books: 2010年4月アーカイブ

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たまにはこういう本にめぐりあわないと、せっせと本屋に通う値打ちがない。

■  壁は語る 学生はこう考える     J・ブザンソン     竹内書店      19690220/第1刷

なにげなく均一棚の片隅から拾った本だったけど、刺激的な一冊だった。

「壁は語る(les murs ont la parole) 」とは比喩でもなんでもなく、そのまま。
文字どおり、パリの五月革命で壁や路上に書き殴られた落書きの記録集であり写真集だ。
1968年の、あの騒乱の資料としても、おそらくかなり貴重なものじゃないかと思う。

B6を横に使ったとても小さな本だが、「政治の季節」の鮮烈なメッセージに満ちている。

たとえばそれは、こんな風だ。

・想像力の欠如 それは欠如を創造しないことである
・舗石をはぐと、その下は砂浜だ Sous les paves la plague
・禁止することを禁止する。自由は他人の自由を犯すことの禁止からはじまる。
・指が月を示しているとき、愚か者が見るのは指の先だ(中国の諺)
・夢想は現実である。
・俺を解放してくれるな。俺のことは俺がやる。
・現実を欲すること 欲することを現実化すること もっと結構!
・お互いに愛しあえ。さもないと、あいつらにやられてしまうぞ。
・無礼な振る舞いは革命の新兵器である。
・何ものも求めない。何ものも要求しない。奪取するのだ。占拠するのだ。
・少し譲歩することは、多くを妥協することだ。
・言うことから、行為することへと、いかにして移行するか。
・客体(オブジェ)よ、消えてなくなれ!

なかでももっともよく知られたのは「想像力が権力を奪う!」というカルチェラタンの
路上に残された言葉で、それは世界中に吹き荒れた学生たちの「反乱」の導火線と
なったこの大きな反乱の本質を言いあてている。

まずはイマジネーションを解放し、既成概念を捨ててしまえということだ。

彼らが標榜したのは自由と平等と大学の自治。

このパリの五月革命や映画「いちご白書」で描かれたコロンビア大学の闘争が、
世界中の学生運動に飛び火して、日本でも全共闘運動という反体制活動になり、
「連帯を求めて孤立を恐れず、力及ばずして倒れることを辞さないが、力尽くさずして
挫けることを拒否する」とか「造反有理」といったメッセージが生まれている。
橋本治の「とめてくれるなおっかさん 背中のいちょうが泣いている 男東大どこへ行く」
というポスターが貼りだされたのもこのころだ。

吉本隆明やマーシャル・マクルーハンは、その論理的支柱。
そして、ディランやジョン・レノンや、ゴダールやギンズバーグは、その精神的支柱だった。

BGMはやはりこれだろう。

□ Street Fightin' Man   by  The Rolling Stones

Ev'rywhere I hear the sound of marching, charging feet, boy
'Cause summer's here and the time is right for fighting in the street,  boy
But what can a poor boy do except to sing for a Rock n' Roll Band
 'Cause in sleepy London Town
There's just no place for Street Fighting Man! No!

Hey! Think the time is right for a palace revolution
But where I live the game to play is Compromise Solution !
Well, then what can a poor boy do except to sing for a Rock n' Roll Band
'Cause in sleepy London Town
There's just no place for Street Fighting Man! No!


リアルタイムで体験していないだけに、その高揚感には憧れる。

結果的には、この若者の反体制のムーブメントは、大人たちの体制(エスタブリッシュメント)
を突き崩すことはできなかったわけだけれど、この60年代の学生運動と、ヒッピーたちの
フラワームーブメントが造りだしたカウンター・カルチャーの価値観は、僕たちが今生きている
この社会の底を流れている。

エコロジーもサステナビリティも自然主義もロックも無党派も、現代社会の良質な概念の
ほとんどのものが、この時代の若者たちの思想の上澄みにしかすぎない。

この一連のムーブメントを、団塊世代の祝祭だったと「総括」することは簡単だけれど、
そのコミットメントが積極的であれ消極的であれ、20歳やそこらでこんな激動を体験して
いるこの世代が手強いのはあたりまえだと思う。

無害でコンサバティブな今の大学生には、こんなこと想像もつかないだろうけど、
草食系とやらには、怖がってんじゃねえよ、と言っておきたい。

*

■ 麻薬書簡  W.バロウズ/A.ギンズバーグ   思潮社   1969070/第2刷 ¥2,000
■ たかがバロウズ本。   山形浩生   大村書店   20030428/第3刷  ¥3,500

たまたま新版の「裸のランチ」を手に入れてしまったことで、その本も読まないままに、
堰を切ったようにこの「麻薬中毒者の天才」の世界になだれ込んでしまった。

文学者・俳優・画家、ジャンキーで、ゲイで、甘ったれのスネかじり、さらに「ウイリアム・
テルごっこ」で、自分の妻を撃ってしまった殺人者でもある超弩級の無頼。
あきらかに非合法な存在である。

それなのに、というか、だからというか、ビートニクのなかではとびきり長生きし(1997没)、
ローリー・アンダーソン、カート・コバーン、ミック・ジャガー、デヴィッド・ボウイ、ルー・リード、
パティ・スミスといった名だたるロッカーに、尊師なみの敬愛を受けている。

松岡正剛は、バロウズのことをこんな風に語っている。

バロウズとは、そういう語られ方をする"存在タントラ"なのである。マントラではない。
誰もが知っているようで、誰も知らないタントラだ。
カリスマなのだろうしカルトでもあろうが、といってそんなこと知っちゃいないという超存在だ。


麻薬書簡は、原題が「 Yage Letters 」、 City Light Books から出版されたものだ。
イエージという最高にハイになれる幻の植物を求めてさまよう南米から、ギンズバーグ
に宛てた手紙、そしてその7年後のギンズバーグの応答。
バロウズのその南米への旅は、妻殺しで収監された刑務所からの仮釈放中のことで、
(つまり、遁げたのだ)しかもお稚児連れだというから恐れ入る。

バロウズの麻薬への耽溺は、「裸のランチ」を読めばわかるが、本人は、

麻薬を使うのに、はっきりした理由はない。それ以外に何もすることがなくて
麻薬を打っているうちに、気がつくと中毒になっているのだ。

と著書「ジャンキー」の序文に記している。

また、別のところでは

麻薬は刺激のためのものじゃない。麻薬は人生そのものだ。

とも述べている。

一見、正反対のことのように思えるが、ジャンキーにとってこの二つの概念はまったく
矛盾するものではなく、むしろ ON と OFF の真実というべきだろう。


「たかがバロウズ本。」は、バロウズ研究の独走者による決定版。

本読み人松岡正剛からも、「『たかがバロウズ本』は、いまのところバロウズを知るにはもっ
てこいのもので、かなりの圧巻だ。」と絶賛されていて、「この本を読まずしてバロウズは語
れない」という帯のコピーそのままの一冊だ。

すべての優れた評論がそうであるように、対象への愛が、底知れぬほど深い。

真実などない。何もかも許されている ( by William Seward Burroughs )

*

■ フェルメールの眼   赤瀬川原平   講談社   19980528/第2刷 ¥1,600
■ 恋するフェルメール   有吉玉青   白水社   20080210/第7刷 ¥1,400
■ 芸術新潮2000/5 フェルメール あるオランダ画家の真実  新潮社 20000501 ¥600

どういうわけかフェルメール。
あまりよくわかっていないけど、なんとなくひっかかってしまった。
まあ「行きがかり」というところか。

世界にわずか36点の作品しか残っていないというフェルメール。

その36点の作品ひとつひとつに附された赤瀬川さんの解説を読みながら、350年も前に
描かれた「風俗画」を眺めていると、何ともいえない不思議な気分になってきて、この
寡作の画家が世界中の人を魅了するのがなんとなくわかってきた。

じっくりと見たのは初めてだが、こんな柔らかい光に包まれた絵を見たことがない。

NHK的に分析すれば、いろんな原理がわかってくるのかもしれないが、そんなことが
余計なことに思えるような、「リアル」や「気配」に満ちていて、たぶん本物を目の
当たりにすれば、間違いなく息をのむだろう。

「神秘的な、奇跡を見るような感銘を受ける。あり得ないものがそこにあるという感じ」

「カメラができる前の『写真家』である」と、冷静で、緻密で、光学的な、その構図や
レンズのような視線を実証的に分析したうえで、赤瀬川さんは、フェルメールの絵画
全体の印象をこのように言っている。

「あり得ないもの」だからこそ、人を惹きつけるのだ。


そして、その奇跡につかまり、フェルメールに「恋する」のが、有吉玉青。

世界中の美術館で所蔵されている36点の(「合奏」という作品は、1990年に盗まれて
未発見なので、実際には35点)フェルメールを巡る旅をエッセイにしたものが、
この「恋するフェルメール」。

表紙に使われている「真珠の耳飾りの少女(ターバンの娘)」のインパクトが強くて、
思わず手にとってしまったが、この神彰有吉佐和子との間に生まれたエッセイスト/
小説家の旅行記は、フェルメールという稀有な画家に魅入られた女性の心の動きが
素直に描かれていて、思っていたよりカジュアルだった。

作品のカラー写真がないのは残念だが、それは、絵は見るもんじゃなく美術館に見に
行くもんだよ、という彼女のメッセージなんだろう。

「絵は記憶できない」と彼女は言っている。
だからこそ「いつも新鮮な気持ちで絵を見ることになった」とも。

こんな風にひとりの画家のことを考えるのは、ずいぶん久しぶりだ。
もちろん、絵画だから見ることがすべてだが、言葉でしかわからないこともたくさんある。

フリークがいても不思議じゃない。


その他、春たけなわの本買い

■ 日本のよさ   吉田健一   ゆまにて出版   19771010/初版 ¥900
■ アメン父   田中小実昌   河出書房新社   19890420/再版 ¥1,500
■ 美の旅人   伊集院静   小学館   20050520/初版第1刷 ¥2,200
■ アメリカ「60年代」への旅   越智道雄   朝日新聞社   19880320/第1刷 ¥600
■ 家をつくることは快楽である   藤森照信   王国社   19981130/初版 ¥1,100
■ 墨東綺譚 復刻版   永井荷風   岩波書店   19900119/第1刷 ¥2,700
■ 闇のなかの黒い馬   埴谷雄高   河出書房新社   19701020/再版 ¥1,200
■ SPACE reshaping your home  Fay Sweet   Conran Octopus  1999 ¥1,200
■ 広告批評の橋本治   橋本治   マドラ出版   19950325/初版 ¥1,200
■ ちゃあい   松山猛   風塵社   19950922/第1刷 ¥1,000
■ 花と日本人   和歌森太郎   草月出版   19750428/初版第1刷 ¥3,200
■ ささやかだけれど、役に立つこと  レイモンド・カーヴァー/村上春樹訳  中央公論社  19891203/   ¥600
■ モダン・アートの哲学   ハーバート・リード   みすず書房   19920715/第2版第2刷  ¥1,800

*

music station  for over 45 - FM COCOLO

いかにもなところもあるけれど、FM はこれがホントの姿だろう、大人の radio 。

*

 「 his master's choice - 晶文社の30冊」 に続く第二弾、「コトバノイエの旅の本」が進行中。
近日公開予定です。


http://kotobanoie.com/

 

 

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"spot light " のテーマを「旅」と決めて、本棚から「旅の本」をピックアップしていたら、
ほんとに旅に行きたくなってきた。

そう思ったとたん、なぜか京都がうかんだ。

少し前の、ある古書店とのメールや本のやりとりが心に残っていたのかもしれないが、
たぶんそんなことではなく、流れてきた水が少しずつたまって、やがて溢れだすように、
まあとにかく行きたくなってしまったのだ。

本屋と美術館、久しぶりにイノダのコーヒーも飲みたい。

学生時代を過ごした街だけれど、大阪圏で暮らしていると、京都は近くて遠い。
魅力的な場所がいくつもあって、ことあるごとに行ってみたいなあと思うが、距離感が
いかにも微妙で、いざとなるとなかなか足が向きにくいところなのだ。

でもそれを「旅」と考えれば、すこし面白くなってくる。
旅といっても、ただ泊まろうと決めただけで、実際やったことはホテルに予約をいれた
だけのことだが、それだけでもちょっと非日常な感じになるから不思議なものだ。

このところ季節外れの雪が降ったり、変な天気が続いていたけど、陽気も少し春めいた
兆しもあったから、あわよくば、どこかで桜が見られるかもしれないと思ったりもしていた。


京都南インターを降りて市内へ向かうと、東寺あたりから街の気配が変わる。
縦にまっすぐのびる大きな路、それを横切る小さな通り、そしてその街並みに点在する
寺社や旧い町屋。

京都の街を走るのは思いだせないくらい久しぶりで、なんかとても新鮮。
やっぱり旅は移動の距離じゃないんだと、あらためて実感する。


□ 高麗美術館

紫野にある住宅街の中のプライベート美術館だが、李朝の白磁壺が、ガラスを隔てずに
見られるということを聞いていて、ずっと行ってみたいと思っていた。

朝鮮の磁器は、精巧な象嵌の入った高麗青磁も素晴らしいが、無名の陶工が雑器として
拵えた白磁の大壺は、造形も大らかで、なんともいえない「ふくよかさ」を感じさせる。

間近で見るその素朴な「白」には、他のどの陶器にもない無垢な精神性があった。

利休は、李朝朝鮮の古い飯茶碗(一説には日本からオーダーされたともいわれている)を、
「井戸茶碗」と名づけ茶道具に見立てたが、白磁の壺も、季節の花木を生けて床の間に
置けば、きっと美しい景色が現れてくれるんじゃないかと思う。

ひとつほしい。


紫野から、円町。


□ 山崎麺二郎 

コトバノイエの名刺や、one coin / one note のロゴをデザインしてくれた山崎くんの弟が、
円町でラーメン屋を始めたときいて、行ってみることにした。マニアに評判の店らしい。

メニューは、つけめん・塩ラーメン・しょうゆラーメンの3品のみ。

麺打ちの職人だというその店主の所作は、まるで禅僧のようで、お兄さんにも共通する
ストイックな雰囲気が店全体に充満していて、なんかいい感じ。

とにかくこんな静かなラーメン屋に入ったことない。

麺最高。


円町から寺町経由一乗寺。


□ 三月書房

今回の古本ツアーは、一乗寺 - 百万遍あたりと狙いは絞っていたが、京都といえば、
まず何をさておいても外せない三月書房。

学生時代に通いつめた本屋で、今はもう代が変わっているが、いつ行っても同じ佇まい。
ホントに小さな本屋さんだが、そのセレクションにはいつも感心させられる。

京都では、やはりここがいちばんだ。

□ 恵文社一乗寺店 

ギャラリーや雑貨の売り場を併設したセレクトショップとして超有名な本屋だが、
じつはこの日が初体験。

もちろん魅力的な本はいっぱいあったし、買う気も満々だったけれど、手が伸びない。
いつのまにか新品の本を買えない古本体質になっていることに愕然。

本屋見学ではちっとも面白くない。

□ 萩書房

恵文社の近くの古書店。
いかにも古本屋と行った佇まいのところで、トニー谷の書票がイカしてる。
雑然とした雰囲気にちょっとその気になったが、無理買い気味の2冊のみ。

セドリするには、ちょっと高い。

□ ガケ書房

2004年創業の新しい本屋。
スタイルは先達の恵文社と似たような感じだが。もう少しターゲット年齢が低いようだ。
雑貨を売るのはかまわないが、きちんとセレクトされているような気がしない。

いかにも今風だが、なんとなく一本調子なのが、少し退屈。


ここでも本が買えず、ややストレスがたまってきた。


気分転換に、京大北門前の進々堂でいっぷく。
定番のコーヒーショップだが、高い天井と大テーブルに、とりあえず和む。

This is Kyoto.


百万遍から銀閣寺

□ 善行堂

同世代の人が、去年最近始めた新しい古本屋。

まず、仕事を辞めて古本の実店舗をオープンしたという、そのハートにとにかく敬服。
ツアーでもっとも行きたかったのは、じつはこの本屋さんだった。

小さい店舗だがセレクションは悪くない。
やっぱり本屋の雰囲気は、店主の人柄がそのまま現れるし、そうじゃなきゃ面白くない。
善行堂は、山本さんそのものだ。

山本さんと少し話し、握手をかわした。


5軒の本屋を廻って買えたのがこの10冊。
本は悪くないが、10冊は少なすぎる。ホントはこの5倍くらい買いたかったんだけど。

■ 文房具を買いに   片岡義男   東京書籍   20030813/第1刷
■ さらば気まぐれ美術館   洲之内徹   新潮社   19880925/3刷
■ そして天使は歌う   久保田二郎   冬樹社   19810820/初版第1刷
■ 自分の謎 大人の絵本2   赤瀬川原平   毎日新聞社   20051125/初版
■ 青山二郎の素顔   森孝一編   里文出版   20061120/新装版
■ 日本のよさ   吉田健一   ゆまにて出版   19771010/初版
■ アメン父   田中小実昌   河出書房新社   19890420/再版
■ 厭芸術反古草紙   富岡多恵子   思潮社   19700715/初版
■ 麻薬書簡 現代の芸術双書19   W.バロウズ/A.ギンズバーグ   思潮社  19690701/第2刷
■ 就職しないで生きるには   レイモンド・マンゴー   晶文社   19860320/11刷

□ After Hours

清水寺のライトアップ夜桜
銀閣寺の「おめん
堺町錦小路の錦湯

□ Next Day

三条堺町イノダコーヒー本店の「京の朝食」

嵯峨野の落柿舎祇王寺常寂光寺、そして寂庵の瀬戸内寂聴

雨が降って、大山崎山荘には行けなかった。


「無数の小さな偶然の集積の上に立って、人々は『今』の空気を吸っている( by David Zoppetti )」


旅は、その偶然に会うための behavior だ。


*


最近追加した「これがHIPだ」のブックリスト。

http://www.kotobanoie.com/