝負です。人間力を鍛えてください。<br />できればkotobanoieの本で。 <br />RT @jugemade 三重に進出!!<br />posted at 13:05:24</p>
<p>□　@jugemade 立ち読みでいいからね。<br />posted at 13:17:39</p>
<p>□　@jugemade 「さま」はやめてください。w<br />posted at 13:18:32</p>
<p>□　神戸の震災のときもそうだったけど、被災地の混乱・荒廃と、そうじゃない今ここの<br />この平和感とのギャップ。これを地球レベルで感じられるようにならないとダメなんだろうな。<br />imagine there's no country. it's easy if you try.<br />posted at 13:55:47</p>
<p>□　必要な電力を確保、という金科玉条にはなんとなく胡散臭い気配が漂っている。<br />posted at 17:16:17</p>
<p>□　「さん」をつけるのはやめてください。w 人間じゃないものにさん付けするの反対運動実施中。<br />RT @gfcafemoka　GLAN FABRIQUEでは、BOOKSコトバノイエさんのご協力により、<br />「百花の百本」の売上げの一部をチャリティいたします。皆さまのご協力をお願いいたします。<br />posted at 17:19:26</p>
<p>□　徳川家康は人間でも不要。 <br />RT @yabetatsuya ヨシミさんはOK。<br />RT @kotobanoie 「さん」をつけるのはやめてください。w <br />人間じゃないものにさん付けするの反対運動実施中。<br />posted at 17:38:45</p>
<p>□　馬場と呼び捨て。<br />RT @yabetatsuya ウンコさんをどうするかによるな。<br />RT @mhmh_ おいもさんもあめちゃんもだめですか？ <br />RT @yabetatsuya: ヨシミさんはOK。<br />RT @kotobanoie 人間じゃないものにさん付けするの反対運動実施中。<br />posted at 18:32:49</p>
<p>□　音楽の力　：　 " With a Little Help from My Friend " <br /><a href="http://www.youtube.com/watch?v=jBDF04fQKtQ">http://www.youtube.com/watch?v=jBDF04fQKtQ</a><br />posted at 18:39:59</p>
<p>□　ぼくは真っ先にブラックかな。なにしろ「迷ったときには、ヤバいほうへ」主義者で、<br />なおかつ「造反有理」信奉者ですから。ww <br />RT @mo_mo_mo_mo_ ぼくが悪い政治家や官僚なら、情報の出し入れと人の行動について、<br />有事という名目で実験と検証をしますねー。<br />posted at 18:53:59</p>
<p>□　建築史上でこれほど「建屋」という言葉が、注目を浴びたことがあっただろうか。<br />posted at 22:10:54</p>
<p>□　音楽の力　：　" smile please " <br /><a href="http://bit.ly/65Rw5">http://bit.ly/65Rw5</a><br />posted at 23:26:26</p>
<p>□　降着になったけど、このレースも凄かったですよね。<br /><a href="http://bit.ly/bIhisA">http://bit.ly/bIhisA</a> <br />RT @glassracetrack:その年のクラシックには、牡馬はナリタブライアン、<br />牝馬はチョウカイキャロルという最高に強い馬がいた。<br />それでも、ヒシアマゾンが負けるはずがないと思っていた。<br />posted at 23:42:24</p>
<p><br /><strong>&lt;March 15, 2011&gt;</strong></p>
<p>□　@glassracetrack ツナミという馬がいました。とても好きでした。<br />posted at 01:04:03</p>
<p>□　オープンには上がれなかったけど900万でずいぶん走ったと思います。<br />シンザン-パーソロンは日本競馬の一つの源流、しかも戸山-小島ラインです。<br />RT @glassracetrack: 知りませんでした。ずいぶん岡冨騎手と手が合ったようですね。<br />RT @kotobanoie ツナミという馬<br />posted at 01:55:52</p>
<p>□　「お知らせさせていただきます」は、すでに日本語ではない。<br />posted at 09:45:44</p>
<p>□　この際、自動販売機をすべて撤去したらどうですか、全国的に。<br />それだけで停電防げるんじゃないの。そもそも醜いでしょ、アレ。<br />posted at 10:08:21</p>
<p>□　余っている資材や既存の材料を活かした、「仮」を感じさせないような仮設住宅の提案を<br />建築家やハウスメーカーに提案していただきたいと思う。年単位の長期戦になるはずだから。<br />posted at 16:24:09</p>
<p>□　@white_lodge 仮設住宅のデザインを含めた仮設タウンのプランを、建築家の方にお願いしたく。<br />ムッシュ・コルビュジエばりに。「復興住宅と復興コミュニティ」<br />posted at 16:45:46</p>
<p>□　この期に及んで「買いだめ」とは。たぶんそんな気がなくて「念のため」の集積なんだろうけれど、<br />東京でのその行為は、遠くで見てると愚かしいとしか思えない。<br />posted at 18:24:39</p>
<p><br /><strong>&lt;March 16, 2011&gt;</strong></p>
<p>被災地を停電エリアに含め、しかもそのことは考えていなかったというコメントは、<br />どう考えても思慮がなさ過ぎる。<br />posted at 00:14:05</p>
<p>□　@nomoto_piropiro 少なくとも電源と配電は、別会社にすべきですよね。<br />今回はトラブルがないので、暴露されていませんが、ガス会社も似たようなもんです。<br />posted at 00:20:24</p>
<p>□　@nomoto_piropiro ところで、忙しくないんですか？ 毎日デカ文字だけど。<br />posted at 00:29:04</p>
<p>□　ヲヲ、写真のチカラを信じています。Good Luck ！！ <br />RT @nomoto_piropiro １９日から現地にいきますけどね<br />posted at 00:45:56</p>
<p>□　上からかけるっていうのは最終フェーズだよね。<br />posted at 00:47:35</p>
<p>人生幸朗の名人芸「松山千春長生きせーよ」ええわ。<br /><a href="http://bit.ly/2xIyG">http://bit.ly/2xIyG</a><br />posted at 00:57:42</p>
<p>□　雪が降ってきた。<br />posted at 21:21:48</p>
<p>□　あれ？ 気づいていなかったんですか？ 吝嗇とはいいませんけどね。<br />でもそれ、ただの生活態度で性格じゃないでしょ。合理的生活。<br />RT @yabetatsuya どうやらおれはふだん吝嗇で倹約な性格をしているらしい。<br />posted at 21:27:21</p>
<p>□　80%OFF/寿命8倍　コレで節電に一票。<br /><a href="http://bit.ly/fID1b5">http://bit.ly/fID1b5</a><br />posted at 21:50:14</p>
<p>□　音楽の力 ： " One Love " by Bob Marley <br /><a href="http://bit.ly/9dGWPb">http://bit.ly/9dGWPb</a> <br />Let's get together, and feel alright !<br />posted at 22:11:23</p>
<p><br />やっぱりちょっと照れくさいな。<br />独り言は、消え去るくらいでちょうどいいのかもしれない。</p>
<p><br />被災地の一日も早い復興を祈ります。</p>
<p><br />*</p>
<p><br />最近追加した、「<a href="http://kotobanoie.com/book/listart-new.html">絵画や写真についてのあれこれ</a>」のブックリスト。</p>
<p><a href="http://kotobanoie.com/">http://kotobanoie.com/</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<style type="text/css">
   body { line-height: 180%; }
</style>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>my heart is not in my mouth</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kotobanoie.com/blog/2011/02/my-heart-is-not-in-my-mouth.html" />
    <id>tag:www.kotobanoie.com,2011:/blog//1.116</id>

    <published>2011-02-26T14:45:19Z</published>
    <updated>2011-02-26T17:37:17Z</updated>

    <summary> まさかゴダールの新作が、この2011年に観られるなんて思わなかったな。 ジャン...</summary>
    <author>
        <name>コトバノイエ</name>
        <uri>http://kotobanoie.com</uri>
    </author>
    
        <category term="movie" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kotobanoie.com/blog/">
        <![CDATA[<form class="mt-enclosure mt-enclosure-image" mt:asset-id="214"><img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 20px; DISPLAY: block" class="mt-image-center" alt="sandball.JPG" src="http://www.kotobanoie.com/blog/sandball.JPG" width="700" height="413" /></form>
<p><br />まさかゴダールの新作が、この2011年に観られるなんて思わなかったな。</p>
<p>ジャン・ポール・ベルモンドもアンナ・カリーナも、それはカッコイイけれど、<br />ヌーヴェル・ヴァーグといえば、やはりこの人しかいない。<br /><br /><strong>■　ゴダール・ソシアリスム　 </strong><a href="http://www.filmsocialisme.com/"><strong>Film Socialisme</strong></a><strong>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; J.L.ゴダール　　　VEGA FILM&nbsp;&nbsp;&nbsp; 2010　　　　<br /><br /></strong>まず、Film Socialisme というタイトルに痺れる。</p>
<p>ゴダールがいう2010年の「ソシアリスム」とは、この作品の中でも語られているように、<br />政治システムとしての社会主義ではなく、「国家」というボーダーのない世界ということだ。</p>
<p>それは、この映画の舞台となる豪華客船ゴールデン・ウェブ号（これもまた象徴的な）が、<br />最初に寄港するエジプトや、カダフィのリビアで、まさに今起こっていることではないのかと、<br />この80歳になる生粋の映画監督の、シャープな世界観に震撼とさせられる。<br /><br />溢れでるような言葉の洪水。</p>
<p>装飾のない感性そのままの、スクリーンショット。</p>
<p>イメージと言葉のコラージュ。<br /><br />光はなぜある？　闇があるから<br />ALISSA<br />カッサンドラ　黙ってお聞きなさい<br />今や　悪い奴らが真剣だ<br />民主主義と悲劇はアテネで生まれた<br />砂漠を　想像してごらん<br />私は弟を愛している<br />太陽を襲ってやる　太陽が襲ってくるのなら<br />空間は死んでいく<br />伝染病は古来から大事件だ<br />自由は高くつく！<br />沈黙は金<br />言葉のあらゆるイメージを退避させること<br />私の心は　私の口の中にはない<br />BE 動詞を使うな<br />私たちは夜はたらく<br />幸福なヨーロッパを再び見ることなく・・・</p>
<p><br />映画は、ひとつのシンフォニーとして構成されていると、ゴダールは言っている。</p>
<p>第1楽章　＜こんな事ども　Des Choses comme ca　＞<br />第2楽章　＜どこへ行く、ヨーロッパ&nbsp; Notre Europe＞<br />第3楽章　＜われら人類 Nos Humanites＞</p>
<p>朦朧としながら観ていたので、シノプシスはほとんど覚えていないが、時々スクリーンに<br />立ち現れる美しい映像と、「お金は社会のもの」､「水と同じ？」に始まり、「BE動詞を使うな」、<br />さらに「私の心は　私の口の中にはない」、そしてエンディングの決定的な一撃にいたるまでの、<br />ゴダール的メッセージに、揺さぶられ続ける。<br /><br />交響楽というより、ランボオの詩のような映画だった、と家に戻り、反芻しながら思う。</p>
<p>―&nbsp; 見つかった、<br />―&nbsp; 何が？<br />―&nbsp; 永遠が、<br />―&nbsp; 海と溶け合う太陽が。</p>
<p>46年前の『気狂いピエロ』のエンディング・シーンの南仏の海が、この映画に続いているようだ。</p>
<p><br />ゴダールは、ROCKだ。</p>
<p>黒澤明は、晩年どんどん幼児化していったけれど、ゴダールは疾走し続けている。<br />考えてみれば、『勝手にしやがれ』を撮った彼は、まだ20代だったのだ。<br /><br />全編を通底して流れる葬送曲のようなパイプオルガンの音が頭から離れない。<br /><br />遺言状とは到底思えない。<br /><br />死ぬまで前衛。</p>
<p><br />*</p>
<p><br />晩冬の本買記。</p>
<p>面白い本も、つまらなかった本も、綺麗な本も、珍しい本も、楽しい本も、役に立つ本も、<br />シブイ本も、ロックな本も、パンクな本も、HIPな本も、難解な本も、お茶目な本も、<br />呑気な本も、せっぱつまった本も、ほんとうにいろんな本があって、そんな本のことを<br />少しでも書きたいのは山々ではあるけれど、カレンダーをかえりみれば、今日すでに26日。</p>
<p>「逃げる」といわれる2月も、考えてみればあと2日しか残されていないわけで、<br />しかも明日27日は、土屋さんのところでの宴会、明けて月曜日は「百花の百本」の<br />月一回のメンテナンスと、すでに予定が埋まっており、なんとしても月に2本はアップ<br />したいというこのブログの本願を成就するためには、この原稿は今日中に書き上げて<br />しまわないといけないという、重大な局面に陥り。</p>
<p>前回のブログを書き上げた日が浅かったので、今月こそはと、もう何日も前から書き<br />始めていた原稿は、ムッシュ・ゴダールのおかげで前面改題を余儀なくさせられ、<br />けっきょく日程は先月と重なり、しかもあと2日。</p>
<p>そんなわけで、この本買記、タイトルの羅列のみという不始末御免。</p>
<p>目ぼしいところを拾い上げて、数えてみればちょうど50冊。<br />こうやってそのリストを眺めてみると、あたりまえのことながら、読んでみたい本ばかりで、<br />きっといつかこのうちの何冊かについて、語る機会ががあるんじゃないかと思います。</p>
<p>たとえば、内田百閒の『波のうねうね』という粋な随筆集のことやJoel Joel Meyerowitzs の<br />&nbsp;『Wild Flower』という写真集の入手の顛末、池澤夏樹がセレクトした文学全集のこと、<br />そして最近ちょっと嵌っている『創造の小径』という70年代の新潮社の叢書のことなんか。</p>
<p>HPへの掲載も、早くやりたいし。</p>
<p><br />□　草庵茶室の美学　　　　　古田紹欽　　　　雪華社　　19670325/初版<br />□　茶の本　　　　　岡倉天心　　　　淡交社　　　19941027/初版<br />□　茶室の材料と構法　　　　　北尾春道　　　　彰国社　　　19670710/第1版第1刷</p>
<p>□　隠れた秩序　　　　　芦原義信　　　　中央公論社　　　19860320/初版<br />□　小さな家の気づき　　　　　塚本由晴　　　　王国社　　　20070315/3刷<br />□　建築家の言葉　　　　　エクスナレッジ　　　　20101028/初版第1刷<br />□　MOD EAST　　　　　コモエスタ八重樫　　　　TOTO出版　　　20040420/初版第1刷<br />□　住宅巡礼　　　　　中村好文　　　　新潮社　　　20000225/初版</p>
<p>□　エリック・サティ　　　　　ジャン・コクトー　　　　深夜叢書社　　　19861210/新版第5刷<br />□　ダダ　芸術と反芸術　　　　　ハンス・リヒター　　　　美術出版社　　　19770720/第10刷<br />□　これはパイプではない　　　　　ミシェル・フーコー　　　　哲学書房　　　19860425/初版<br />□　悲しき熱帯　上・下　　　　　レヴィ・ストロース　　　　中央公論社　　　19810410/4刷</p>
<p>□　贋作吾輩は猫である　　　　　内田百閒　　　　六興出版　　　19830430/5刷<br />□　波のうねうね　　　　　内田百閒　　　　新潮社　　　19640831/初版<br />□　麗らかや　　　　　内田百閒　　　　三笠書房　　　19680131/第1版<br />□　日没閉門　　　　　内田百閒　　　　新潮社　　　19710630/2刷</p>
<p>□　ポール・ランド、デザインの授業　　　　　マイケル・クローガー　　　BNN新社　　2008100/初版<br />□　デザインの輪郭　　　　　深澤直人　　　　ＴＯＴＯ出版　　　20060101/初版第2刷<br />□　和力　日本を象る　　　　　松田行正　　　　NTT出版　　　20080428/初版第2刷<br />□　スモール・アンド・ビューティフル　　　　慶應義塾大学DMF　　　いちい書房　　　20050927/第1版第1刷<br />□　倉俣史朗とエットレ・ソットサス　　21_21DesignSight展覧会ブック　　　ADP　　　20101203/初版第1刷<br />□　ページと力　　　　　鈴木一誌　　　　青土社　　　20070220/第2刷</p>
<p>□　一人の男が飛行機から飛び降りる　　　　　バリー・ユアグロー　　　　新潮社　　19980310/9刷<br />□　TIMBUKTU　　　　　Paul Auster　　　　Faber &amp; faver　　　1999<br />□　アフリカの日々／やし酒飲み　　池澤夏樹-世界文学全集　　　河出書房新社　　20080630/初版<br />□　優雅な生活が最高の復讐である　　　　　カルヴィン・トムキンズ　　　リブロポート　　1984</p>
<p>□　Satori in Paris　　　　　Jack Kerouac　　　　Grove Press　　1966/2nd<br />□　ON THE ROAD　　　　　Jack Kerouac　　　Viking Press　　　196912/12th</p>
<p>□　ハリウッドのある一日　　　　　　高野育郎　　　　PARCO出版　　　19900717/初版<br />□　Wild Flowers　　　　　Joel Meyerowitzs　　　　New York Grphic Society Books　　1983<br />□　写真の力　　　　　飯沢耕太郎　　　　白水社　　19950125/初版<br />□　ふたりのあいだ　　　　エリオット・アーウィット　　　マグナム・フォト東京支社　　　19940625/初版第1刷</p>
<p>□　想像力の散歩　創造の小径　　　　　ジャック・プレヴェール　　　新潮社　　19770930/初版<br />□　マヤの三つの太陽　創造の小径　　　　　M,A.アストゥリアス　　　　新潮社　　19790330/2刷<br />□　イカロスの墜落　創造の小径　　　　　パブロ・ピカソ　　　　新潮社　　19740910/初版<br />□　冒頭の一句または小説の誕生　創造の小径　　　　　ルイ・アラゴン　　　　新潮社　　19750710/初版</p>
<p>□　アルゼンチンババア　　　　　よしもとばなな　　　　ロッキングオン　　　20021225/初版<br />□　ボーイフレンド物語　　　　　富岡多恵子　　　　講談社　　　19750220/初版</p>
<p>□　旅する巨人　宮本常一と澁澤敬三　　　　　佐野真一　　　　文藝春秋　　　19970425/第3刷<br />□　ハッセルブラッド紀行　　　　　田中長徳　　　　エイ出版　　　20061130/第一版第1刷<br />□　じつは、わたくしこういうものです　　　　クラフト・エヴィング商會　　　平凡社　　　20020214/初版第1刷<br />□　ナンセンスの練習　　　　　草森紳一　　　　晶文社　　　19711130/初版<br />□　骨董夜話　　　　　白洲正子他　　　　平凡社　　　19750721/初版第2刷<br />□　土屋耕一のガラクタ箱　　　　　土屋耕一　　　　誠文堂新光社　　　19750131/初版&nbsp;<br />□　焼物雑記　　　　　井伏鱒二　　　　文化出版局　　　19850120/1刷<br />□　森を読む種子の翼に乗って　　　　　ヘンリー・D・ソロー　　　宝島社　　　19950425/2刷<br />□　舌鼓ところどころ　　　　　吉田健一　　　　ゆまにて出版　　　19770531/第4版<br />□　質問　　　　　田中未知　　　　アスペクト　　　20000718/第1版第1刷<br />□　不良読本　小説現代特別編集　　　　　矢作俊彦／浅田次郎　　　　講談社　　　20080327/第1刷<br />□　バスにのって　　　　　田中小実昌　　　　　青土社　　　20000320/第2刷　　<br /><br />&nbsp;*<br /><br />&nbsp;<a href="http://twitter.com/kotobanoie">Twitter</a> 発信中 。</p>
<p>最近追加した、「<a href="http://kotobanoie.com/book/listart-new.html">絵画や写真についてのあれこれ</a>」のブックリスト。</p>
<p><a href="http://kotobanoie.com/">http://kotobanoie.com/</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<style type="text/css">
   body { line-height: 180%; }
</style>]]>
        
    </content>
</entry>

</feed>

