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ジョブスのkeynoteを見て、柄にもなく「本の未来」のことを想う。

Apple や Amazon は、本の、ひとつひとつ独自にデザインされたパッケージは不要になる、
音楽がそうであったように、共生という形態がしばらくは続くとしても、世の中のマジョリティが、
やがて「読むもの」というコンテンツに、パッケージがなくてもかまわないと考えるようになる
ということに、確信を持っているようだ。

そして、そういうコンテンツの新しいパッケージが Kindle や iPad であり、ジョブスの眼は、
それをデフォルト・プラットフォームにするための、( iTunes のような)キラーアプリに向けら
れているように見える。

単純にその情報だけが必要とされるものであれば、パッケージに固執する理由はないはず
だから(たとえば辞書や辞典は、ひょっとして新聞も、すでにそうなっている)、世の中の大半
の書物がデジタル化されることになっても不思議はないけれど、それほど楽に、その変化が
進むとは思えない。

本は立体なんだ。

一冊の本は、表紙や版型や紙質や文字組みといったデザインプロセスを経て、ひとつの
オブジェクトとして記憶される。
さらにそれは、手触りや匂いあるいは佇まいといった、「眼」ではない感覚にさえおよぶ。

本が他の情報媒体と決定的に違うのは、その立体がそのままコンテンツであることだ。

たとえば音楽のメディアは、それだけでは機能しない。
CDなら、そのCDをプレイヤーに入れければその音を聴くことはできないし、iTunes から
ダウンロードしたデジタル音源は、 iPod のようなデジタル再生機がなければ音にならない。

しかもその音のクオリティは、その output によって、劇的に変わる。
たとえ音源が同じでも、JBLで聴くマイルスと、イヤホンで聴くマイルスとでは、まったく違う。

ところが本は、時や場所を問わず、そのまま本として読まれ、しかもどんな状況でもそこに
記録された情報の質が変わることはない。 だから本は、本であることがすべてで、内容と
形態が一体化した、" unchangeable " なオブジェクトだといえるんじゃないだろうか。

そしてそれは、これまでそうだったように、たぶん、ずっと変わらない。

" Books are not just for reading "

そんなタイトルをつけた少し前のエントリーで、こんな風に書いていた。

本というものをただの情報源と考えてしまうと、読むことと読まないことの間に情報的な優劣が
ついてしまう。でも本を読んで得ることと、そのことで失うこと、本の before - after は(それは
本に限ったことじゃないのかもしれないけれど)、実は常にゼロバランスで、読んでしまったこと
でその内容にスポイルされてしまったり、費やした時間がもったいないと感じる本はいくらでも
あるし、そもそもただ読んだだけで、その本をちゃんと理解しているかどうかなんて誰にもわからない。

橋本治が、読んだことのない本のことを、読んだ人以上に知っていたというのは有名な話だし。
また長嶋茂雄がある作家に言った「読まなくてもわかります、いいに決まってます」というコトバ。

そう考えれば、「読むこと」と「読まない」ことに、それほど差異はない。

本の存在を感じること。

本がそこに在ればいいんだ。

本は眺めることもできるし、触ることもできる、その佇まいだけで感動することだってある。
そしてなによりも、「読書と引き換えに何も求めない」ってことが大切なんだと思う。
何も求めなければ、得られるものはたくさんある。


デジタルブックとは別の世界の話、なんの根拠もない盲目的な確信。
 

iPadが、キャズムを超えられるかどうかは、ジョブスをもってしても微妙なところじゃないかな。


とにかくまずは、風呂で読めないと話にならない。

*

one coin / one note が終わって、ゆっくりと本買いができる日が戻った。
頭の片隅に「売れるかも」のない、のんびりとした本屋での時間は、やっぱり愉しい。

知らない間に買い癖がついているようで、ペースが戻るまで少し時間がかかりそうだ。


□ 明るい部屋   ロラン・バルト    みすず書房   19850620/初版  ¥3,000

ソンタグの「写真論」とならぶアカデミックな写真論の双璧。

現象学からのアプローチなので、チラ見だと難解としか思えないが、彼が難しいラテン語を
駆使して、われわれに伝えようとしている写真論の本質は、「人を感動させる写真というのは、
撮影者の意図的な表現を超えたところに存在する」という、一種のイメージ論だと思う。

第一章では、写真というものの根源的な要素/概念が、ふたつのラテン語を軸に語られている。

ストゥディウム(一般的関心)、そしてプンクトゥム(突き刺すもの)。

ごく普通には単一のものである写真の空間のなかで、ときおり(といっても、残念ながら、めったに
ないが)、ある<細部>が、私を引きつける。その細部が存在するだけで、私の読み取りは一変し、
現に眺めている写真が、新しい写真となって、私の目にはより高い価値をおびて見えるような気が
する。そうした<細部>がプンクトゥム(私を突き刺すもの)なのである。

この文章だけではすんなりと理解できないが、口絵のナダールの水兵の写真を差して、「私にとって
は、プンクトゥムは、もう一人の見習い水夫の腕組みである」といわれれば、とてもよくわかる。

ストゥディウムは、square 、プンクトゥムは hip と勝手に解釈したが、それではちょっと浅薄か。


第2章では、亡き母の写真に触発されて見いだされた、一つのテーゼが投げ出されている。

写真のノエマは、<それは=かつて=あった>、あるいは「手に負えないもの」であるだろう。

自伝的な告白とともに<それは=かつて=あった>が論じられているが、まずこの「ノエマ」という
現象学の概念を理解するのに一苦労する。

わかってみれば、なんだそうなのかということも多いけれど、アカデミックはやはりちょっと難しい。


 オン・ザ・ボーダー    中上健次ほか    トレヴィル   19860625/初版  ¥600

中上健次は無頼の人とされているけれど、エッセイや小説の文章をよく読んでみると、この人が
かなり繊細な美意識を持っていた人だということがわかる。

誠実なことと、無頼は、相反する概念ではないのだ。

この本は、バブル直前の時代、80年代半ばのトップランナーたちとの対談集。

坂本龍一/村上春樹/栗本慎一郎/ビートたけし

前代未聞唯一無二ともいえる中上健次と村上春樹(3歳下)との対談がハイライト。
これだけでも一読の価値がある。

村上春樹のデビューが遅かったせいか、なんとなく同時代という印象がないけれど、中上健二は
国分寺にあったハルキのジャズバー、「ピーター・キャット」には、しばしば通っていたらしいから、
「枯木灘」と「岬」に影響を受けた、とか日本人は村上龍と中上健次しか読まない、というハルキの
言も、まんざらお世辞ではないのかもしれない。
ホントのところは、ちょっとビビッたのかもしれないが。

アメリカ小説では、二人とも声をそろえてアーヴィングを挙げているのがいかにも 80'S なところ。


□ 梨のつぶて    丸谷才一    晶文社    19780228/五刷  ¥600

丸谷才一の最初の評論集が晶文社からだとは知らなかった。
初版が1966年だから、42歳の時のものである。

なにげなく買った本だけど、こういうのはちょっとウレシイ、晶文社だし。

日本語を一生懸命考えているオヂサン。
日本で「文学賞」と名のつくものは、はとんど受賞しているんじゃないだろうか。

「なしのつぶて」の「なし」が「梨」だとは知らなかった。「梨」は「無し」のシャレらしい。
「梨のつぶて」と書かれると、ちょっと新鮮。


□ NHK 美の壺 クラシックカメラ   NHK出版     20100125/第1刷   ¥700

NHKのTV番組を本にしたもの。

とにかくカメラという物体には魅かれる、それがクラシックならなおさら。
それがどうしてこれほど魅惑的なのかよくわからないが、間違いなくそれは、写真や写真を撮る
ということとは全く別の話だ。

カメラ、腕時計、オーディオ、ペン、こういうメカニカルな gadget は、男の永遠のおもちゃなのだ。

家電なんていうのは女子供の趣味にすぎない。


□ SUMUS 13 <まるごと一冊晶文社>   スムース/みずのわ出版   20100228/初版

こんなことをやってしまっている身とすれば、新刊でもこの本(雑誌?)は買わざるを得ない。

関係者のはしゃぎぶりがやや過剰ではないかと思わないでもないが、内容は充実している。

巻末の、「晶文社図書目録 1973・5」は圧巻である。

たぶん10年後にはカルトな古書になっているだろう。


□ 陶芸の釉薬    大西政太郎    理工学社   19781025/第8版  ¥2,500

<再録> 当店ベストセラーの一冊

たぶん実際に焼きものをやったことがある人しかわからないだろうけれど、
釉薬は魔法そのものなんだ。

ただの灰や金属の泥漿が、炎をくぐり抜けることで宝石に変わる。
はじめてこの魔法に出合った原始の人の驚きはどんなものだったか。

炎の不思議を人の手でコントロールすることは不可能だし、それこそが焼きものの奥深さだけれど、
自分がもっているイメージに限りなく近づけることはできる。

釉薬の本として古典といわれているこの本はその教科書。
原理と基礎から応用と発展まで、プロアマ問わず必携の一冊じゃないかと思います。

専門書なので、「読む」本ではないのですが。


その他、気ままにこんな本たちを。
どの本も、デジタルではあり得ません、でもないか。

□ したくないことはしない 植草甚一の青春  津野海太郎  新潮社  20091030/初版  ¥1,850

□ 芸術としてのデザイン   ブルーノ・ムナーリ    ダヴィッド社   19970331/8版  ¥900

□ 能 能への招待    高岡一弥他    ピエブックス   20100120/初版第1刷 ¥2,500

□ ニワトリ 十二支第10番 酉   高岡一弥   ピエブックス   20041224/初版第1刷  ¥3,400

□ Saliba     Elias Hanna Saliba  Lars Muller      20060421     ¥2,800

□ そのほかに    谷川俊太郎    集英社   19840815  ¥500

□ がんじす河のまさごよりあまたおはする仏たち  稲垣足穂  第三文明社  19751030/初版  ¥2,000

□ Petits Plats  entre amis   Trishb  Deseine marabout    2001    ¥3,000

□ 旅の半空    森本哲郎    新潮社    19971030/3刷    ¥600

□ とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起    伊藤比呂美    講談社   20070822/第2刷  ¥1,100

□ 風に毒舌    唐十郎    毎日新聞社    19791215/初版  ¥900

□ 民芸 日本の美術 別巻  村岡景夫・岡村吉右衛門  平凡社  19720731/初版第3刷  ¥700

□ 中世の秋     J・ホイジンガ    中央公論社     19810215/11版    ¥700

*

" Unconcerned But Not Indifferent "

マン・レイの墓碑には、この言葉が刻まれているそうだ。

「無頓着だけど、気にしてないわけじゃない」

ユーモアさえ感じるこのイカした墓碑銘をサブタイトルにしたマン・レイ展が、この夏から秋にかけて、
東京の国立新美術館と大阪の国立国際美術館を巡回するそうだ。

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この前のエントリーで、「映画は映画館でしか見なくなった」と書いたが、実はそれはウソである。
というか、ちょっと言葉が足りなかった。

それはレンタルのDVD/VIDEOを見なくなったという意味で(2年間ほど毎日必ず一本見ることを
自分に課していた時期があったのです)、テレビ番組の映画は、けっこう見ている。
とくに深夜、ノーカット・字幕で放映される、NHK BS2 の衛星映画劇場は、新聞を必ずチェック
していて、面白そうなものがあれば、HDに録画する。

去年の5月に放映された、「彼女を見ればわかること(Things You Can Tell Just by Looking at Her)」
なんていう、ガルシア・マルケスの息子が撮ったオムニバスは、しみじみ良かった。

で、この前も一本そんな風に「 In Her Shoes 」という佳作を録画したのだが、次の日見てみると、
前に見たことがあったことに気づいた、それも同じBS2で。
あきれたことに、本だけじゃなく映画もダブってしまったのだ。

あんまり口惜しいので、ダブりのパターンを研究してみた。
まあ要は忘れているということなんだけど、ことはそれほど単純ではなく、ダブり買い、同じものを
買ってしまうということにはいろんなパターンがあったのだった。


■ ど忘れダブり

なんとなくつい重ねて買ってしまう本がある。

すでに持っていることが完全に頭の中からトんでしまっていて、家に帰っていい本を買ったと悦に
入って本棚を眺めると、同じ本がそこにすました顔をして並んでいるのを発見して愕然とするという、
まあダブりの中でも典型的なパターンだけれど、これがいちばんダメージが大きい。
とにかく自分のバカさ加減に腹が立ってくるのだ。

→ さらに、ああでもなくこうでもなく   橋本治   マドラ出版  20010210/第1刷

この本は、橋本治が広告批評に連載していたクロニクル「ああでもなくこうでもなく」が単行本化
されたもので、赤・白・青・黄・黒・オレンジの鮮やかなジャケットに包まれたこのシリーズのどの
巻を見ても、そのたびに買ってしまいそうになっていたことがある。
(何回かダブりを繰り返したあと、今はなんとか治まっている)

橋本治は常時観測している作家なので、古書店にまだ持っていない(と思っている)彼の本が
あると必ず手には取るのだが、棚から抜いたその時点でもう魔が差しているということなのだ。

魅入られてしまいそうな本が他にもまだいくつかある、下手をするとトリプる。


■ 思いこみダブり

これはちょっと欲がからんでいる。

買ったのははっきり覚えているが、売れてしまったと思いこんで、リピートのつもりでダブり買い
するというトホホなパターンである。

→ シュルレアリスムのために   瀧口修造   せりか書房  19741115/4版

どうしてこんなことが起こってしまうのか、よくわからない。
そんなに大量の本を売っているわけじゃないし、ひとりでやっていることだから、売れた本という
のはたいてい把握しているつもりなんだけれど、これはこないだ売れたはずだ、という幻覚に
とらわれてしまう本がある。

ちょっと考えてみたら、いくつか理由らしきものが浮かんできた。

1 似たようなタイトルの本と間違えている。
2 同じ作者の別の本と間違えている。
3 値を付けた時点で売れた気になってしまっている。
4 受注から発送までの作業を散漫にやっている。
5 売れた本リストの作成がいつも遅れる。
6 単純にバカ。

いっそリピート買いというのを潔くやめてしまおうとも思ったりするのだが、いい思いをした記憶
というのは、なかなか捨てきれるものではないわけで、そんな本が古書店にならんでいると、
つい欲がでて、レジに運んでしまうのだ。

実はホントに困るのはこれと逆のパターンで、あると思っていたら売れてしまっていたというケース。
本を受注して明日発送しますなんていうメールを返信したあと、その本がないことに気づいた時は、
首筋が寒くなり、青ざめる。

こういうのはシャレでは済まない。


■ やむなくダブり

これは、全集や叢書を揃えるときにたまにある。

たとえば全8巻の叢書がある。
そのうちの5巻は少しずつ揃えて本棚にすでにある。ある日いっそ揃えてしまいたいなあと、ふと
思って探し始めると、アマゾンのマーケットプレイスに安くでている。一瞬これはしめたと喜ぶが、
よく見るとそれはすでに持っている第2巻と持っていない第3巻、第4巻の抱き合わせで売られて
いて、価格も3冊と考えると買い得感は高いが、2冊と考えると微妙。一瞬、よく考えたほうが、
という声がきこえるが、気持ちはもうすでに揃える気満々になっているので、まあダブったヤツは
端本として売ってしまおう、なんてイージーに考えて、ついクリック。

そんなパターンだ。

→ 日本の工芸6 ガラス   勅使河原蒼風他   淡交社  19660810/初版
→ 日本の伝統8    民俗芸能   池田弥三郎・フランク・ホッフ   淡交新社  19680510/初版

わかってやっていることだから、失敗感がないのが救いだが、端本がそんなに簡単に売れるわけ
もなく、その巻だけがいつまでもダブっている中途半端な「揃い」を見ていると、あまり気分のいい
もんじゃなく、いっそ燃やしてしもたろか、などという過激な衝動をなかなか抑えることができない。

別にそんなにあわてて揃える理由なんてどこにもないはずなのに。


■ 知りつつダブり

捨てておけない、義侠のダブり買い。

好きな人たちの本が均一棚に入っていると、ちょっとかわいそうになって、買わずにいられない。
おまえは、そんなとこにいる奴じゃないよな、なんて。

小林信彦の諸著作がその代表。

植草甚一はこの人と同系列じゃないかと思うんだけれど、古本業界ではカルトな人気があって、
どんな本にもそれなりの値がついていて、それがまたちょっと口惜しかったりするのだ。

まんまと本屋の作戦にのせられてるなあ、という気がしないでもないが、仕方ない。
偏愛とはそういうものだ。


■ 安い!ダブり。

自分が買ったときよりとんでもなく安く売られている本を見つけたとき、それには抗えない。

→ THE BOB DYLAN SCRAPBOOK   BOB DYLAN   SIMON & SCHUSTER  20050913/初版

まず最初の本を買った時は、その価格はその本の価値に見合う、つまりリーズナブルだと思って
買っているわけだから、たとえば4000円で買った同じものが、1800円ででていたら、買わないと
しょうがないでしょ。

もちろん売る時のことを考えて、市場からその超安値の本を駆逐しておくという深謀(?)もある。

よく考えると、ただ単にその本の適正価格を知らないだけ、という気がしないでもない。


■ あせりダブり

全集や全著作を一冊ずつ集めていると、どの巻を持っていないのかがわからなくなることがある。

古本は一期一会だから、これを買い逃すともう会えないんじゃないかと思うと、居ても立っても
いられなくなり、ダブってるかもと思いながら買ったら、やっぱりそうだったというパターン。
混乱の極み、である。

もちろんそれが功を奏することがなくはないが、あきらかにダブることのほうが多い。

→ 金属人類学入門   赤瀬川原平   日本カメラ社  19981201/3刷
→ ひと夏の冒険 シリーズ・ザ・スポーツノンフィクション 3   ロジャー・カーン  東京書籍  19880805/第1刷

one coin / one note にやってきた清張ファンのおばあさんのように、リストアップして、買った
ものを消去していくということをすれば、この問題は起こらないのはわかっているけれど、(この
おばあさんは、そのリストにダブりがありましたが)、収集の対象がいくつもあるし、それを持ち
歩いて書店で広げるというのも、あまりゾッとしない。

どうもこれは憶える努力をするしかなさそうだ、あるいは店頭では買わないとか。


■ いいものダブり

それほどよくあるパターンではないけれど、ヴィジュアル系の本でたまに。

それがすごく気に入っている本で、自分が今持っているものよりいい状態のものを見つけ、
しかもそれが前に買った時より安かったりしたら、やはり買わずにはおれない。

→ 対極  桃山の美   倉沢行洋   淡交社  20000413/増補再版

ただ、キレイなものや新しいものがいいと限らないのが、古本の難しいところで、中にはヤレが
あっても、版や刷によって、キレイなほうより値打ちがあったりすることもあるから、ヤヤコシイ。


どちらにしても、ダブり買いはどれも、「これは安い」と思うことがその発端である。
だから、ひとことで言えば、どれもがつまらない欲望の産物なのだ。

同じ本が2冊あるわけだから、そのうちの一冊をなんとか売ってやろうとするのだが、そういう
邪心がある時は、必ずと言っていいほど思うようにいかない。
だからといって、いい本だと思って買っているんだから、投げ売りするのも気が進まない。
雪隠詰めのようなこの結末。

人から見ると、ただあきれるしかないような話かもしれないけれど、好きでやってることだけに、
ただただ困ったもんだとしかいいようがない。

イヤハヤ。


*


年明けの本買い。
いい本も何冊かあったけれど、全般には低調、きっと流通量が減っているんだろうな。
そういう時は、ネットでピンポイント買いなのだ。

■ On Reading    Andre Kertesz   PENGUIN BOOKS  19821028

ブダペスト生まれの写真家アンドレ・ケルテス(1894 - 1985 )

この写真集は、希代のライカ使いが撮った「読む」人たちのスナップ。
川辺で、芝生の上で、カフェで、書店の棚の前で、電車シートで、梯子の上で、窓際で、屋上で、
教会で、なにかを読んでいる人たちの姿が、まるで映画のワンシーンのように収められている。
この緻密に計算された構図のモノクロ写真を見ていると、本を読むということが、いかに平和で
穏やかなことかが、よくわかる。

このPENGUIN版は、わずか64ページの小冊子のようなぺらぺらの写真集だけど、本が好きな
人にとっては、珠玉のような一冊だ。

「読む」というのは美しい行為なんだ。

■ アンリ・カルティエ=ブレッソン自選コレクション  大阪芸術大学   20060310/第1刷

再々入荷。

前にも書いたが、大阪芸術大学には世界に4セットしかないブレッソン自選の写真コレクションが
所蔵されていて、この本にはその411点すべてが掲載されているということだから、この本はある
意味究極のブレッソン本といいってもいいんじゃないかと思う。

ブレッソンの「決定的瞬間」の構成力のスゴさについては、アーネスト・サトウさんが、芸術新潮の
1996年3月号で見事に解説(実際は弟子であった森村泰昌の代演)していたが、彼の美意識は、
同時代の、マチスやコルビュジェやモンドリアンと通底している。キーワードは 「モダニズム」だ。

コトバノイエのベストセラーの一冊、あれば必ず買う、ダブっても。

■ たのしい写真    よいこのための写真教室    ホンマタカシ    平凡社      20090601/初版第1刷  

写真が続く。

タイトルは軽いが(このポップ感がこの人の持ち味なんだろうけど)、写真論としては素晴らしい。

Photograph は「写真」じゃない。<真を写す>だけじゃない、というテーゼ。
そして、モダニズムの写真は、「決定的瞬間」から「ニューカラー」へと流れてきたという歴史認識。

どちらもこの人の卓見だ。

そしてやさしい言葉でそれを講義できるところが、在学中にライト・パブリシティに入社したという、
この気鋭のフォトグラファーの頭の良さを表している。

もし仮に真実と嘘があったとしたら、写真はそのどちらにもなり得るもの、あるいはそのふたつの
間を行ったり来たりするものです。ある時はファインアート、ある時は雑誌のグラビア、ある時は
広告、またある時はプリクラだったり、ファミレスのメニューだったり。実際写真はボクたちのまわりの
至るところに存在します。だからこそ今日的。それが写真のたのしさだとボクは思うのです。

この写真論が「アフォーダンス」の概念に触発された、というのはいかにも今日的だ。

■ 雑誌をデザインする人と現場とセンスの秘密   藤本やすし   ピエ・ブックス  20061111/初版第1刷

デザインチームCAPのアートディレクターが、タイトルどおり、戦後の代表的なグラフィック・コンシャスな
雑誌とそのエディトリアル・デザイナーを取材したフルカラーの大型本。

暮しの手帖  / 花森安治
太陽  / 多川精一
PLAYBOY  / 田名網敬一
NOW  / 江島任
anan  / 堀内誠一
宝島( Wonder Land )  / 平野甲賀
花椿  / 仲條正義
POPEYE  / 新谷雅弘
MORE  / 松永真
写楽  / 長友啓典
SWITCH  / 坂川栄治
Esquire 日本版  / 木村裕治
03 TOKYO Calling  / 駿東宏
CUT  / 中島英樹
i - D JAPAN  / タイクーングラフィックス
WIRED 日本版  / 佐藤直樹
ku:nel  / 有山達也
BOX  /  ダイヤモンド社
季刊 銀花  / 文化出版局 (最近廃刊のアナウンスメントがあった)

この錚々たるデザイナーたちへのインタビューと、それぞれの雑誌の誌面の画像が、ふんだんに
掲載されていて、エディトリアル・デザインに携わる人への贈り物のような本じゃないかと思う。

one coin / one note のロゴをデザインしてくれたYくんに是非見てもらいたい。


□ 乾山   バーナード・リーチ   東京美術  19671020/初版

□ わび   水尾比呂志   淡交社  19711201/初版

□ セラミック・スタンダード 森正洋作品集   森正洋   プチグラパブリシング  20050521/初版第1刷

□ 絵のなかの散歩   洲之内徹   新潮社  19730625/初版

□ 自分たちよ!   伊丹十三   文藝春秋  19831001/第1刷

□ 注視者の日記   港千尋   みすず書房  19959525/初版

□ CALIFORNIA DESIGN   Jo Lauria/Suzanne Baizerman   Chronicle Books  2005 

□ 色川武大/阿佐田哲也全集 3   色川武大   福武書店  19911216/初版  

□ 卒業設計で考えたこと。そしていま   五十嵐太郎編   彰国社  20051120/第1版

□ 安吾追想   坂口三千代   冬樹社  19810217/初版第1刷

□ ナガオカケンメイの考え   ナガオカケンメイ   アスペクト  20061231/第1版第2刷  


*


中津の one coin / one note は、1月31日(日)まで、残り日わずかです。
1月24日(日)もオープンしていますので、ぜひ足をお運びください。

*
年を跨いだこの2ヶ月間の感謝をこめて、最終日にささやかな Party を催そうと思っています。

■ one coin / one note 謝恩 クロージング・パーティー

→ 1月31日 日曜日 PM4:00頃より
→ 中津 one coin / one note (近藤英夫建築研究所内)

自由参加ですので、皆様お誘い合わせの上、ぜひお越しください。


http://kotobanoie.com/

 

 

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盲目的に、スーザン・ソンタグ(1933-2004)が好きだ。
才色兼備、異性に興味がないらしいのが残念だけれど、とにかくイイ女だと思う。

「反解釈」「ラディカルな意志のスタイル」「土星の徴しの下に」「 I, etcetera 」

挑発的なタイトルを持つ彼女の作品たち。

コトバノイエのブックリストのなかでは、澁澤龍彦やカポーティや花田清輝や吉本隆明なんかと
同じように、本棚に本はたくさんあるのに実はまだほとんど読んでいない、というちょっと微妙な
ジャンルに属する人だけれど、彼女の本が本棚にあるだけで、なんとなく気分がいいのだ。

丸善の画集の上に置かれた「檸檬」、みたいな感じかな。

そんなソンタグの本がまた一冊増えた、久しぶりの新刊買いである。

□ 良心の領界    スーザン・ソンタグ    NTT出版   20060421/初版第4刷

ソンタグが最後に来日した2002年に、彼女を囲んで行われたシンポジウムを中心に編まれた、
エッセイと講演のコレクションだ。

1  シンポジウム「この時代に思う--共感と相克」   Tokyo 2002/4
  (パネリスト=浅田彰+磯崎新+姜尚中+木幡和枝+田中康夫)
2  現実の戦闘と空疎な暗喩     New York Times  2002/9
3 「デア・シュピーゲル」インタヴュー  Der Spigel    2003/3
4  勇気と抵抗について  オスカール・ロメロ賞授与式基調講演  2003/3
5  インドさながらの世界―文学の翻訳について  聖ヒエロニスム記念講演  2002/9
6  文学は自由そのものである  ドイツ平和賞受賞記念講演  2003/10
7  美についての議論  Daedalus  2002/Autumn

いかにもソンタグらしい手強そうなタイトルが並ぶが、なによりも彼女がこの本に寄せた、
序文のメッセージが心に残る。

この本のタイトルにもなった「良心の領界 (The Territory of Conscience) 」という一文。

それは、このように始まる。

人の生き方はその人の心の傾注(アテンション)がいかに形成され、また歪められてきたかの軌跡です。
注意力(アテンション)の形成は、教育の、また文化そのもののまごうかたなきあらわれです。
人はつねに成長します。注意力を増大させ高めるものは、人が異質なものごとに対して示す礼節です。
新しい刺激を受けとめること、挑戦を受けることに一生懸命になってください。
The pattern of people's lives is a track based on how one's attention has been formed and how it has been warped. Forms of attention are exactly the outcomes of education and culture themselves.
People always grow. What increases and elevates one's attention are the proprieties that people show against alien things. It's hard to take in new stimuli and to work on it.

彼女が言う " attention " は、「注意力」というより、「思いやり」といったニュアンスだろう。
そしてそれは、自分とは違うものや理解できないものに対する礼節から始まるのだと言っている。
そういう新しい刺激を受け入れ、取り組むのはけっこう難しいことなんだとも。

つまり、わけのわからないものを怖れずに、真っすぐにものごとを見つめようということだ。
そのために本を読むのは、ひとつのアイデアだと提案する。

本をたくさん読んでください。
本には何か大きなもの、歓喜を呼び起こすもの、あるいは自分を深めてくれるものが詰まっています。
その期待を持続すること。
二度読む価値のない本は、読む価値はありません。
(ちなみに、これは映画についても言えることです)
Read books a lot.
Books filled with something big that awakes pleasure or that deepens you.
Keep up your expectations.
The books which aren't worthy of reading twice aren't worth reading.
(By the way, we can say the same thing about movies.)

もちろん注意すべきこともある。

言語のスラム街に沈み込まないよう気をつけること。
Be careful not to sink into the slam of words.

言葉が指し示す具体的な、生きられた現実を想像するよう努力してください。
たとえば、「戦争」というような言葉。
Try to imagine the specific, lived reality.
For example, the word such as "war."

極めつけはこのメッセージ。
すでにいくつかのウェブサイト上で紹介されているから、知っている人がいるかもしれない。

それは、こんな風だ。

動き回ってください。旅をすること。
しばらくのあいだ、よその国に住むこと。
けっして旅することをやめないこと。
もしはるか遠くまで行くことができないなら、
その場合は、独りでいられる場所により深く入り込んでいくこと。
時間は消えていくものだとしても、場所はいつでもそこにあります。
場所が時間の埋めあわせをしてくれます。
Move around. Go travelling.
Live abroad for a while.
Never stop travelling.
If you can't go far away,
in that case go deeply into places you can be by yourself.
Even if time is disappearing, places are always there.
Places compensate for time.

なんとも刺激的なフレーズ。
ソンタグのポジティブな思想そのものが、くっきりと表現されている。

簡単なことを難しく表現するのは、彼女のひとつのスタイルだが、この文章はとてもシンプルで、
この一文にめぐりあっただけでも、この本の価値がある。

そして、さらにこんな言葉を続けられるのが、彼女がすこぶる男前な批評家たる所以である。

世界では、ではビジネスが支配的な活動に、金もうけが支配的な基準になっています。
ビジネスに対抗する場所、あるいはビジネスを無視するという考え方を持ち続けてください。
独りになりたいと考えるなら、脆弱で、気持ちの足りないものごとに対抗するパワーになり得ます。
In this world, businesses are dominant activities, and making money is a dominant standard.
Maintain the philosophy of places to counter business or don't care about business.
If you want to be by yourself, you can be a power to counter the things that are weak and lack heart. 

暴力を嫌悪すること。国家の虚飾と自己愛を嫌悪すること。
Hate violence. Hate the decollation and narcissism of the country.

少なくとも一日一回は、もし自分が、パスポートや冷蔵庫や電話をもたずにこの地球上に生き、
飛行機に一度も乗ったことのない、膨大で圧倒的な数の人々の一員だったら、と想像してみてください。
Imagine at least once a day that if you are one of the majority who live on the earth
without passports, fridges, and phones and who have never got on planes.


サブタイトルが、" 若い読者へのアドバイス(Advice for Young Readers) " 、
そして、「これはずっと自分自身に言いかせていることでもあるんだけど」、とその傍書きにある。

おそらく死の病床で記されたこの文章は、その年に亡くなったソンタグの遺言としか思えない。


Comfort isolates.
安寧は人を孤立化させる。

Solitude limits solidarity ; solidarity corrupts solitude
孤独は連帯を制限する、連帯は孤独を堕落させる。

by Suzan Sontag


「女は何かをめざしたら、決してためらわないということを、そしてそのすべてが言葉にできるのだということを、
そのマグネティックな魅力に富んだラディカル・スタイルをもって告げつづけた人である( by Seigow )」


世の中のすべての女性に、彼女の存在を知ってもらいたい。


*


師走の本買記

電車で本買いなんてできるもんじゃないと、よくわかった。
36冊の本をかかえて地下鉄を乗り降りするなんて、正気の沙汰じゃない。
いまさらだけど、本ってすごく重いのだ。

□ 行きつけの店    山口瞳    TBSブリタニカ   19930615/初版第3刷

内容も濃く、造本も美しいこの本が、マーケットプレイスではバカみたいな安値で売られているけれど、
その本に、山口瞳の達筆の揮毫と落款があるとしたら、話は別だろう。

こういうものを書き終わって、いま私の心に残るものは、意外にも " 時の移ろい " である。
あれが美味かった、あそこの眺めがよかったではなく、あの時のあの人の笑顔がよかった
という類いのことである。それは私の瞼に焼きついている。私はそのことに驚く。

この律儀な文体が山口瞳。
草競馬放浪記、温泉へ行こう、新東京百景、血涙十番勝負、この人の紀行エッセイの味わいは格別だ。
ライフスタイルはちょっと粋すぎて、とても真似ができそうもないが、軽妙で簡素で滋味深い文章には
ちょっと憧れる。先生とでも呼びたい気分だ。

太田和彦の装幀も秀逸。

□ Walk Away Rene : Work of Hipgnosis    HIPGNOSIS   PAPER TIGER  19780701 

12インチのマジック。

ヒプノシスは、70年代にピンク・フロイドやレッド・ツェッペリンといったのレコード・ジャケットを、
知的でシュールな感覚(それもCGじゃなく)でデザインした英国のデザインチームだ。

ロックを感じさせるデザインということでは、間違いなく最高のチームだし、なによりもイギリスっぽい。
12インチのスリーブデザインをアートに高めたのは、このチームの功績だろう。

この本は、かれらの唯一の作品集、A4サイズのソフトカバーに、彼らが1968年から1978年までの
10年間にデザインした、ほぼすべてのグラフィックが網羅されている。

CGではない。
時代なのかも知れないが、研ぎすまされた感性は、デジタルでは表現できないと信じたい。

□ ブライアン・イーノ    エリック・タム    水声社   19940605/第1版第1刷

今年の始めには、デヴィッド・バーンのコンサート(イーノとの共作のプロモーションツアーだった)、
つい先日もアンヴィエント・シリーズの「The Plateaux of Mirror」と彼がプロデュースした Coldplay
の「Viva La Vida」を買ったし、ダウンロードしたiPhoneアプリの" Bloom " もとても気に入っていて、
あんまり意識していなかったけれど、けっこうイーノが好きなんだと気がついた。

そこでイーノの本。
もう一冊「 A YEAR 」という1995年のブログ風の日記があるが、そっちはちょっと高すぎる。

この本は、バークレーで博士号をとった音楽学者が分析したブライアン・イーノとその作品の評論集だ。
自身の博士論文を展開させたものらしい。

単独のミュージシャンやその音楽を解説した本というのは、基本的には退屈で、この本も例外ではない。
ただ、イーノのような多面体を俯瞰的に理解しようとするなら、ガイドブックは必要だろう。
この本なら、その役割を果たしてくれるに違いない。

そういう意味では、なかなか読みごたえのある力作だ。

□ 偏愛的作家論    澁澤龍彦    青土社   19720610/初版

石川淳、三島由紀夫、稲垣足穂、野坂昭如から瀧口修造、泉鏡花、花田清輝そして江戸川乱歩、
久生十蘭、小栗虫太郎など、澁澤さんが偏愛するという日本の作家24人の様々が、語られている。

いつもながら、シンプルで美しい造本。

書評や月報といった雑文の寄せ集めだから、「作家論」というタイトルはやや羊頭狗肉だ、と本人は
述懐しているが、どういうメディアで発表するにしても、自分の書くものに手を抜けるような人では
ないはずだから、どの文章も澁澤的美学にあふれた批評として、完成されている。

いかにも真面目な文体なので、つい難しく読んでしまいそうになるけれど、じつはユーモアに溢れて
いるのがこの人の持ち味でもある。 ユーモアは、知性のひとつの表現なんだから。

これが要するに私の好きな近代現代の作家たちで、好きでない作家については、私はもともと
文章を書かないから、すべてオマージュに終始している。

小林秀雄のいうように、作品や作家に対する愛がなければ批評なんてできるものではないし、
そもそも人は、たとえそれが文章のプロであっても、好きなもの、あるいは嫌いなものについてしか
語ることはできないのだ。
そして、「嫌いなもの」と「好きなもの」は、ひとりの人間の中では、ほぼ同義語と考えていい。

読んだわけではない。
ソンタグと同じように、本棚に澁澤龍彦の本があるということが、なによりも大切なことなんだ。
ひょっとしたら、そのことを「偏愛」というんだろうか。

□ ROLLING STONE/THE COMPLETE COVERS 1867-1997 Jann.S.Wenner ABRAMS 19980330  
□ 東洋の美学    水尾比呂志    美術出版社   19630820/初版 
□ ワーズ・ワード    ジャン=クロード・コルベイユ    同朋社出版  19931225/第1刷 
□ 初稿  眼球譚    バタイユ/オーシュ卿    奢霸都館   199702/初版 
□ 重森三玲 庭園の全貌    中田勝康    学芸出版社   20090920/第1版第1刷
□ 捨てるVS拾う 私の肯定的条件と否定的条件    横尾忠則    NHK出版   20030130/第1刷
□ エスケイプ/アブセント    絲山秋子    新潮社   20061220/初版
□ シュガーな俺    平山瑞穂    世界文化社   20061110/初版第1刷
□ クライムクラブにようこそ スクラップブック18   植草甚一   晶文社  19780120/初版


*

BOOKS+コトバノイエのポップアップストア「 one coin / one note 」が、中津にオープンしています。
12月・1月の期間限定のブックショップなので、ぜひお越しください。
年末年始( 12/27 - 1/5)と日曜はOFF、店主は水曜日に必ず在店いたしております。


I wish you a Merry Christmas and a Happy New Year !


http://kotobanoie.com/

 

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